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異世界のならず者を征伐!征伐!  作者: TM
第一章 その転生者、凶暴につき
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第5話 転生者チート

「南無〜不動明王、南無〜勢至菩薩」


 ジェジェジェ! ジェジェジェ!


「南無〜不動明王、南無〜勢至菩薩」


 教祖は数珠をすりあわせながら祈祷を始めた。


 教祖の憑き物祓いは本物でイタコは偽物だ。しかし、ここで戦国武将の降霊が出来ぬとゴネては、孫娘がこども大好き組員たちの餌食になるのは必定であろう。


 教祖は急場の凌ぎに、この地にいる地縛霊を組長に憑依させることにした。


 この場所で数多の殺生が行われたためであろう、部屋には邪悪な霊気を放つ人間の地縛霊が巣食っていた。

 もとより組長には守護霊たる霊がなにも憑いてはいないが、験力で魂の器をこじ開けばそれが取り憑くのではないかと考えたのだ。


「明神御げを兄弟よりして奉文の説き、法にりんに時まぎ天岩戸に引き込み引き篭もらせ給いば常夜の闇になりけるぞ」


 教祖は、床のじゅうたんの上に結跏趺坐をした組長の背中を、えいっえいっと数珠で打った。すると、その刹那に地縛霊が組長の体にするりと潜り込んだ。


「アッ!」


 教祖は、強い瘴気に当てられて横向きざまに倒れた。


 組長はそれを尻目にかけて立ちあがると大きく伸びをした。そして、おもむろに屈伸運動を始めた。


 ラジオ体操らしきものをひとしきり終えると、こんどはソファーに座って靴を脱いであぐらをかいた。

 テーブルの上にあった未使用のおしぼりの袋を開くと、それで顔をゴシゴシと拭きだした。


「ほんま、ひっさしぶりやのぉ〜。生身のカラダの感触ゆうのンは」


 組長は感慨深げに独り言を発した。


「……おやっさん?」


 帝塚山一家の若頭が声をかけた。


「おおきに」


 組長は若頭を無視して、教祖に声をかけて労をねぎらった。

 そして、顔を上げると金角と銀角に問いかけた。


「ほいで、兄ちゃんたちは警察なん?」


 金角が答えた。


「そんなこたないです」


「ほなええわ」


「おやっさん!!」


 組長の常ならぬ様子に不安を感じた若頭が大声を出した。


「おまえ、息くっさいのぉ〜」


 組長はしかめっ面をして立ち上がると、若頭の前に立った。


「歯槽膿漏とちゃうん? 口開けてみいや」


 組長の突拍子もない発言に、若頭は虚をつかれた顔をした。


「はよせいや!!」


 どんなに理不尽なものであっても、親の命令は絶対なのが極道渡世の掟である。

 若頭は素直に口を開いた。


「おまえ!!のどちんこになんぞついとんで!!もっとよく見せたりーな」


 舌を出してあーんと口を大きく開く。

 そのとき組長は若頭の顎に向かって下から拳を突き上げた。


「アガッ!!」


 強く舌を噛みこんで唸り声を立ててうずくまる若頭。

 舌の動脈から噴き出した鮮血が口の端からだらだらと溢れて、口を抑える手の指がたちまち血塗れになっていく。


「おしゃべりな口を塞いだったわ」


 漂ってきた血の匂いに組長は興奮した。


「俺は!! 梅田や!!」


 組長は大声で吠えた。


 霊視をした教祖の目には、黒いシミのような瘴気が部屋のなかで淀んでいるさまが見てとれた。

 部屋にいた者たちは空気が四方から圧し縮まってくるような違和感を覚えた。


「ドスをくれや」


 組長は若い組員に歩み寄ると手を差し出した。組員は震える手で、柄尻を組長に向けて手渡した。


「おおきに」


 組長はひとこと礼を言うと、ドスを後ろに投げ捨てた。そして、猿のような跳躍力でその組員に抱きつくと喉元に噛み付いた。


