えぴそーど 10
空が晴れ渡っている。
良い空だわ。
気持ちが吸い上げられそうになるもの。
そんな事を考えながらアリスは出来上がった絵を持ってカフェ・マリーへと向っている。
「アリス様、どうかなされましたか?」
一緒にいるアリエッタが空を見ているアリスに聞いた。
「ううん、空が綺麗だからね。気分がいいのよ。何か良いことが起こりそうだもの」
「そうですね、きっと起こりますよ?」
そんな会話を楽しみながら、アリスとアリエッタは城からカフェ・マリーまでの道のりを歩いていく。
肖像画が売られている為にアリスの顔は皆に知られているが、意外に自由に行動が出来ている。
それはルミナスの皆が王家を尊敬しているので、城下街で出会っても騒がない風潮があるから。
今も通り過ぎる人々は軽く挨拶をするくらいだ。
それに加えるならば、アリスが余りにも質素な姿で出歩く為に気づかれていない、ということもある。
今日もそうである。
地味な鶯色のドレスは宝石など一切なく、フリルもない。
生地は一流の物を使用しているから、辛うじて年寄りが身に着けるものとは違う。
アリスが質素な服装を好む理由は、どうせ絵を描いていると服が汚れるからなのだ。
もう王女としての気構えは、ない。
それとだ。
意外に知られてはいないが、アリエッタは隊長仕込の凄腕だ。
彼女は2、3人の男性ならば撃退できる腕を身につけた。
だから王もアリスが出歩く時はアリエッタを連れて行くことを命じている。
アリエッタがいるのならば安心なのだ。
もっとも、遠くからの護衛は付いているが…。
2人はようやくカフェ・マリーに到着した。
ドアの辺りでは顔見知りの店員が声を掛ける。
「お待ちしておりました」
「伯母様は?」
「おいでになっております」
「ありがとう」
「では私はここでお待ちします」
「うん、アリエッタ。お願いね」
例の部屋へと通された。
そこには、思いもかけない先客がいる。
「あら!アリス!」
「サーシャ伯母様!ダグラル伯父様!」
「アリスは大きくなったのね?」
「益々綺麗に、なったね」
「ありがとう!」
2年振りに会う伯母達にアリスも嬉しそう。
「伯母様達に会うんなら、絵を持って来るんだった…」
「絵?」
もう隠してはおけないと、マリーは申し訳なさそうに姉に謝った。
「サー姉様、実はね、店の絵の作者はアリスなのよ」
「まぁ!」
「凄いね!」
大きな声で驚く。
「アリスには絵の才能があるってフィーが言ってたけど、本当だったのね?じゃ、あの絵も?」
と目の前に飾られた絵を指す。
アリスは頷いた
「うん、そうなの。みんな丘の上の庭よ」
「丘の上ね、そうだったの…」
「サー姉様はあの時だけだったかしら?」
「フィーの最期の時ね、あれが最初で最期よ」
「そう、」
「けど、綺麗な庭だったね」
「そうね」
少しシンミリとする。
アリスが思い出したようにサーシャに語りかける。
「サーシャ伯母様に差し上げる絵は、明日のお食事会の時にお渡しするわ。だって、伯母様達の婚礼ですもの。そうそう、おめでとうございます」
「ありがとう」
サーシャが嬉しそうに微笑む。
アリスは言葉を続けた。
「私ね、お父様から聞いたのよ。だから、急いで伯母様達の為に描いたの」
「まぁ、アリスの絵を?嬉しいわ。ね、ダグラル?」
「物凄く、ね。スティーヴに見せたら驚くね」
「そう、ね…」
今度はアリスが尋ねる。
「スティーヴ、さん?どなたかしら?」
マリーが代弁する。
「サー姉様の所で修行していた若者よ。ルミナスの人間なのに、サー姉様の本に感動してガナッシュに押し掛けたんだって」
「凄い!お強い方ね?」
アリスの瞳が輝いたのをみて、サーシャは自分の息子が褒められたように感じた。
「そうね、行動力はある子よ」
「うん、そうね」
「じゃ、伯母様達と海に出たりしたの?」
「ええ、一緒に航海もしたわ。マメな子でね、人の気持ちを読むのが上手で、そうでしょう、ダグラル?」
「そうそう、優しい子だよ」
「サーシャ伯母様達が、そんなにも褒めるなんて、良い方なのね?」
「良い子ね。そう、私達は息子みたいに感じてたね…」
ここにいないスティーヴの話で盛り上がるなど、不思議なことだ。
けれども、アリスはあった事もない、その彼を想像したりした。
「そんな方が私の絵を気に入って下さってるんだ…」
「そうなの。あの子はこの絵を見にガナッシュのカフェ・マリーに通っているんだから」
「サー姉様、こっちでもね、そういう人がいるのよ。見ていると落ち着くからってね。アリスの絵のお陰でカフェ・マリーも繁盛してるわ」
「そう、アリスは凄いわね?」
「なんか、恥ずかしい…」
「いいじゃない?」
「うん…」
アリスは嬉しそうに頷く。
「けど嬉しい。やっとお母様に自慢できるものが出来た感じがして」
「あら、フィーはアリスの才能を誰よりも認めていたわ」
「それは、分かっているのよ。でも、胸を張って言えるようになったのは最近だから…」
アリスが母に似た笑顔で微笑んだ。
血は争えないものだ、とマリーは思う。
もしかしたら、アリスが母のように激しい恋をするのかもしれない、と予想した。