えぴそーど 3
日々は過ぎ、季節は春を迎えようとしている。
王立魔法学院の卒業式が行われる朝。
今年度、アリスが学院を卒業する。式では卒業生は正装と決められていた。
この日のアリスは深い緑の髪に合わせたドレスに髪を結い上げて瞳の色に近いアメジストの髪留めをつけた。
仕度の出来た姫は、王宮の居間にその姿で現れる。
そこには娘の姿を待っていた父が座っていた。
「お父様、どう?」
とアリスはドレスの裾を持って軽く一回転する。
ドレスの裾が優雅に揺れる。
「似合っているよ。アリス、」
「ほんと?」
「ああ、似合ってる」
父は眩しそうに娘を見る。
いつの間にか大人になった娘は自慢でもあるが、寂しくも感じるのだ。
王は娘に優しく語り掛ける。
「さぁ、こっちにおいで」
「なあに?お父様?」
「お前に、これをやろう」
差し出されたのは箱に入ったネックレスだった。
アリスが着けている髪留めと同じアメジストが綺麗な輝きを放っている。
「綺麗!お父様、これは?」
「お前の母が身に着けていたものだ。母がな、お前が魔法学院を卒業する時に贈って欲しいと言っていたんだよ」
「お母様が?」
「ああ、あいつはアリスのことを本当に心配していた」
「本当?」
「本当だ。この父が言うんだから、な。信じろ?」
「うん!」
王は自ら、娘にネックレスをつける。
妻譲りの紫紺の瞳にアメジストの輝きはアリスを一層華やかに見せる。
「綺麗だな、カナコにそっくりだ」
「ほんとう??」
「アリスが1番カナコに似てる」
「うれしい!」
そうやって喜ぶ姿が似ているのだ。
「けどな、」
「わかってる、内緒ね?」
「そうだ、内緒だぞ?」
互いにクスクスと笑い合う。
そんな王の目元には皺が深く刻まれている。
妻が去ってからめっきり老け込んだと子供達に心配されている王だ。
緑の髪も白髪が多くなり、皺も増えた。
そして、時折、遠くを見つめるのが癖になっている。
そんな時、子供達は母がそこに居るんではないか、と噂した。
あの母のことだ。父が心配でこっそり様子を見に来ているんだと、子供達は思う。
自らを馬鹿ップルと呼んでいた両親だから。
そして、父はきっとまだ悲しみから立ち直れてはいない。
一緒に暮らしているから、伝わるのだ。
アリスはセーラのいない分も父を思い、弟を思っていた。
その娘に心配されている王は、アリスを溺愛してる。
別の日に。
久し振りに姉が王宮に来のだ。
新婚の姉は余り着飾っていないのに、美しく輝いている。
姉妹は久し振りにお喋りに興じた。
「姉様、卒業パーティのダンスの相手がお父様って、どう思う?変よね、絶対に変よね!」
アリスの意気込んだ口調にセーラまでも引き摺られる。
「うん、変、絶対に変よ!」
「お母様がいたら、そんなの阻止してくれたわ!」
けれども、セーラの口調は静かなものに戻っていく。
「うん、けどね…」
「うん…」
「アリスは踊ってあげたんでしょ?」
「…、うん」
「優しいね、アリスは」
「だって、お父様、寂しそうだもの」
「うん、そうね」
何か諦めたようなアリスが呟いた。
「それに、踊りたい男性がいる訳じゃなかったもの…」
「あら、かなりの数の申し込みがあったって、聞いたわよ?」
「それが私の所まで届くと、お姉様、思う?」
「思わない、わ…」
2人はため息をつく。
父親の親馬鹿振りに拍車が掛かるのは仕方がないと、アリスは諦めかけているのだ。
だから、そのパーティではアリスは王と踊ったのだった。
もちろん、お父様は大好きなアリスだ。
それはそれで楽しい。
セーラはアリスの手を強く握って励ました。
「それでもね、アリス。心配は要らないわ。突然に現れるものなのよ。安心して?」
「そうね、お姉様。そう信じるわ」
セーラはその手を握ったまま、母への願いを心の中で呟く。
お母様、夢の中でいいから、お父様を叱ってよ?お願いね?
そう、妹の為に。