第3話 誰かその子パンを求めんに石を与へんや
太陽系第三惑星地球、日本列島の静岡県富士市に新興の宗教法人『法の華仏法教会』本部があった。
約4,000坪の敷地の入口にある、9間の鳴子大門には快楽天の札が掲げられ、その奥に釈迦とイエスキリストの遺骨が安置されたSRC構造で高さ31.5メートルの八角円堂のヤハウェ仏舎利殿がそびえ建っていた。
仏舎利殿への道を挟んで右側が釈迦の足裏像を本尊とする本部会館、左側が最大で1200人を収容可能な本部研修場となっている。
吐く息も凍りそうな大寒を過ぎたばかりのこの日、本部研修場は埋め尽くされた信者たちの熱気に満ちていた。
紺色の背広に赤いネクタイを締め、首に宝石の散りばめられた輪袈裟を下げて舞台に立ったロマンス・グレーの大男。法の華仏法教会の教祖、五所川原二郎である。
教祖である彼は右手にもったマイクを口元に寄せると、魅力的なバリトン・ボイスで問いかけた。
「最高ですかーっ!!」
起立した信者たちが声を揃えて叫ぶ。
「絶好調!!」
信者たちはつい先刻の五座三座の勤行でトランス状態に陥っている。
そしてこのマインドコントロール手法の仕上げが、教祖と信者によるスローガンの連呼なのだ。
「最高ですかーっ!!」
「絶好調!!」
「最高ですかーっ!!」
「絶好調!!」
スローガンの連呼が一段落をすると、研修場のすべての照明が落とされた。
ほどなくして、まばゆいスポットライトが舞台の中央を照らしだした。そこには、曼荼羅をあしらった錦織のソファーの上で座禅を組む教祖の姿があった。
「ただいまよりごしょがわらそんしが、イエスキリストこうかいれいげんをおこないます」
幼女の舌足らずな声が研修場に響いた。しかし、幼女のアナウンスを訝しむ者はいない。声の主が教祖の孫娘であることを知っているからだ。
教祖は目を瞑り、M78星雲の巨大ヒーローがスペシウム光線を発射する構えのごとく腕を十字型にクロスさせた。
「I will now …… invite the spirit …… of …… Jesus ……」
たどたどしい口調で、降霊儀式の宣言をした。
「Jesus Christ ………… please come on …… oh yes yes! ah ……」
((わけがわからない))
その様子を舞台袖から伺う、仁王像に似た容貌の兄弟がいた。
顔幅よりも広い筋肉で覆われた首、ゴリラのように厚い胸板、競輪の選手の大腿のように太い上腕。迷彩7型の陸上戦闘服を着た、身長が2m近い巨漢たちだ。
冒険者ギルド所属の金角と銀角、バーバリアンのAクラス冒険者だ。
「I'm ジーザスクライィーーッスト!!」
教祖は叫ぶように名乗りを上げてから、シャキッとした表情になった。
「「ぬっ!」」
金角と銀角は大きな唸り声をあげた。
そして近くにいた教祖の孫娘が紅いほっぺたを膨らませて睨んでいるのに気がつくと小声で謝った。
「ごめんなさい」 「ごめんなさい」
ツインテールの幼女に向かってペコペコと頭を下げるいかついバーバリアンたち。
「oh …… oh …… truly, I say to you …… I say ……」
教祖はまぶたを閉じると、眉間にシワを寄せながら説教を始めた。まるで、学生時代に覚えた英単語を記憶から引き出そうと必死になっているようだ。
教祖に憑依したイエスキリストの努力だけは認めるが、これではファリサイ人サウロの回心はムリである。
「キリストはユダヤ人でしょ」
ひそひそ声で銀角が問いかけた。
「まあな」
「だったらさ、なんで英語なのよ?」
イエスキリストが用いていたとされる言語はアラム語である。ヘブライ語で話していた可能性もあるのだが、少なくとも英語ではない。言語能力は憑依相手の能力に依存すると仮定するならば、イエスキリストは日本語で話せばよいだけである。しかし、それをしない。何故か?
