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えぴそーど 30

この日は珍しく天気が悪い日であった。

アリスは思い立って、街に画材を買いに出掛ける事にした。


「アリエッタ。私、画材店に出掛けるわ」

「そんな急に…」


急な姫の思いつきに、アリエッタがお小言をいう。


「アリス様。こちらに持って来させればいいのではないですか?」

「いいの、見に行きたいのよ。新しい色があるかもしれないでしょ?」

「それはそうですが…、今日はスティーヴさんがいないのです。お止めになられては?」


今ではアリエッタの信頼まで勝ち取っているスティーヴである。

だが、アリスは少し低い声で断ってしまう。


「スティーヴさんは、いいわ」

「私から連絡しましょう」

「いいの、止めて?」

「アリス様?」


アリスは窓の外を見る。 

雨はやむ気配を見せない。 

まるで自分の心の中と同じだ、とアリスは思った。

だから外に出たくなったのかも知れないわね、と自嘲気味になる。  


「今日は天気も悪いし、馬車で行くから。なんだったら、アリエッタ、付いてきて?それなら大丈夫でしょ?」


アリエッタは渋々返事をする。


「まぁ、そうですが、…少々お時間を頂かないと…」

「それでいいから、お願い」

「畏まりました」


決めたからにはアリエッタは自分の用事をやりくりすることにした。

馬車で行くのなら安全ではあるが、用心するに越したことはない。


1度は襲われそうになったアリスである。

それがアリスの心をスティーヴへと傾けさせた一因でもあったのだが。


もっとも、その時の犯人は直ぐに捕まって処分を受けている。

一国の王女を襲った罪は決して軽くはなかった。

その刑が民に知らされて以降、このような馬鹿げた犯罪を犯そうとする者は、今のところ、いない。

それほどに刑は重かった。 


用意が出来たアリエッタがアリスに声を掛けた。


「アリス様、参りましょう」

「ええ、アリエッタ。行きましょう」


2人は馬車に乗り込む。

小降りだった雨が本格的に降り出した。

馬車に当たる雨の音がいつもより大きい。


「いつもの服で良かった…」

「そうですね、この雨では汚れますからね」 


今日のアリスの出で立ちは、やはり質素であった。

髪はひとつに纏め飾りも付けずにいるし、ドレスもドレスとは言いがたい程の暗い色彩の、しかも、汚れが目立たないものである。

アリエッタが何度言ってもアリスは、この格好がいい、と主張するのだ。

ハレの日には着飾るから、それでいいと。

毎回のやり取りにアリエッタが折れてしまい、今ではアリスの好きにさせている。


馬車が止まった。


画材店の前には水溜りが出来てる。

アリスは構わずに馬車を降りた。

当然のように水が撥ね、アリスのドレスが汚れた。

もちろん、気にもしていない。

アリエッタがその後に続く。


御者がアリエッタに声を掛けた。


「アリエッタさん、私達はあそこでお待ちしておりますので」

「ええ、お願いします」


馬車が近くの停車場に移動した。

主を待つ馬車が何台かいた。

こんな雨の日に出掛ける気まぐれの持ち主はアリスだけではなかったらしい。


アリスは画材店に入り、馴染みの店主に挨拶する。

店主は心得たもので、アリスの名を呼ぶこともせずに普通に扱ってくれる。

それが心地よくてアリスはこの店に通う。


「ようこそ、いらっしゃいませ。本日は?」

「ちょっと見せていただきたくて。いいかしら?」

「勿論です。先日入荷しました新色を、是非、ご覧になって下さい」

「ありがとう」


アリエッタは適度な距離を持ってアリスを見守った。

この所塞ぎ込んでいるアリスが外出したのだ。

あまり五月蝿く言わなければ良かった、と少し後悔しながら。


そんなアリエッタの気持ちなど考える余裕がないアリスは、ゆっくりと店内を巡る。

色々な色が目に入ってくる。




ここは、いいわ…。




1人で買い物に没頭するアリスは思ったのだ。




何も考えなくてもいいもの…。

何も、ね。




何をしてもスティーヴの事を思い浮かぶので、胸が痛んだのだ。






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