えぴそーど 25
征伐のあった日の夜。
エイミィは夜遅くに王宮に戻ったルイを出迎えた。
「エイミィ、先に休んでいてくれて良かったのに」
「ご心配に及びません。ルイ様が戻られるまでお待ちするのが仕事ですから」
「けれどね、エイミィ…」
「私の事など気にせずに、したいようになさいませ」
「じゃ、これからは遅くなる時には連絡するから、休んでくれよ?」
エイミィはルイの気遣いが嬉しかった。
「はい、そう致します」
ルイの上着を受け取ると、王の伝言を伝える。
「陛下が居間でお待ちです」
「そう、わかった」
ルイは急ぎ足で居間に向う。
居間では父が待っていた。
「父上、ただ今戻りました」
「ああ、今日は疲れただろう?」
「疲れたというよりは、まだ、気が立っている感じです」
「そうだな、征伐後は気が立つ」
バツが悪そうに、ルイが報告をする。
「みんなと少し騒ぎました…」
良からぬ場所に行ったみたいだ。
「今夜はいい」
父の瞳が優しい事に安堵する。
「それよりも眠くはないのか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか…」
父の向かいにルイは腰掛けた。
「で、父上。マリウスさんとスティーヴさんの働きは、どうでした?」
「まずまずだ」
「それは良かった。これで姉様達も喜びます」
その大人びた口調がしっくりと来るようになっていた。
「なぁ、ルイ?」
「なんでしょう?」
「アリスの護衛の件だが、お前、分かっていて進めたのか?」
「姉様の気持ち、をですか?」
「ま、まぁ、そうだ」
言葉が濁る父を苦笑いしながら、ルイは言葉を続けた。
「父上が気づく程ですから、姉様はスティーヴさんのこと好きに決まってます。しかしですね、父上?」
「なんだ?」
「姉様は、生まれてこの方、恋したことがないんですから、ね。父上。分かりますか?こじらせると大変ですよ?」
「それは、俺に釘をさしているのか?」
ルイは母のように笑った。
「当然です。まさか、父上の反対ぐらいで逃げ出す男だったら娘は嫁に出さん!とかなんとか言って、強固に反対するつもりではないでしょうね?」
「ル、ルイ、お前…」
「はい?」
「最近になって、時々、ルイがカナコに見える。俺は気が弱くなったのか?」
「そりゃ母上の子供ですから、息子であっても母には似てますよ」
今度は王が苦笑いになる番だ。
「そう、だったな」
「はい、そうです。まぁ母上だったら、きっとこう言ってます。デュークさん、アリスだって幸せになる権利があるのよ?ってね」
絶句である。
「どうしました?」
「ルイには叶わんな」
「父上?」
少し涙目の王はそれを隠そうともしなかった。
そして、独り言のように呟いた。
「いつの間に、そんなに大人になったんだろうな?俺は気づいてなかった…。俺は何を見ていたんだろうか?カナコが亡くなってから、自分の悲しみばかりに気を奪われて、子供達の事を見ていなかったのか?なんだかルイが急に大人になった気がするよ。ああ、そうか…。カナコは分かっていたんだ…」
「母上は何を分かっていたんでしょう?」
少し照れ気味に王が言葉を続けた。
「お前の母は、こう言ったんだ。子供達に甘えてもいい、ってな。あの時の俺には理解出来なかった。だが、今は分かる気がする」
「子供に甘えるんですか?父上がですか?」
「ルイが大人になって、俺の背を越して、俺の前を歩いていくようになる日が来るって事だ。全てをお前に任せて、俺はその後ろで、お前の活躍を見守ればいいだけだ」
「父上…」
王の顔は晴れ晴れとしていた。
決めたのだ。
「来年ルイが学院を卒業したら、実務を任せよう」
「え?父上?そんな、私はまだ未熟で…」
「大丈夫だ。今ならポポロもアンリもいる。彼等に学ぶんだ。いいな」
「しかし…」
「けれど、いきなりは確かに無理だ。最初は国中を廻れ。ルミナスを、自分を治める国を良く見て来い。そのついでに、船に乗ってガナッシュやアルホートにも行って来い。いいな?」
「はい!」
ルイの顔が明るくなる。
「まぁ、厄介な問題が起こらないように、ポポロには考えてもらうことにする」
「どんな問題ですか?」
「ああ、あれだ、俺がカナコと喧嘩した問題だ…」
「女性、ですね…」
若い王子が国を廻るとなると、自らの肉体でもってぶつかってくる女性は、大勢であろう。
簡単に想像できる。
「少し魅力的です…」
「ま、お前も若いからな。多少はいいんじゃないか?だがな、結婚は違うからな?」
「はい。そこはわかっています」
「俺はカナコと出会ってカナコとだけ過ごしてきた。しかし、お前にその生き方を押し付けたりはしない。お前の生きたいようにしろ。国を治めるというのは大変なことだ。とにかく、自分が寛ぐ場所を見つけることだ」
「肝に銘じます」
「うん、今宵は話が出来てよかった。さぁ、寝ようか?」
「はい、では、父上。失礼します」
今宵は話せて良かった。
父と子は、互いに温かい気持ちで眠りについたのだ。