えぴそーど 16
辛辣な伯母達に冷やかされた2人は、少しの距離を持ったままで店を後にした。
それでも、良い天気が2人の気持ちを軽くする。
道々、少しずつ会話が行われ始めた。
「ごめんなさい、伯母達が、あんな事言って…」
そんな風に気さくに話しかけるルミナスの姫の隣にスティーヴがいる。
「いいんですよ。けど、パワフルなのはサーシャさんだけかと思ってたら、マリーさんも、凄いですね?」
「ええ、母も含めて、あの姉妹は凄いんです」
「王妃殿下も、ですか?」
「ええ、…、フフフ」
急に思い出したように笑うアリスを、不思議そうにスティーヴが見る。
「なにか?」
「なんでもないんです。ただ、」
「はい?」
「母があの場にいたら、なんて言っただろうって、思っちゃって…」
「なんと仰るんでしょう?」
その質問に、アリスは昔を思い出すように、母の口調を真似て言う。
「そうですね…、お姉様方、アリスを唆さないで。デュークさんが拗ねちゃうから!って言うんでしょうね」
「デューク、さん、ですか?」
「はい。母は父のことをそう呼んでました。そう呼ばれると父は嬉しそうに返事しました」
「陛下が、ねぇ…」
「馬鹿ップルなんだそうです」
「ば、馬鹿ップル?」
「皆が呆れるくらいに仲が良かったんです」
スティーヴは思わず笑ってしまった。その姿にアリスが戸惑っている。
「え?何か、変な事いいました?」
「いいえ、素敵な家族だなって、思ったんですよ。陛下も人の子なんだなぁって」
「あ、そうですよね。いつも表では立派な王ですから…」
「ご両親が、そう、大好きなんですね?」
「はい。父と母のような恋がしたいって、あ、ごめんなさい。なんか変な事言っちゃって」
「姫、そんなに謝らなくてもいいですよ?」
「けど、スティーヴさん、あんまり面白くない話でしょ?」
「いいえ、」と言ったスティーヴは足を止めて、アリスを見た。
姫の割には地味なんだな、などと思ってしまう。
仕方がない、アリスのドレスは深い緑で、まるで年老いた女性が身に纏うような色だ。
髪も丁寧に梳かされているが、下のほうで纏めてあるだけで髪飾りすらない。
それでいても漂ってくる品の良さが、かろうじてルミナスの姫であると言わせている。
「肖像画ではいつも拝見しておりましたが、ルミナスの王家の方々が想像通りの素敵なご家族だったと分かって、嬉しいですよ」
「そう、でしょうか?」
「はい。もっと自慢しても大丈夫です」
また2人は歩き出した。
「まぁ…。けど私の話ばかりじゃツマンナイです。そうだ、スティーヴさんは、伯母様達とガナッシュに帰られるんでしょ?」
「いいえ、駄目だと言われたんですよ」
「あら、どうして?」
「色々ありまして、1年はルミナスで父の手伝いをすることになりました」
「お父様の?どんなお仕事なのかしら、あ、ごめんなさい。私ったら…」
「いいんですよ、姫。自分も何を手伝うのか分かってないんですから」
「そうなんですか…」
どうしてなのだろうか。
アリスはスティーヴのことを知りたくなっている。
「あの…、海を航海するって、大変ですか?」
「そうですね、大変です。けど、楽しい」
「楽しい?」
「知らない土地に行くと知らない文化があるんですよ。色々と見て聞いて、美味しい料理を食べてね」
「知らない国の、料理ですか?どんな味なんでしょうか…」
アリスの瞳が輝いて、スティーヴを見詰めた。
素直な瞳に心がときめくのを感じた。
けど、俺の話なんて面白くないからな…。そうスティーヴは思うのだ。
「こんな話、面白くないでしょう?」
「いいえ、なんだか、スティーヴさんのお話を聞くと、わくわくします」
「そうですか?」
「はい。子供の頃に、ザックさんとジョゼが、あ、母の侍女だった方とその夫の方なんですよ」
「ザックさん、は前学院長ですか?」
「あ、はいそうでした。家ではザックさんと呼んでいたので、そちらの方が馴染みがあるんですね。で、そのザックさんとジョゼが旅から帰ってくると、王宮へ来て話をしてくれたんです。とても面白い話ばかりでした。ザックさんは話し上手だったので、どの話も面白かったです。それで、その夜は兄弟で一緒に同じベットに入って、いろんな空想をしてました」
先生のことをザックさんと呼ぶんだ、やっぱり、違うんだよな…。
スティーヴは姫の暮らしと自分の暮らしの違いを感じたのだ。
「ザック先生は楽しい方でしたからね。懐かしいです」
「スティーヴさんも魔法学院だったんですか?」
「はい、一応、卒業生です」
「そうなんですか…、あ、もしかしたら、私達、学院ですれ違っていたかも?」
そう言って、嬉しそうにするアリスの姿に、またまた、少しのドキドキを覚えてしまったスティーヴ。
そんな事があれば、自分は忘れないだろうと思ったのだが、話を合わせてしまう。
「そうですね、すれ違ったかも、知れません」
2人の会話は穏やかに進む。
何故だろう。
喋ることは次々に浮かんでくるのだ。