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異世界のならず者を征伐!征伐!  作者: TM
第二章 腹っぺらし
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第9話 冒険者ギルド大坂冬の陣

 太陽系第三惑星地球、日本列島の大阪府大阪市西区南堀江1丁目に冒険者ギルド大阪支部があった。


 ポォーン♪ 『ヒャク ジュウバン番をお持ちのお客さま ロク 番の窓口までお越しください』


 受付番号発券機の呼び出しに応じて、番号の記された感熱紙を手にした金角が窓口に向かった。


「ほな、ギルドカード出して」


 アラサーのギルド嬢が、冷めた口調でそういった。

 薄い眉と一重まぶた、出っ歯で低い鼻と貧乏耳という顔立ちの女である。


 金角はギルドカードをカードリーダーの上に置いた。ギルドカードには提携のSuicaマークがついていて、その横に描かれた愛くるしいペンギンが、アニメーションで挨拶をするように翼を振った。


 ギルド嬢は、横に置かれた端末を操作して受付の処理をした。そして、わざとらしくため息をついてから金角に向き直った。


「……何日目やおもとんねん?」


「24日」


「あんなー、えーかげんにしいや!」


 ギルド嬢は怒声を放った。


「それは、こちらの台詞なんですがね」


「せやさかいに、成功報酬に和解金を上乗せするゆーたァやんか!」


「ロジックがおかしいでしょ」


「いけずなこといわんと受け取りいな、なっ」


「和解はしませんから、報酬だけを入金してくださいよ」


「アカンゆうたンやろ!!」


 怒ったギルド嬢はカウンターを叩く。ドン! と大きな音がして、周囲の注目を浴びる。


「うちらが信用なれへんのンか?」


「ヤクザのラジコンを信用? 馬鹿じゃないの」


 金角は、強面の顔で笑った。沸点が低いギルド嬢の、彫りの浅い顔が怒りで歪んだ。


 冒険者ギルドには全銀河で統一の原則的な規則が存在する。その規則のうちのひとつが、冒険者本人の殺害を目的とした依頼を仲介しないというものである。

 冒険者ギルドの大阪支部は、前述の大原則に違反をしていた疑いがある。もとより、帝塚山組の組長が金角たちに冒険者ギルド大阪支部の意図的な協力を認める発言をしていたのだ。


 冒険者ギルドの規約により、金角と銀角には原則無視の依頼を通した大阪支部に、情報開示の請求および本部監査の実施を申立てる権利がある。しかし、冒険者ギルド大阪支部は多額の和解金を用いて情報開示と本部監査の要求撤回を提示してきた。

 交渉の開始日から翌月の同日までに冒険者との和解が成立しない場合は、日本の冒険者ギルドの本部がある横浜の冒険者ギルドで日本のグランド・マスターにその裁定が委ねられることとなる。


「……もう、ええか?」


「ギルドマスターとの面会の了解をいただきたいのですが」


「アカン」


 けんもほろろで取りつく島もない。


「そうですか、では……」


 会釈をして踵を返す金角の巨体を、他の職員と冒険者たちが見上げた。

 ギルドに備え付けのカフェテリアで、コップ酒を片手にゆで卵を頬張っていた冒険者が、金角と目が合うと慌てて顔を逸らした。連日、職員と押し問答を繰り返す金角と銀角は、冒険者ギルド大阪支部で大きな注目を浴びていたのだ。

 

 金角と対峙していた傲遜なギルド嬢、菅結愛は彼女はギルドマスター、菅友愛のひとり娘である。


 金角、銀角との連日の押し問答はギルド幹部たちに大きなストレスとなっていた。

 自分たちで撒いた種を刈り取らされようとしているにもかかわらず、それを逆恨みして大きな憎悪を抱いていたのだ。


(思い知らせたんわ)


 菅結愛は、ギルドを退出する金角の背中を見て、のっぺりとした顔を歪めて笑った。



 酔っ払いの吐瀉物が散乱した裏通りは、腐った生ごみの汁と、乾く暇もなく注がれる立ち小便のすえた臭いが漂っていた。そこに、身長175cmほどの髭を生やした馬づらの痩男と、関西タイガースの野球帽を被った身長180cmほどの肥満男が立っていた。


