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割り箸と重心(====≡≡・≡)

作者: 傘竹掛手

 割り箸が喋ったら、そりゃあ誰だって驚く。驚き方は人それぞれで、僕の場合、味噌汁の入ったお椀を引っくり返し、味噌の香ばしい匂いを卓袱台中に振りまく程度には驚いた。ティッシュペーパーと雑巾が大活躍した後、僕はすっかり冷えきった白飯とおかずの野菜炒めを前に、行儀良く寝そべっている割り箸に声をかけた。

「で、何だって?」

「だから、私を割ると世界が終わりますよ」

割り箸は何でもなさ気にそう言った。

 いやいや、ちょっと待って欲しい。「世界が終わる」ってそんな、何でもなさ気に言うような言葉じゃない訳で、そもそも割り箸が喋ることからして想像外な訳で、珍百景どころかアンビリバボーに出しても良いわけで、もしかしてこの割り箸は宇宙人? いやいや、違う、そういう問題じゃない。

「何で君を割ると世界が終わるんだい」

「詳しく説明すると人類が3回滅亡するので省きますが、モノには全て重心というものがあるのはご存知ですよね」

昔々に数学で習ったような気がする。三角形の重心の求め方とかいう……それから物理の方でも習った均衡を保つ点とかいうやつか。

「そうです、例えば定規を人差し指に乗せた時に安定する点が重心、とこれはよく説明に使われますね。で、この世界にも当然重心がある訳ですが」

「ちょっと待った」

「はい?」

「世界ってモノなのか」

「何を言っているんですか。世界はモノですよ。たくさんある世界の中にあなたの住んでいる世界がある訳です。パチンコ店を想像してください。そこではたくさんのパチンコ玉が行き交っていますよね。大勝ち している男が諸手を挙げて喜んでいます。男の隣には二桁にも昇る箱が積まれており、箱には当然、パチ ンコ玉がびっしりと入っています。その箱に入っている玉のうちの一つがあなたの住んでいる世界という 訳です」

割り箸の癖に何故パチンコ店を知っているのか非常に気になったが、そんなことを聞いている場合じゃない。

「なるほどね、つまりこの世界以外にも幾つもの世界が存在するわけだ」

「玉の数ほど。もしかしたらこの世界も今まさに機械の中で転がっている最中かもしれませんね」

割り箸は冗談めかして(顔が無いから判らないが)言う。

「で、どうして重心が関係あるんだ」

割り箸は少し間を置いてから言った。

「私は割り箸ですよね」

「そうだな。割るために作られたと言っても過言ではないな」

「割り箸なのでまだ割れてませんね」

「そうだな、微妙につながってるな」

「それなんです」

割り箸は飛び跳ねた。さながら地上に打ち上げられた魚のように。

 僕は驚いてご飯茶碗をひっくり返した。


 またも雑巾とティッシュペーパーが大活躍し、僕が二杯目を注いだ茶碗を持って卓袱台の前に座ると、割り箸は口を切った。

「つまり、私のギリギリ繋がっているこのラインで、世界の均衡が保たれているわけです」

「なんでまたそんなところで」

「私に訊かれても」

そりゃそうだ。

「でも君を割らないと僕は夕飯が食べられないんだがなあ」

「私を割ると世界が終わりますよ」

と言われても。

 割り箸の話を完全に信じた訳ではない。信じられる訳がない。そもそも割り箸が喋るってところからおかしい。物の怪の類が割り箸に取り憑いて有る事無い事ぺらぺらと喋っているのかもしれないし。割り箸が何故世界について詳しく知っているのか、というのも怪しい。そうだ、私は世界の重心なんです、とか言うけど、この割り箸が出来たのって最近じゃないのか? ぽっと出の新しい割り箸が世界の重心を持つなんて有り得ないだろう、太古から存在していたものが重心なんだ、というならまだ分かる、……いや、分からない。パチンコ玉、そうだ、木の余りで作られてすぐ袋詰される筈の割り箸がどうしてパチンコのことを知ってるんだ? おかしい。やはり狐狸妖怪の類が取り憑いたに違いない。

「僕はウェイ系大学生との心疲れるランデブーバイト7時間の旅からようやく帰ってきたんだ。落ち着いて美味しい夕飯が食べたいんだよ」

「まあまあそう言わずに。世界の命運は貴方の目の前に転がっているんですよ」

「わざとらしいな。やっぱり虚仮威しじゃないのか」

「違いますよ。でなきゃ長々と説明なんてしません」

「じゃあ何でパチンコだとか定規だとか知ってるんだ」

割り箸が少し身動きをしたような気がした。

「それは……全能の父に教えてもらったからです」

「全能の父って誰だよ」

「それは言えません」

割り箸は口を噤む。ますます怪しい。

「お腹が空いたなあ。お腹がぺっこぺこだなあ。夕飯が食べたいなあ」

「いけませんいけません、世界が終わります」

「とか言って、使われるのが嫌なだけじゃないのか?」

「……ち、違いますよう。貴方は世界を終わらせたいんですか?」

割り箸はいよいよ半泣きだ。僕は割り箸を手に取る。割り箸は観念せず藻掻いている。

「いただきます」

パキッ、と小気味いい音がした。

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