女の子と雪だるま
ちいさな女の子と、ちいさな雪だるまが、ちいさな公園でしずかに向かいあっています。女の子は歯をくいしばっています。雪だるまは、にこにこと無邪気な顔をしています。公園にはふたりきりです。こうしたまま、どれだけの時間がたったことでしょう。でもふたりは変わらずに、こうしてだまって同じ顔を続けているのです。
その沈黙をやぶったのは、女の子の方でした。
「あちしは、もう行かねばならんのじゃ!もうじき、学校がはじまるでな。学校がはじまったら、ぬしとは遊んではおれん。それに、そもそもそろそろ暖かくなっておろう?ぬしはもうじきとけるのじゃ。とけてなくなるのじゃ!」
女の子は早口でまくしたてます。
雪だるまはそれとは対照的に、のんびりと、おだやかな口調で答えます。
「そうなのー?もう、おわかれなのだねー?」
「うぅ…そうじゃ!ぬしとはこれまでじゃ!今まで世話になったの!」
「そっかー。こちらこそー。楽しかったねー」
「…うむ。あちしも楽しかった。だが、ぬしを春には連れてゆけん」
「そうなの?」
「本当はな。冷凍庫にぬしを入れておいてやりたかった。次の冬がくるまでのあいだ。だがどうしても、どうやっても、何度たのんでも、母上から許しをもらうことができなかったのじゃ」
「そっか。そんなこと考えてくれてたのね。ありがとー」
「すまんな。あちしはまだ子供じゃ。ぬしを守る力がない」
「うーん。良くわからないけど、たぶん気にしなくていいよ。これまで楽しかったし、作ってくれてありがとーね」
「ばか、礼などいうな。あちしはそんな価値のない人間だ。むしろお礼をいいたいのはこちらの方だ…」
「そうかなあ?」
「そうなのじゃ。…ん、そうだ。せんべつにあちしの手袋をくれてやろう。お気に入りの手袋だ。寂しくなったら、これであちしのことを思い出してくれればいい」
「わあ!うれしい!本当にうれしい!これがあれば、全然さみしくないよー。キミのお顔も、歌声も、手のひらの暖かさも、全部ていねいに思い出せるよー」
「そうか…そろそろ学校にいかんとじゃ。今日はいっきに暑くなるらしい。学校から帰ってくるまでとけてなければよいが、おそらくぬしとはここでお別れになるだろう」
「そっか。しかたないね」
「そう。しかたない」
女の子は赤い手袋を手のひらから抜きとります。そしてそれを、雪だるまの手にはめます。
「うん…よく似合っている」
女の子はいまにも泣きだしそうな顔をしながら、それでも精一杯にほほえみます。雪だるまは自分の手袋と、女の子の顔を、交互にながめます。そしてにっこりします。女の子は気持ちを定めるために、小さくうなずきます。
「…さらばじゃ」
「はーい。元気でね」
女の子は雪だるまの言葉には答えません。ただ、歯をつよくくいしばり、雪だるまに背中をむけます。そして学校へと向かって歩いていきます。彼女はついに、曲がり角をまがって見えなくなってしまうまで、一度もふり返ることはありませんでした。泣いているところを、雪だるまに見せたくなかったのです。
雪だるまは女の子の背中を見送ったあと、しばらくの間、もらった手袋をはめたりはずしたりして遊んでいました。この手袋は、女の子が雪から自分を作ったときから、ずっとはめていたものです。雪だるまはこの手袋をながめるだけで、彼女のわくわくとした笑顔や、黒い髪の毛の一本一本にいたるまで、くっきりと思い出すことができるのでした。
お昼になり太陽が高くのぼりはじめると、空気は暑くなりました。雪だるまは頭の方から、少しずつ、少しずつ溶けはじめてきました。
「ありゃ…学校が終わるまで、溶けないといいなあ」
しかしその願いもむなしく、雪だるまは急激にとけていくことになりました。女の子が作ってくれたお顔も、どろどろと溶けはじめました。太陽はまだまだ高く、しばらくはまだ沈む気配もありません。雪だるまは、女の子が帰ってくる夕方まで、自分が溶けずにいるのは、きっと無理だろうと思いました。
「あ、そういえば自分って、溶けるとどうなるんだろー。うーん。死んじゃうのかなあ」
でも、雪だるまは怖くありませんでした。だって、女の子がくれた手袋がありますから。
そうこうしているうちに、雪だるまはは胴体がとけ、頭がとけ、身体の大半は溶けてしまいました。溶けた身体は水になって、下のほうから順番に、土の中へと染みこんでいきました。
雪だるまは「そうか。これから自分は土の中にどんどん沈んでいくのか」と思いました。
そのとき、ある重大なハプニングが起こってしまいました。それは雪だるまにとって、とても致命的なことでした。雪だるまがどれだけがんばって手袋を土の中に引っ張りこもうとしても、土がいじわるをして、どうしても、どうしてもうまくいかないのでした。
しかし雪だるまも諦めるわけにはいきません。だって、大切な手袋ですし、女の子からもらった大切なものですから。
「わんもーとらい!」
かけ声とともに、まだ溶けていない雪を、手袋に向かって伸ばします。
「夢に向かって、ふるぱわー!」
雪だるまは手袋の上にのっかって、土の中に押し込もうとします。しかしどれだけ押しても、手袋は土の中には入ってくれません。やがて雪は力つきて水になり、手袋の毛糸のなかをするりと通りぬけ、土の中へと沈んでしまいました。雪だるまは「まるでゆうれいになったみたいだ」と思いました。
土の中に沈みながら地面を見上げると、そこには赤い手袋が残されていました。もう雪だるまには、手の届かない場所にありました。雪だるまは大切な手袋を見上げながら、少しずつ、少しずつ地面の深くへと沈みこんでいきました。
土の中は、音もほとんどしません。光もほとんどありません。たまに遠くの方で、モグラがカリカリと土を掘っている音が聞こえるくらいでした。そのかすかな音は、どこか遠くを走る、夜行列車を連想させました。
「あーあ。ざんねん…。これでほんとに一人なのかな」
雪だるまの身体は土の中を染みこみながら、ゆるやかに地下に向かっていきました。そして何日かすぎたあと、雪だるまは爽やかなみみずと出会いました。