つまり、英語で話したほうがガイジンらしさを演出できるからだ。
いたずらっぽい目つきで、銀角が金角の顔を見ていた。二人は、くつくつと笑いだしたくなるのをこらえた。
教祖に憑依したイエスキリストは、つたない発音で説教を続けていた。
やがて、そのときがやってきた。
「Jesus Christ …… he said that …… Which one of you if your son wants ………… asks him for bread, will give him a stone?」
「三人称じゃん」 「キリストじゃないの?」
金角と銀角は辛抱たまらずツッコミを入れた。これでは、もはやイタコ芸ですらない。
「んー、日蓮聖人をお呼びします」
舞台袖から聞こえた金角と銀角のツッコミが、イエスキリストの耳に届いていたのは間違いがない。イエスキリストは合掌をして流暢な日本語で降霊を開始した。
「法の華仏法教会の指導霊の日蓮聖人、日蓮聖人。どうか、我ら、神の子羊を導き給え、アーメン」
金角と銀角を除いた、すべての信者が神妙な顔をしてイエスキリストと同じ合掌をした。
((イエスキリスト降霊の怪しいウルトラ十字は真似しなかったくせに))
金角と銀角はあきれた様子でそれを眺めていた。
「………………えー、日蓮です(キリッ」
日蓮はキリリとした表情で説法をはじめた。
◇
太陽系第三惑星地球、日本列島の大阪府大阪市住吉区に海賊ギルド所属の広域指定暴力団『帝塚山一家』本部があった。
約900坪の敷地を尖った鉄柵の突き出た屋根塀で囲い、赤松やツツジの植えられた日本庭園の奥にある本部は、RC構造二階建ての昭和の公民館のような外観の建物であった。
スリー・コート、ツー・ベイクの黒パール塗装のセルシオが、本部の敷地内の駐車場にド派手なリヤコンビを点灯させて停車した。
「おふらんす!」「おふらんす!」「おふらんす!」「おふらんす!」「おふらんす!」
金角と銀角を両脇に従えた法の華仏法教会の教祖が狭苦しい車内から降りたつと、出迎えた30人ほどの暴力団員たちが教祖にむかって次々にお辞儀をした。
「センセ、ようきたはりましたな」
電動開閉式の立派な厨子型仏壇の置かれた応接室で、骸骨のように痩せた猿顔の男が立ちあがって教祖を出迎えた。
格子柄のチノパンに、趣味の悪い龍の絵柄の開襟シャツを身にまとっているこの男が、帝塚山一家組長の帝塚山悠斗であった。
「ささささ、座ったくンなはれ、一服しとくンなはれ」
せせこましい組長に請われるがままに、教祖はふかふかな革ソファーに身を沈めた。
組長はテーブルに置かれた大理石の煙草入れの蓋をとった。そして、丁寧に手巻きをされた高級シガレットをつまみ出すと教祖の口にくわえさせた。
「失礼いたします」
ロン毛で茶髪の若い組員が一礼をすると、教祖の横に片膝をついた。
よどみない仕草でジバンシィのライターを右手で取り出すと、左手を炎に添えて教祖のくわえたシガレットの先端に火をつけた。
ムフーッと鼻から煙を吐き出す教祖。
「ほんでまぁ、センセにご足労願うたゆうのんは、お頼みしたいことがありますねンや」
おい、と組長が子分に合図をすると仏壇が時計回りにゆっくりと動き出した。
仏壇の床が回転台座になっているのだ。
やがて、豪奢な十字架と聖母マリア像のある祭壇があらわれて、それを過ぎるとNationalのロゴも眩しいフルハイビジョン3D液晶モニターがあらわれた。
回転台座の上は拘置所にある刑場の前室を参考に、仏教の仏壇、キリスト教の祭壇、その他、神道の祭壇と四分割の区画になっていた。そして、その他の区画には拘置所にはないであろう大型の液晶モニターが設置されていた。
液晶モニターに歩兵戦闘車に乗り込んでくる三人の男たちの姿が映し出された。
ハナテンとその用心棒の金角と銀角だ。
教祖が怪訝な表情をしてモニターの中の金角と銀角、そして目の前に立っている金角と銀角の顔を見比べた。
「よっくもまぁ」と金角
「手に入れたもんすね」と銀角
「タウ星のような発展途上惑星はの、なんぼでもやり方がありよんわ。火災でよう焦げとったらしいのんに、防犯カメラの動画が残っとったんは御仏はんのお引き合わせちゅうもんや」
