えぴそーど 19
「スティーブさん、お口に合うかしら?」
アリスがスティーヴを気にして話しかけている。
結局、スティーヴは夕食を王家と共にすることになってしまったのだ。
ポポロが行ってしまった後の気まずい空気を変えようと、アリスが提案したのだ。
王は渋々な顔をして、スティーヴは辞退した。
だが結果は、学院から戻ってきたルイと共に、4人が王宮の食堂で食事をしている。
諦めたのかスティーヴは質問に答えている。
「はい、とても美味しいです。ですが…」
「なんでしょうか?」
「王宮で食事するなど思ってもみませんでした。それに、あ、あの…」
その言葉に、アリスはこう答えた。
「想像していた食事より、質素でしょう?」
「その通りですね。もっと肉々しいのかと…」
いつも王家の食卓と同じ料理は、スティーヴが思っていたものとは違っていた。
出される皿はどれもこれも野菜が中心の料理ばかりだったのだ。
これには亡くなった王妃の影響が大きい。
王妃は食事には五月蝿かった。
健康を考え、懐かしい日本食への尽きる事ない探究心を酷使し、王にも子供達にも、バランスの良い食事の重要さを説いたものだ。
ルイが懐かしそうに話した。
「母が五月蝿かったんです。会食などが多くなる生活ですから、家族での食事の時は質素で充分だとね」
「けど、お父様の好きなものは必ず食卓に上がったわよね?」
王は無愛想に頷いた。
これは初めて会う人間との家族での食事の席で、戸惑っているからである。
ルイはそんな父の心境が、なんとなく理解できた。
だから今夜は自分が頑張らないと、と思うのだ。
「スティーヴさん、やはり海には島もあるんでしょう?」
「ありますね。ガナッシュの沖合いには小島が点在してますから」
「へえ、じゃ、そのガナッシュの沖合いにある島には、人が住んでいるんですか?」
「ええ、そうなんですよ。けれども、昔に罪人が流された島ですから、住民の気性は荒いみたいです」
「そうか、ルミナスからは遠いのですか?」
「そうですね、まぁ、直接行くとなると遠いですね」
スティーヴはルイの話し相手になっている。
王は黙ったまま、だ。
肝心のアリスはと見れば、嬉しそうに2人を見ているのだった。
「アリス姉様。僕達はあの海辺の家の近くの海に行っただけだよね?」
「そうね、お母様が海苔の養殖を始めたころ、良く伺ったわ」
「そうそう、船で養殖場まで行って、直接海苔を食べたでしょ?その後、お腹が痛くなってしまった、そうだったね?」
「あの時のお母様の慌って振りは凄かったわ。それでマサに聞いたら、海藻類を消化する器官が発達してないからだって言われて」
「そうなんですか?」
「そうなの、スティーヴさん。だからルミナスで売られている海苔は小さいし、食べられる量も1日1パックまでって決められてるの」
「なるほど。けれども、先程の島の人間は、海草も良く食べますよ。健康に良いって」
「そうなの?場所が変わると、食も変わるのね?ね、お父様?」
話を振られた王は、ああ、と頷いた。
アリスが嬉しそうに話す姿が気に入らないのだ。
いや、それだけじゃない。
スティーヴが居ることも気に入らないし、思ったよりも、そうサーシャからの話よりも、彼が良い人間なのが気に入らないのだ。
「変なお父様。さっきから黙ったままで…」
アリスは父の態度に文句を言った。
益々無口になっていく王だ。
そんな王の姿をみて、ルイは苦笑いになる。
さっきからの空気を敏感に感じ取ってしまっているからだ。
姉がほのかにスティーヴに好意を持っている、それが王には面白くない事にルイは気づいている。
彼は父を気遣って姉を嗜めた。
「姉様、父上だって、黙って見ていたい時があるんですよ」
「けど、ルイ…」
この状況を良く把握していない姉の為に、話を変える。
「けど、スティーヴさん、姉を救ってくれた柔術はどこで学んだんですか?」
「船の上ですね。ダグラルさん達の母国の術なんです。これを覚えればある程度までは戦えます」
「相手が剣を持っていても?」
「そうです。けれど、状況にもよります、大人数相手ならば、こちらも剣がないと難しい。そう思いませんか?」
「どうかな、父上はどう考えます?」
「そうだな、」と王はやっと口を開いた。
「概ね、スティーヴが言っている通りだ。自分の能力を冷静に判断できることは必要なことだからな」
「そうか、…」
「ルイ、お前には実践が足りない。どうだろう、1度、征伐に出かけるか?」
ルイも15歳になったのだ。そろそろ時期が来たな、と王は思う。
「いいの?父上?」
「ああ、昔程は魔物も出なくなって必要がないかもしれないが、経験がないのは良くない」
「はい、お願い致します!」
ルイは父に似た赤紅の瞳を輝かせて返事をした。
その姿に、王は満足する。幼い頃の自分に重なったからだ。
ルイの将来が楽しみだ。
そして、ふと言葉が出てしまった。