えぴそーど 27
別の日の日常。
そう、あの2人の距離は縮まらないままで過ぎていた。
別に冷たくされる訳でもない。
嫌がっている素振りもない。
ただ、主と護衛なのだ。
それだけなのだ。
今日もである。
「では、ここで失礼致します」
とスティーヴは王宮の玄関でアリスと別れようとしている。
アリスは引き止めようと声を掛ける。
「ねぇ、スティーヴさん。たまには中に入っていきませんか?」
すると、スティーヴはニッコリ笑って答える。
「姫、私は護衛です。仕事が終れば自宅に戻りますね」
言葉とは裏腹にとても優しい笑顔で、だ。
アリスの顔が曇っていても、気にならないようだ。
「そ、そうですか…」
けれども今日のアリスは酷く落ち込んでいる。
さすがのスティーヴも彼女を気遣った。
「姫、どうしました?」
「いえ、」
「そうですか?顔色が悪いようですが、…、そうそう、明日は丘の上に行かれる日でしたね?」
「はい」
彼の白髪が風に揺れた。
瞳が優しい。
「丘の上の庭は美しいと聞いています。姫の気も晴れるでしょうね?」
「そうだと、いいんですけど…」
「アリエッタさんと行かれるんですよね?」
アリスが絵の作者であることは、まだ伏せられていた。
なので丘の上に行くときは、アリエッタが一緒に行動した。
「はい、そうなります」
「次は、1週間後で宜しかったですか?」
アリスが丘の上で絵を描き上げて、カフェ・マリーに持っていく。
ただ、スティーヴがいると作者が分かる可能性があるので、絵だけが先にカフェ・マリーに届けられた。
だから、アリスはスティーヴと一緒にカフェ・マリーへ行って伯母と話をして、時々はそこにスティーヴが同席して、そして王宮に戻っている。
そこまでしてスティーヴに護衛を頼む必要はない。
全てはアリスの想いが届くようにと仕組まれているのだ。
そんな周りの努力を知っているのかいないのか。
スティーヴはアリスとの距離を縮めようとはしなかった。
思わずアリスが願いを口にしようとした。
「あの、スティーヴさん、明日ですけど…」
「はい?なんでしょうか?」
「スティーヴさん、来ていただけませんか?」
アリスは一生懸命に言ったのだ。
全てを彼に見てもらいたい。
自分が作者だって分かれば、きっと、きっと、と思ったのだ。
「お願いします」
頭を下げることはしなかった。
だた、真っ直ぐにスティーヴを見て、願った。
だが、スティーヴは、ちょっと躊躇った後に、笑って言う。
「申し訳ありません。明日は護衛がない事になっていたので、父の手伝いをする事になっているんです」
「そう、ですか…」
思わず、残念そうな声で返事をしてしまった。
スティーヴが穏やかに呼ぶ。
「姫?」
「はい!」
アリスは思わず微笑んで返事をした。
「それでは、失礼しますね」
とても優しい笑顔のスティーヴが別れを告げる。
「はい…」
そう言って、アリスはスティーヴの後ろ姿を見送った。
それしか出来なかった。
出会ってから5ヶ月が過ぎていた。
なのに、何の進展もない2人だ。
王の妨害があるわけでもない。それはルイによって禁止されていた。
かといって、アリスの気持ちが変わったわけでもない。
いや、前にもまして、彼が好きだという気持ちだ。
その気持ちは伝わらないのだろうか?
どうなのだろう…。
アリスは小さくなっていく姿を見続けた。
ずっと、見続けた。
また別の日の日常。
ビクラード家の若夫婦は息子の寝顔を見ながら語り合っている。
「ジュリアンはまた大きくなったな?」
「そうね、小さい時の成長は早いから。その瞬間を覚えておこうとするんだけど、忘れちゃうの」
「それでいいんだよ」
「そう?」
「ジュリアンは毎日可愛くなっていくんだ。覚えておかなくても大丈夫」
そういって見詰めてくれてる夫の瞳が愛おしい。
だが、夫は思い出した様に他の話を始めた。
「そう、セーラ、アリス姫のことなんだ」
「アリスの?どうしたの?」
「スティーヴさんって、姫のこと、好きなのかな?」
「え?」
「征伐の後も何度か見かけるんだけど、うーん…」
マリウスは少し考える。
「あの2人はどう見ても、主と護衛にしか見えないんだよ」
「だって、それがスティーブさんの仕事じゃない?」
「まぁ、そうなんだけどね」
「変かしら?普通じゃない?」
「一緒に魔物征伐もしたというのに、私たちににもなかなか打ち解けてもくれないかったし…」
「そういう方なんじゃないの?」
「そうだろうか…」
こんな月夜に他の事を考えている夫に、少しムッとした妻は強引に話を別の方向へ持っていく。
「何かあったらアリスが報告にくるわ、大丈夫よ?」
「そうだな、私達が心配しても仕方がないことだね」
「そう。やっぱり私のマリウスは素敵だわ」
「おいおい、どうした?」
「いいの、言いたかったの」
そう言ってセーラからキスをする。
「ねぇ、2人目はどちらがいい?」
「え?出来たのか?」
「まだよ、けど、早く欲しいわ」
「そうだな、」
マリウスはセーラの手を取った。
彼も自分が無粋であった事に気が付いた。
「私のセーラは素敵で美しい。愛してもいいかい?」
「勿論よ」
夫婦はジュリアンの世話を侍女に任せ、2人の寝室へと向かう。
2人だけの時間が彼らにも必要だった。




