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(2)

 時は少し遡る。

「そういえば、イルドって着替え持ってるのかな?」

 シェイナの唇からそっと自分の唇を離したリクルは、イルドの消えていった扉を見て呟いた。

「さあ? でも、荷物はそっちに置きっぱなしよ」

 嬉しそうに自分の唇に指を当てながら、シェイナが視線をリビングのソファーに置かれた紫のバックに目を向ける。さすがに、勝手に荷物を漁るのは気が引けた。まぁ、仕返しにちょっと中を漁ってやりたい気はするのだが。

「あ、そういえばタオルもなかったかも。ちょっと待ってて、タオルと一緒に適当なのを出してあげるから」

「色は赤か青色にしてあげたら?」

「こらこら、意地悪しない」

 相変わらずな夫の悪戯に、シェイナは優しく窘めながらタンスの引き出しを開ける。引き出しには、まるで前々から準備されていたかのように、タオルと紫色を基調とした質の良い下着とパジャマ一式が入っていた。一瞬、本気でピンクの一式に取り換えてやろうかと思ったが、さすがに可愛そうなので中止。ただ、タオルだけは茶目っ気たっぷりのラブリーなピンクのものに変えることにした。

 便利なタンスから出てきた着替えとタオルを取り出し、シェイナが「はい。お願い」とリクルに渡す。「ん、了解」と一式を受け取ったリクルは、そのままシェイナの頬に軽いキスをした。

 くすぐったそうに身を縮めて微笑むシェイナ。いつも笑顔を浮かべ、初対面のイルドにも愛嬌を忘れないシェイナだが、やはり本当の笑顔を見せるのはリクルだけだ。

「さてと、イルドの寝床を準備してあげようかな」

 気合いを込めるように腕まくりをし、タンスから新たに数枚のシーツを取り出したシェイナがソファーを寝床に改造し始める。

 その姿に柔らかな笑みを浮かべたリクルは、脱衣所の扉をノックした。

「イルド。タオルと適当なパジャマを用意したから、ちょっと入るよ」

「な、おいちょっと待て。こっちは裸……」

「何言ってるんだよ。男同士だろ」

 妙に慌てたイルドの声に苦笑を漏らすリクル。他人の動揺はリクルの大好物だ。胸の奥がくすぐられる様に、リクルの頬が自然と笑みの形を作り出す。

――さて、どうやってからかうかな

 そんな期待を胸にリクルが脱衣所の扉を押し開く。

「え?」

 間の抜けた声が口から零れる。ずり落ちる眼鏡。さすがのリクルも眼の前の光景に動揺せずにはいられなかった。

 しまった、とばかりにしかめっ面を浮かべ、眼の前の人物がその小さな手を顔に当てる。

その顔にはどこか見覚えがある。耳に揺れるピアスにも見覚えがある。しかし、確実に眼の前の人物はリクルの知る人物であるはずがなかった。

 シェイナよりも少し低い身長。ごつごつとした男性的な肌ではなく、瑞々しく柔らかな肌。バサバサな短髪の癖っ毛ではなく、繊細に浮き出た鎖骨まで伸びる滑らかな黒髪。胸は筋肉以外の脂肪によってふっくらと実っており、逆に股間には本来あるべきものが無い。

 イルドが着替えていたはずの脱衣所には、見知らぬ女の子が一糸まとわぬ姿で立っていた。


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