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「へ~、これはまた」

 工房の中を見たイルドが感嘆の声を漏らす。ドグドの工房は、さまざまな雑貨に埋め尽くされていた。他のドワーフの工房で見たことがあるものも何点かあったが、ほとんどは初見。家具類が多いのが特徴的だった。

「ちなみに、家の一日で花が咲く【日花の種】もドグドからもらったものだよ。普通の花じゃ、咲く前に僕たちの寿命が尽きるからね」

 リクルが手近にあった瓶詰めの種を一つ取り出しイルドに渡す。【日花の種】、イルドも名前は聞いたことがあったが実物を見るのは初めてだ。王国の珍品好きの貴族たちに売れば、さぞいい金になるだろう。

 【日花の種】だけでなく、ドルドの工房は目に入る部分だけで、売れば三世代は遊んで暮らせるような宝の山だ。もっとも、やはり家具類が多く、旅人のイルドにすればあまり惹かれないお宝であるが、商人たちが見たならば何としても手に入れたい逸品ばかりだろう。

 確かに、ドワーフが住むにはいい環境だ。

 イルドが一人頷いていると、鼻孔を甘い香りがくすぐった。

「皆様。お茶の用意が整いましたので、どうぞこちらへ」

 ミストリアの案内する方向を見ると、立派な白椅子に腰かけたドルドが「早くしろっ!」とテラスから腕を大きく振ってイルド達を呼び寄せていた。

イルド達が工房を訪れた時、今テラスがある方向には壁があったはず。まさかとは思うが、この短時間でテラスまで作り上げたらしい。

ドルドの神業的な職人芸に舌を巻きながら、イルドはリクル達と共にテラスの椅子に腰かけた。

「どうぞ」

 カフェテリアの店員のような慣れた手際で、ミストリアがイルド達のカップに紅茶を注ぐ。蜂蜜を加えたらしく、紅茶から上る香りは仄かに甘かった。

「これで、景色がもっとよけりゃーな」

「何を言ってるんだ、最高じゃないか」

 不平を零すイルドに、リクルが満面の笑みで答える。

最高? 確かに最高かもしれない。墓好きにとっては。

テラスからはドグドの工房の裏手にある墓地が一望できた。

 ドグドは注がれた紅茶を一気にその大きな口へと流し込んでいた。せっかくの香りを楽しまないとは無粋極まりない。が、その飲みっぷりはいっそ清々しい。見ていて気持ちよくなる。というか、熱くはないのだろうか?

「げっぷ、おかわり。んで、今日は何の用だ? 何か欲しいものでもあるのか? 言え、造れるもんなら作ってやるぞ。造れねぇモノは造れねぇ。それと、バカに付ける薬もねぇ」

「今日はバカを案内しに来ただけだよ」

「バカで話を進めるな」

 眉間に皺を寄せるイルドに、リクルが楽しげに微笑む。完全にイルドが嫌がるのを楽しんでいる顔だった。

「自己紹介したろ。俺の名前はイルドだ」

「んなぁことは分かってる。お前はイルドだ。そして紫の変態バカだ」

 ドグドの言葉に、お菓子を頬張っていたシェイナが笑いながら咽た。ミストリアに背中をさすってもらうが、なかなか笑いが解けない。笑いながら苦しむシェイナに、イルドがますます渋面を作る。

 しかし、イルドは何かを思い出したのか渋面を引っ込めると、真面目な顔をしてドグドに訊いた。

「ドグド、お前は何年もこの町にいるんだよな?」

「いるぞ、いるぞ。もう、この町が出来てちょっとしたくらいに流れてきたから、ざっと800年くらい前になるな。当時はまだまだみんなこの村のひよっこばっかでよぉ。歌もろくに歌えなきゃ、いまほど可愛くもなかったが、拙い姿もまたよくてな。ワシがなんども助けてやったもんだ。357年前の天下の大雨の時はひどかったなぁ。あんときゃ、村の一部が流されかけた。あの時はでっかい船を作ってやったけかなぁ。それと、最近じゃあ七年前の雷の日もひどかった。お前は覚えているか、天が完全に雷雲に支配されて、雨の如く雷が降った日だ。まぁ、あの日もワシが作った避雷針のおかげで、村はまったく無事だったが。それと、そうだな、ちょっと昔に戻ると437年前の……」

「いや、そんな昔のことまで聞いてねぇって。……じゃあ、この男に見覚えはあるか?」

 イルドは双眸を鋭く細めると、内ポケットからイルド自身とひと組の男女が写った一枚の写真を取り出し、男の方を指差して訊ねた。

「ここ7年以内だ」

 言葉を強めるイルドに、ドルドは眼を細めて写真を凝視すると、デカイ頭をブンブンと横に振った。

「知らん、なんじゃ人を探してるのか?」

「ああ、俺の双子の兄なんだ」

 口元にニヤリと笑みを浮かべるイルドに、リクルが「また嘘言ってる」と零す。もう完全に、リクルにはイルドの嘘をつく時の表情を覚えられたらしい。

「ちっ、やり難いなぁ」

 舌打ち交じりにイルドが写真を内ポケットに戻すと、なにやら腕を組んで考え事をしていたドグドが「ちょっと、待ってろ」と言って椅子から飛び降り工房の中へと駆けて行った。