「ア゛ーーーーーーーーーーーーッ!!」


 おぞましい端末魔の叫び声を上げる若い組員。

 幾度も組長を突き放そうと試みたが、がっちりとしがみつかれて為す術がない。


 組員のえんじ色のスラックスに生暖かな小便のシミが広がっていく。


 喉の肉をひとしきり咀嚼した組長は組員を手放した。

 組員は大量の血を首元から流し、よろよろと数歩歩くと床膝をついてびくりと痙攣をしてから倒れこんだ。


 カーペットの上にできた血溜まりがじわじわと大きくなっていく。


「俺は!! 梅田や!!」


 血なまぐさい呼気を吐きながら組長は吠えた。


「どや、この転生者チート!! みなぎっとんで!! みなぎっとんで!!」


 狂気に満ちた血走った目で、あたりをぎろりと睨みつけた。


「ひぃ!!」


 部屋の中に五体満足で立っていた、五人の組員のうち四人の組員が外に逃げ出した。


「はい、ここから出ないで」


「はい、ここから出ないでね」


 組員たちが向かった扉の前に、金角と銀角が立ちふさがった。


「ど、どいたらんかいや!!」


 身長167cmほどの小柄な組員が、甲高い声をあげてドスを振り上げた。


 シュッ


 金角は半長靴の底を絨毯から離すと、巨体とは思えぬ素早い突き蹴りを繰り出した。

 ドスを振り上げた姿勢で顔面に蹴りを食らった組員は、鼻の骨を折られて吹き飛んだ。


「官品ちゃいますのん? 身に着けとんの、ぜ〜んぶホンマもんや」


 ひとり逃げださずにいた、30代前半の黒服に身を包んだ組員が前に出た。

 身長185cm程度の細身で、メガネを掛けたキツネ目のソフトモヒカンである。


 他の組員たちが色めきだつ。


「自分は徽章持ちやったんですわ」


 金角と銀角は無言である。


「せやけど、陸さんちゃいますやろ?」


 キツネ目の組員の顔が険しくなった。


「連邦軍の口封じちゃうんかいや!!」


 その怒声と同時に組員たちが一斉に金角と銀角に襲いかかった。

 長身の男は金角に、残る三人は銀角に立ち向かった。


 中背の組員と銀角では子供と大人の喧嘩である。

 ドスを振りかざして威嚇する三人の組員を、銀角の強引な回し蹴りが襲う。蹴り飛ばされた組員に別の組員が接触してよろめいた。


 金角と差し向かいで対峙したキツネ目の組員は、蹴りと見せかけて下突きを入れた。しかし、自分よりも大柄な相手との経験不足で下突きを見事なまでにしくじった。下突きの直後に型通りの右蹴りを放ったところ、金角は右肩をひねり腕を相手の宙に浮いた太腿の下にぐいと突き入れた。


 金角は、右前の姿勢で踏み出すと相手の足を抱え上げる。足を取られて、残った片足で床をトントンと跳ねたところを足ですくって転がした。転がされた相手は、反射的に受け身をとろうとするがそれは叶わない。金角の両手が足を鷲掴みにして腰から下を宙に浮かせているからだ。


「んぬっぅ!」


 金角は、ハンマー投げの要領で組員を回転させはじめた。


 金角が、憤怒の表情で力を入れた。パンパンに膨張した腕の筋肉に、半袖アンダーシャツの袖口の糸が負けてブツリとはちきれた。やがて、床を擦っていた組員の肩や後頭部が徐々に宙に浮いてくる。到底格闘術とはいえない、強引な力技による振り回しだ。


 グルグルと回しながら勢いをつけて、組員の身体をコンクリートの壁に接触させた。


 肩の骨と肉のぶつかる鈍い音がした。


 金角は衝撃を受けて体の痺れた組員の両足を持ち上げると、ジャイアントスイングの要領で壁に叩きつけた。ふたたび、肩の骨と肉のぶつかる鈍い音がした。


「ぐぬぬ」


 金角は悔しさを噛み締めた。自分がイメージをしたように相手の頭だけを壁に叩きつけられないのだ。

 納得がいかない金角は、ぐったりとした組員の首を脇に抱えると相手の頭を壁にゴンゴンと打ちつけ始めた。

 

