えぴそーど 13
王宮内の居間ではアリエッタが説得中。
なかなか上手く行っていないようだ。
「姫様、それはいけません」
「アリエッタ、大丈夫よ。心配しすぎだわ」
「いいえ、心配してもしたりません。いくらカフェ・マリーが城に近いからといって、護衛も連れずに訪れるなど…」
「けれども、アリエッタは行けないでしょう?」
アリスのその言葉にアリエッタは黙ってしまった。
そうなのだ、アリエッタが家で転んで足を挫いてしまいアリスの供が出来ないのだ。
いや、供は出来ても護衛が出来ないのである。
他の侍女を連れて行くとアリスは主張するが、アリエッタほど強いわけじゃない。
普通、侍女が柔術を学んで主を守る事などはしない。
だが、その昔に姫達が王宮で襲われた時に何も出来なかった自分が、アリエッタは悔しかったのだ。
それで自分に出来る事を探した。やがて隊長の指導を仰ぐこととなった。
隊長の指導は厳しかった。
侍女の合間に行うものにしては厳しかった。だが、アリエッタはやり遂げた。
今ではアリエッタがいれば大丈夫だと、王も信用している。
そのアリエッタが、自分の不注意で怪我をするという、ありえないことが起きていたのだ。
「しかしながら、護衛も付けずにお出かけになると陛下がお知りになれば、なんと言われるかお分かりでしょう?」
「けどね、マリー伯母様との約束なのよ?お断りしたくないの…」
アリエッタが悔しがる。
「申し訳ありません、私が怪我さえしなければ…」
2人は無言になってしまう。
その位に、どうしたものかと悩んでいた。
そこにルイが顔を出す。
「アリエッタかい?…なんだか声が聞こえたけど?」
ルイに2人の途方にくれた雰囲気が伝わった。
「あれ?どうしたの?姉様?」
「うん…、アリエッタが怪我しちゃって、カフェ・マリーへ行けなくなりそうなの。マリー伯母様が待っているのに…」
「そうか…、」
ルイは少し考えてから嬉しそうに言った。
「じゃ、俺が姉様と、一緒に行くよ」
と意図も簡単に言うのだ。
アリスは弟の発言に驚いた。
仮にも世継ぎなのだ。
いくら姉の為であっても護衛のようなことを自らがしようなどと普通は考えない。
「え?いいの?」
「うん、どうせ午後から学院に行かないといけないし、久し振りにカフェ・マリーの料理が食べたくなったから。だから、姉様、俺にご馳走してよ?」
育ち盛りの弟の旺盛な食欲を見ているアリスは、思わず笑ってしまう。
「いいわよ。そうしましょう」
「やったね!」
話が纏まって嬉しそうな兄弟とまだ心配しているアリエッタ。
「しかしアリス様、お帰りは?」
そう、アリエッタは心配する。
「それはマリー伯母様の所から誰かを借りるわ。あそこには強い方が何人かいるもの」
カフェ方式を1番最初に確立したカフェ・マリーには、国内外から沢山のお客が訪れる。
中にはルミナスの常識とは違う意識で訪れる客もいて、あの店にはトラブル解決係りが何人かいるという訳だ。
「まぁ、それなら…」
「じゃ、決まり決まり!姉様、準備して?」
「わかったわ」
それでも、心配症のアリエッタがアリスに釘を刺す。
「いいですか、アリス様。昔に比べて街はざわついています。決して無理はなさいませんように」
「はい、アリエッタ。無理はしないから、安心して?」
弟はその会話を聞いていて笑いそうになるのを堪えた。
アリエッタはセーラが嫁いでからこの1年、すっかりアリスの親代わりになってしまってた。
小言が多いのは、なんかジョゼと母上みたいだ。とルイはそう思う。
珍しく姉と弟は2人で外出した。
いつの間にか姉の背よりも大きくなった弟と、並んで歩くなど、初めてかもしれない。
「姉様、これ、大きくて重いね?」
「何言ってるの?いつもは私とアリエッタで持っていくんだから。ねぇ、ルイ、あなた本当に剣の稽古をしてるの?」
母に似ている姉からの小言は、ルイにとっては子守唄みたいな郷愁を感じる言葉だった。
「してますよ。これでも、なかなかの腕だ、って褒められてるんだから…」
「だからって、お世辞を鵜呑みにしないのよ?わかってる?」
「わかってるよ、けど、少しぐらい喜んでもいいでしょ?」
そう言って姉の顔を見た。
「そうね、少しだけね?」
その顔が母に似ているから、ちょっと子供に戻ってしまう。
「はいはい」
「はい、は…」
「1回です」
2人の笑い声が響く。
気の早い秋の空気が爽やかに吹き抜ける。
カフェ・マリーまではもう少しだ。