組長は、怨嗟のこもった目で金角と銀角を睨んだ。
◇
歩兵戦闘車の後部乗降ハッチが閉まった直後にそれは起きた。
「なにしょんや!!」
銀角がハナテンの首筋にオリハルコンのナイフを当てて警告をした。
「手下の皆さんが妙な真似をしたら、親分の首が斬れちゃいますからね」
金角が、車内にいるハナテンの手下たちの腕を手際よくアルミテープで拘束していく。
「お、お前ら、儂をハイエースしよんか!?」
「いや、おっさんはハイエースされませんよ」
金角は素で返しながらスマホを取り出した。そして、どこかに連絡をする。
「もしもし? お疲れ様です。ええ、あっ、はい、はい」
返事をするたびに、見えぬ通話相手に律儀におじぎをする金角。
「アネさんが本人確認の遺伝子採取を忘れんなってさ」
銀角がゴブリンの討伐証明採取の要領で、床に寝かせたハナテンの左耳にナイフを当てた。
ハナテンが泣きながら足掻くので、耳を綺麗に削ぐことが出来ない。
「手元が狂って、あぶねぇ」
「アネさんが、うんたんしろって」
金角と銀角は、阿吽の呼吸で頷くと○シネマの某作品でお馴染みの部活動を始めた。
銀角がハナテンの首を両手で掴むと固定した。
「うんたん♪」「うんたん♪」「うんたん♪」「うんたん♪」「うんたん♪」
金角の怪力で腹パンを入れられて、ハナテンの身体がくねくねとうごく。
失神をしたハナテンから、証明部位を採取した金角と銀角が車外に消えた。
しばらくたつと、画像が乱れて映像が途切れた。
シャインの操縦するトラッククレーン車が歩兵戦闘車を押し潰したのだ。
◇
組長は、金角と銀角の顔を見た。
「感想はありよんか?」
抜身のドスを構えた複数の組員たちが、金角と銀角を取り囲んでいた。
「ハナテンはさぞかし無念やったろうな……」
組長は嘆息を漏らした。彼は、渡世の兄弟分であるハナテンの仇を取るために、冒険者ギルドで金角と銀角を指名して教祖の護衛依頼を出し、この場所におびき寄せたのだ。
「ほんま、お前らは生きる価値の無いクズやのぉ」
かくいう組長も、密輸武器の売買を糧にして座布団を買い、海賊ギルドの幹部に上り詰めたクズである。
その組長が、ハナテンの死に様にかくも感情移入して憤慨をするのは、反社会的な組織の幹部であるハナテンに自己投影をした結果である。すなわち、大道を逸した為政に慷慨を禁じ得なくなったのではなく、共属意識や親和感情に端を発した狭量な感情論に過ぎない。
「俺たちが依頼完了の手続きを取らなければ、冒険者ギルドが調査に乗り出すんじゃないのか?」
金角が組長に問いかけた。
「残念やがそうはなれへんのンや」
組長は、ふてぶてしい面構えで言い放つ。今回の指名依頼を処理した冒険者ギルド大阪支部は、かねてから帝塚山一家と裏で結託をして私腹を肥やしていたのである。
たとえ金角と銀角が消されて冒険者ギルドで依頼完了の手続きをせずとも、冒険者ギルド大阪支部の窓口で彼らが依頼完了の手続きをしたように偽装をする手筈になっていたのだ。
「わしも仏の帝塚山と呼ばれた男や。最高の教誨師も用意でけたし、おんどれらの罪を悔いて成仏しいや!」
組長はやおら手を上げて合図をした。すると、応接間と隣室を隔てたカーテンがするすると開いた。
隣室は10畳の空間で、床の中央に110cm四方の赤枠があった。
そこにさらに90cm四方の赤枠で囲った落とし板があり、真上の天井のフックから先端を輪にした直径3cmのロープが下がっていた。
それは、巣鴨の拘置所にある刑場をそっくり再現したものだ。組長はここで、灘の酒をちびりちびりとやりながら絞首刑を鑑賞して悦に入るのが、三度の飯より好きなのである。
「ボタンはここにありよンや」
組長はトリガーアクション方式のボタンが付いた、3つの箱をテーブルの下から取り出した。
「死ねや、オラァッ!」
無作為に選んだボタンを掌でバチンと叩く。
プシュッー!!
エアシリンダーが音を立てて、90cm四方の踏み板が外れた。
「よっしゃ! 一発目で当たりよった」
組長はガッツポーズをした。