 銀角が、気絶を装った組員の臀部に奪ったドスを突きたてたときには、部屋に立っている子分は誰一人いなかった。


「ほんま弱すぎやな」


 組長は組員たちの惨状を見て、ぞんざいな物言いをすると金角と銀角に向き直った。


「お前たちを殺して余裕で表にでたンわ」


 組長はヒャッと裏声で叫ぶと、人間離れした身のこなしで銀角に飛びかかった。そして、空中に飛び上がった姿勢で銀角の両目に指を突き立てようとした。銀角が組長の手を身体の外側に弾き、同時に金角の半長靴のつま先が組長の身体に接触した。


 組長はくるりと身体を回転させて四つん這いに着地した。


 銀角が、組員の臀部に刺さったドスをぐりぐりと引き抜いた。傷口を広げられた組員が、絶叫をして気絶した。


「オゥッ!!」


 銀角は、力強く叫んで組長にドスで突きを入れた。組長は、その切っ先を身を仰け反らせて避けきると、人間ならざる動作で後方に大きな跳躍をした。そのとき、教祖の目は組長が纏った妖気が一気に増したことを捉えた。


 銀角が迫ると同時に組長は左前に駆け出した。組長は、突き当りの垂直な壁を重力を無視して左から右へと弦を描くように走った。


「シッ!」


 金角が、呼気とともに上段の蹴りを繰り出した。しかし、つま先がわずかに及ばない。


 組長は部屋の扉を背にして金角と銀角に向かい合った。チロチロと舌なめずりをすると、血に塗れた歯をむき出しにしてニヤリと笑った。


「俺は!! 梅田や!!」 ガゴッ!!


 組長の雄叫びと同時に、開いた扉が鈍い音をあげた。後頭部を強打した組長は、前のめりに倒れこむ。


「「「あっ!」」」


 金角と銀角と教祖は思わず声を揃えた。


『若悪獣囲繞 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無辺方 玩蛇及蝮蝎 気毒煙火燃 念彼観音力 尋声自回去』


 扉を開けたシャインが部屋に足を踏み入れた。迷彩7型の戦闘服に身を包み、左肩にNationalのステレオラジカセを担いでいる。


 ラジカセの両脇のコーンスピーカーから、絶え間のない観音経の読経が流れていた。3番デッキにセットされたTechnicsのRT-60LNテープの黄色のリールハブがガチャガチャと回転し続ける。いったいどこで入手したものか、ラジカセもカセットテープも博物館入りの代物だ。


「なんじゃいわりゃ!!」


 後頭部をさすりながら組長が怒声をあげた。


「退けやっ!!」


 戦闘服の上からも目立つ胸の膨らみと、キュッと締まった腰のくびれの美しいシルエット。シャインの女らしい身体の腹部を、組長は体重をのせた拳で突きあげた。


 シャインの身体が、拳の力を吸収して振動で揺れた。しかし、シャインはラジカセを抱えたまま姿勢を崩さない。


「ぬっ」「ぬぅ」


 金角と銀角が唸り声をあげた。


 組長の野獣の如き攻撃力を目撃した直後である。シャインが平然としている様子に、己が目を疑ったのだ。


「あっ?」


 組長は、呆けたように口を開けた。


「まじかるぅぅぅ」


 シャインは、組長に向かって勢い良くお辞儀をした。


 ゴッ!!


 まじかるエナジーをまとう、シャインのマジカル頭突きが組長の頭にヒットした。

 組長は脳震盪を起こして腰が抜け、仰向けの状態で床に倒れた。


「ぬっ」「ぬぅ」


 金角と銀角が唸り声をあげた。

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