 工房の奥から戻ってきたドルドが、手に持ってきた何かを机に叩きつける。ドグドが工房から取ってきたのは虫かごだった。中では、数匹の蜂が羽音を立てている。

「ドグド、この蜂は?」

 リクルが覗きこんで訊ねる、ドグドはクッキーをかみ砕きながら答えた。

「【追跡蜂】、別の名前じゃあ【サーチビー】。ようは、臭いをかがせりゃ、その臭いのもとを探しやがるアホ賢い蜂だ。しかもこいつらはワシが調教したからな。この世の果てだろうが、地の底だろうが、天の上だろうが探し出すぞ。こりゃイルド、さっさと探し人の匂いが付いているものを出しやがれ」

 バンバンバンと壊れんばかりに机を叩いてドグドが催促する。

 イルドは浮かない顔をして肩を竦めた。

「残念ながら、アイツの匂いが付いたものなんて持ってねぇよ」

「何じゃとっ!」

 ドグドが声を張り上げる。こめかみには血管が浮かび、今にもはち切れそうだ。

 ぐぬぅぅぅぅ、と低い唸り声を上げ、ドグドが長いひげを掻き毟る。どうやら、この【追跡蜂】とやらがドグドの自慢の一品だったらしい。

「ドグド、他に探し人を見つけられるような道具は無いの?」

「くはっ。そんなもんないわ。ワシの【追跡蜂】たちは優秀だからのな。39年前なんぞ、風に攫われたワシの大切な髭を全部探してきてくれたことさえあったんじゃ。こやつらに探せんものは無い! ドグドの探しとる男だって、ちょちょいのちょいで見つけられるはずなんじゃ。匂いさえあればのぉ!」

他人のことでここまで真摯になるとは、本当にドワーフらしからぬドワーフだ。

イルドが紅茶を啜りながら奮闘するドグドを眺めていると、横手から不意に声が上がった。

「じゃあさ、新しく作っちゃえばいいんじゃあない?」

 クッキーを頬張りながら、シェイナはあっけらかんと言い放った。

 イルドとリクルがぽかーんと口を開ける。確かにシェイナの言うとおりだが、そんな簡単な話でもないだろう。

 そう思った矢先、ドグドはどこからか取り出したハンマーを豪快に振りだした。

「ガハハハハハハハハ! その通りだ、その通りだ。ワシが造ればいいんだ。新しい人探しの道具を。ガハハハハ。なんだ、簡単じゃねぇか! よっしゃ、待ってろ。今度は匂いになんか頼らなくてもいいやつを作ってやらぁ」

「匂いに頼らないで、どうやって探すんだ?」

「この写真があるじゃねぇか!」

 ドグドは振り回していたハンマーをピタリと止め、机に置かれた写真を指した。

「この写真をもとに、写っている奴らの居場所を映す投影機にすればいい」

「そんなもん造れるのか?」

「造るっ!」

 ドグドはきっぱりと宣言した。造れないつもりは毛頭ないらしい。

「だが、すぐには無理だ。早くても2日はかかる」

「上出来だ」

 ドグドの言葉に、イルドは興奮したように身を乗り出した。やっとアイツに合える。興奮しないわけがない。

 そう、やっとアイツに……

 恐いほどに笑みを浮かべるイルドの隣で、「写真か、それはいいね」とリクルが手を打った。

「ねぇ、イルド。僕たちも写真撮ろうよ」

「なんだよ、藪から棒に」

「だって、僕とシェイナはあと数日で死んじゃうからさ。そしてらイルドは号泣するだろ。慰めように一枚持っておいてもいいんじゃない?」

「そこは素直に『思い出』っていえねぇのかよ」

 呆れたように溜息を漏らしながらも、イルドは楽しげに笑って頷いた。視界の端では、すでにシェイナが髪形を整え、ミストリアに手伝ってもらって化粧を始めている。

「たいして変わらないだろ」

 ぼそっと零したイルドの左目に、またしても化粧の小瓶が激突した。

「んがっ!」

「アンタはその顔で写りなさい!」

 吐き捨てるように言いながら、シェイナが化粧を再開する。イルドはすでにドグドに頼んで、写真機の準備を整えていた。

 手持無沙汰になったイルドは、忘れてはいけないと、写真を摘み上げてた。そして、遠い眼をしながら写っている自分たちを眺める。あの時は、今のリクルやシェイナのように、俺たちは本当の親友だった。

 焼き付けられた親友の顔を睨みながら、イルドは何度も問い返した疑問を再び投げかける。

 なんでだ? ジョイル。

 お前は、なんでルマを……

「イルドー、準備できたよー」

 シェイナの弾んだ声で、イルドの意識は現実に引き戻された。

「ああ、今行くよ」

 写真をポケットに仕舞い、イルドは席を立つ。

 この写真が後に重大な意味を持つなど、このときイルドは知る由もなかった。


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