 痩男のスマホの着メロが鳴った。関西タイガース応援歌『六甲オロチ』である。


「きよった!」


「次はー、西中島南方、西中島南方。阪急線はお乗換えです」


 肥満男は、返事の代わりに御堂筋線の車内放送のモノマネをした。


「セルフ車掌は、ええちゅうねん」


 痩男は、相方の野球帽越しに頭をペチッと叩くと、大スポに包んだブツを差し出した。


「殺しのライセンスを持つ男、ごっつ期待しとんで!!」


「ひゃう!!」


 ナニワのボンドは、奇声を上げながら手をパンパンと叩いた。



 金角が、冒険者ギルドの建屋を出て駅に向かうと、前方からコート姿のシャインが歩いてきた。そして、互いに目配せをしただけですれ違う。


 金角の背後から、関西タイガースの野球帽を被った肥満体の男が走ってきた。目尻の釣り上がったヒラメ顔で楽しげに笑いながら、手には大振りな刃物を握っている。

 金角は体ごと背後に振り向いた。刃物をもった肥満体の男は、金角と目の合った途端に加速した。しかし、男は加速した刹那に派手な転倒をした。シャインが男の足を引っ掛けたのである。


 ズドンッ!! 「うひゃう!!」


 男は、転んだ拍子に握っていた凶器を手放した。堺の刃物職人が、ポスコのSK鋼から鍛え上げたアーミーナイフである。

 シャインは倒れた男の腕を締めあげた。強烈な痛みに悲鳴を上げた男は、興奮をして帝塚山一家の組長の名前を叫びだした。


「帝塚山、ひゃう 帝塚山、ひゃう 帝塚山、ひゃう 帝塚山、ひゃう」


 怪訝な表情で男を見た金角に、シャインは告げた。


「こいつは、府警の刑事部長だった男だ」


「えーっ?」


 帝塚山組長に憑依した梅田が起こした、児友銀行北畠支店の人質強殺事件で、狙撃部隊の突入を命じて七人もの犠牲者を出した戦犯である。


 彼は、あの失態の後に本部長の指示で警務部で監査を受ける手配をされていた。だが、監査前に箕面市にある精神病院の隔離病棟に措置入院となったのだ。

 もちろん、入院は本部長の意図したことではなく府警内部の思惑でそうなったのである。


 離れた場所から様子を眺めていた菅結愛は舌打ちをした。


「パワー系バーサーカーのもつ可能性に賭けよったんやが、難儀やったか……」


 措置入院中の意図的な過剰投薬により元刑事部長の脳は変貌をとげた。体質的にその素養があったことも手伝って、いまの彼は脳内リミッターが解除された超人となっていた。その身柄を引き受けたのが、冒険者ギルド大阪支部なのだ。

 そして、この一連の情報は銀河パトロール側も把握をしていたのである。


 銀角の運転する高機動車が、シャインたちの所にやってきた。

 後部のベンチに、元刑事部長をけしかけた例の男が乗っていた。男は後ろ手に手錠をかけられたままぐったりとしていた。


「なにもんですか?」


「連邦軍の警務事務所で、自己紹介をさせればいい」


「元刑事部長も警務事務所に連れて行きますか?」


「いや、それはやんないでいい」


 シャインは金角にそういうと、元刑事部長に向き直った。


「帝塚山の奴ァ、きのう冒険者ギルド大阪支部の接待で、タコ焼きを頬張りながら焼酎を飲んでたよ」


「ひゃう!?」


「んでもって、キャバ嬢の太ももを撫でまわしながらだな、おまいさんのことを馬鹿だの、ゆとりだのと笑ってた」


 シャインは、元刑事部長を焚きつけた。


「帝塚山!! ひゃう!! 帝塚山!! ひゃう!!」

 

 怒りに震えた元刑事部長は大声で吠えた。


「金角、さっき冒険者ギルドで帝塚山を見たよな?」


「……帝塚山組長は、ギルマスとタコ焼き食ってました」


 シャインは、締めあげていた元本部長の腕を開放した。


「帝塚山!! ギルマス!! 帝塚山!! ギルマス帝塚山!! ギルマス帝塚山!! ギルマス帝塚山!!」


 元刑事部長はアーミーナイフを振りかざし颯爽と、蒼天を翔けるが如き勢いで冒険者ギルドに猛進した。


「あかん!! トラキチに刃物やっ!!」


 菅結愛はギルドの建屋に逃げ込んだ。



 ◇



 法の華仏法教会の五所川原教祖は、いまも成増にあるマンションに自宅を構えていた。


 ピンポーン♪


「はーい」


 法の華の関係者の訪問で無いことを祈りつつ、五所川原はインターホンの受話器を取り上げた。


「どちら様でしょ…………八百比丘尼さま!?」


 画面の向こう側で、一八歳の顔立ちの可愛らしい娘が白い頬を上気させて手を振っていた。


 玄関のドアを開けると、数十年前に見たように柔らかな長い黒髪を後ろで束ねた八百比丘尼が、白のダウンジャケットに水色のデニムパンツの格好で、いなげやの袋を手に下げて立っていた。


 五所川原は恐縮しながら、八百比丘尼を部屋に招いた。


 八百比丘尼は、黒文字の楊枝で煉羊羹を切り分けると、ひょいと羊羹を口の中に放り込む。狭山茶の渋味が舌に残るうちに、餡の甘味が口の中に広がった。


 八百比丘尼は、羊羹を口に含んだ状態で「ん〜!」と声を出して身を震わせた。


(あれ、なんなんだろうな)


 ネット動画を鑑賞していると、欧米人の女性も甘菓子を口に含んで身悶えを行う。そこから推測をすると、あれは文化的な仕草ではなさそうだ。だが、五所川原は甘いもので生理的な震えがくるほどの快感を得た経験が無い。そのために、その心情をはかりかねるのだ。

 昔飼っていた雌うずらに甘味の多い房総産のピーナッツを与えると、落ち着きがなくなりポポポという嬌声を長々とあげた。もしや、あれと正体が同じものなのかしらん。などと失敬な考え事をして我に返ったときには、皺の浮いた顔で物思いに耽る五所川原を八百比丘尼がじっと覗きこんでいた。


「実はですねっ」


「はい」


 五所川原は、返事をしながら居住まいを正す。


「これを」


 八百比丘尼は、いなげやの袋をゴソゴソやって、紐のついた手縫いのお守り袋を取り出した。


「お守りですね」


「ですよー」


 八百比丘尼は、そういいながらお守りを五所川原に手渡した。


 さて、古希を過ぎて相応に知恵のついた五所川原も、説明もなしにお守りを差し出されては要領を得ない。


「八百比丘尼さま、どういうことでしょうか?」


「未来がみえました」


「お告げですか?」


 五所川原は八百比丘尼の天啓の霊力を思い出した。


「鬼たちがあなたを襲います」


「なんと……」


「護符があれば鬼は退きます」


 ほかならぬ八百比丘尼の言質であるがゆえに疑念の余地はないだろう。


「それがやってくるのは、いつでしょうか?」


「早晩に」


 不明瞭である。


 千秋の時の旅人となった八百比丘尼は、期せずして未来視である天啓の霊力を身につけていた。しかし、その内容が断片的であるために、抜けた部分を推測して因果を把握する他にないのだ。


 五所川原の気持ちの整理のつかぬうちに、八百比丘尼は更に突拍子もないことを言い出した。


「鬼を退けたら、私の書いた文を携えて空海和尚を尋ねなさい」


「えっ! 弘法大師ですか?」


 弘法大師空海は西暦835年、61歳のときに高野山の祠で大日如来の印を結び入定して弟子たちの前から姿を消した。それから90年後の西暦921年、空海は孫弟子である観賢の前に、派手なスモークを焚く演出をしながらその姿を現したのだ。


”かの山に詣でて入定の祠を開きたれば霧立て暗夜の如くに、つゆ見えざりければ、しばらくありて霧の静まるを見れば早く御衣の朽ちたるが風の入りて吹けば、塵になりて吹き立てられて見ゆるなりけり。塵静まりければ、大師は見えたまひける。”【今昔物語】


 そして今もなお、空海は全国を行脚していたのである。


「そして、空海和尚にともなって女人のもとに」


「女性?」


「金髪で鳶色の双眸をしています」


 シャインのことである。




※阪神タイガースの歌 通称 六甲おろし 歌詞著作権消滅 平成4年12月31日

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