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第一章 『な、嘘みたいな身体だろ』(1)

第一章 『な、嘘みたいな身体だろ』

 リクルがオーブンを開くと、立ち上る湯気と共に香ばしい香りがイルドの鼻をくすぐった。

「それで、この村はいったい何なんだ?」

「何なんだ、って聞かれてもね。はい、次はこれ頼んだよ」

 手渡された七面鳥の丸焼きをテーブルに並べながら訊ねるイルドに、後ろで山盛りのサラダを冷蔵庫から取り出したリクルは、器用に眼鏡を押し上げながら口を開いた。

「クランシル大陸の南、グレーゲン樹海の奥。人里離れた辺境の村。特産物や名産物は特になし。自慢は美男美女が多いことと、歌がうまいこと。これでいいかい?」

 七面鳥の丸焼の隣にサラダを並べたリクルがにこやかに答える。

 イルドはリクルに対抗するように笑みを浮かべると、戸棚をあけ、食器を用意しながら言った。

「丁寧なご説明ありがとよ。満足だ。……なんて、言うと思ってるのか?」

「満足してくれないかい?」

 笑みを崩さないリクルに、イルドも笑みを崩さず、そして、逃げられないように直球で訪ねた。

「あの二人は、本当に死んだのか?」

「君の目は節穴かい? 体中が塵になったのを、君も見ただろ。手も足も、胴も首も、頭さえも残ってない人間を生きてるなんて言うなら、君の脳は服装以上に異常ということになるね」

 暗に「君の服装は異常だ」と言いながらイルドがオーブンを開ける。すると、先ほど七面鳥の丸焼を取り出して空になっていたオーブンから、こんがりと焼けた川魚が現れた。ついでに言えば、さきほどサラダを取り出した冷蔵庫も、一瞬前に葡萄酒を取り出したときは空になっていたはずだ。

 コンロの上でぐつぐつと煮えたぎる鍋。火にかけた時はただの水だったそれは、いつのまにかクリーム色に緑や赤の野菜が浮かぶおいしそうなシチューになっている。

「便利なもんだな」

 素直な感想を漏らすイルドに、リクルが「まぁね」と大した風もなく答える。

喰えねぇやつだよ、と口の中だけで呟きながら、イルドはキッチンからダイニングを越えた先にある扉へ視線を投げかけた。木製の扉は、その奥へ消えていったシェイナの姿を頑として隠している。

「で、いいのか?」

「何が?」

 笑顔をいったん収めたイルドの質問に、リクルは相変わらず感情の読めない笑みを浮かべながら答える。

 イルドは扉から食事の準備を続けるリクルに視線を戻し、自分は先に椅子へ腰を落ち着かせながら続けた。

「お隣さん、だったんだろ」

「そうだね」

「傍にいてやらなくていいのか?」

 非難しているわけではなく、優しく柔らかな声色で訪ねるイルド。

 リクルはそこで初めて夕食の準備の手を止めると、眼鏡の奥に覗く、見えているのかいないのかわからない糸目をイルドへ向けた。

 イルドは足を組み、右腕を背もたれに回しながら静かにリクルの言葉を待つ。

 視線を交わし、無言の会話を交わす両者。豪勢な料理を挟みながら、二人は一切それらに目もくれず、互いの目前に座る変人奇人を見つめ続ける。

 腹のうちの探り合いで折れたのは、リクルだった。

 しょうがない、という風に小さくため息を零し、リクルがイルドの対面の椅子に腰かける。シェイナが消えていった扉を見つめながら、リクルは眼鏡の位置を直すと、まったく別の切り口から話しを始めた。

「イルド。外の国じゃ、人はだいたいどのくらい生きるんだい?」

「いきなりな質問だな」

 リクルの質問にイルドは苦笑を漏らしながら、視線を夜の帳が落ちた窓の外に向けた。そして、寂しさが増した夜の世界のように、どこか虚無感を漂わせながら答える。

「国による、な。この村みたいに争いのない小さな所なら、だいたい五十歳前後。長生きして七十ちょっと、てとこだろ。医者がちゃんといる帝国や大国は寿命は長くなるが、徴兵で若く死ぬ奴も大勢いる。それに、貧困の差が激しい所なら、生まれてから一歳になる確率が五割以下なんてのもざらだ。まあ、たまに不老不死の薬を手に入れたバカな奴らもいるけどな。そんなやつらの末路は大抵……」

「七日」

言葉尻を遮るリクルに、イルドが「ん?」と怪訝な顔をする。

リクルは朗らかな笑みを浮かべながら、大した感慨も込めずに続けた。

「この村の人間の寿命は七日しかないんだ」

 リクルの告白に、イルドは喉まで上っていた言葉を飲み込んだ。

「信じられないかい? 意外に器が小さいんだね」

 毒舌を乗せた笑顔をイルドに送りながら、リクルが葡萄酒のボトルを傾け、中の紅い色の液体をグラスに注ぎ混む。濃い、紫にも近い葡萄酒が透明なグラスを満たす。

 イルドは鼻から息を吐きながら、ぐっと背もたれに体重を乗せ天井を仰いだ。

「これでもいろんな国や町を回ってきたんだけどな」

「世界の全てを知った気にでもなっていたのかい? 傲慢な男だね、君は」

「傲慢、か。……そうだな」

 口の端に笑みを浮かべながら、天井を仰ぐイルドがリクルの言葉に同意する。

「イルド?」

 微妙に変わったイルドの雰囲気にリクルが視線をグラスから対面に移す。なんというか、イルドの気配が一気に薄れた気がした。口元に浮かんだ笑みは、どこか自嘲的な色を忍ばせている。天井を見つめる目は細められ、どこか違うところを見ていた。

 この奇抜な男が? 

 そう、思わず見るものに思わせるほど、イルドの纏う雰囲気は深い悔恨に満ちていた。

 リクルが笑みを解き、イルドの心を覗くかのように細い目をさらに細める。

 だが、リクルの目が真実に到達する前に、イルドはふっと微笑みながら状態を起こし、纏っていた雰囲気を霧散させた。

「ん、どうしたリクル。愛想笑いは品切れか?」

「……いや、店じまいにはまだ早いさ」

 意地悪く笑うイルドに、リクルは負けじと微笑みを浮かべながらさらに続けた。

「面白い男だね、君は。興味が湧いてきたよ。言ってることは嘘ばっかりだけどね」

「言ってることだけ、だといいな」

 再び始まる腹黒と嘘つきの皮肉合戦。

 その戦いが本格化する前に、嘘つきは少し和やかな声色で「少し話が戻るけどよ」と切り出した。

「じゃあ、あの二人は寿命の七日が終わって死んだってことか」

「うん」

「じゃあ、なんで塵になったんだ?」

 自分の疑問を素直に口にするイルドに、リクルは「子供みたいな性格だな」と心の中で思いながら、まずは頭に浮かんだ簡潔な一言を口にした。

「君はバカかい?」

 和やかな微笑みのまま、イルドのこめかいみに青筋が浮かぶ。

 ゆっくりと青筋を肌色で吸収しながら、イルドは先ほどと同じ言葉を、先ほどよりも切れ味の鋭い口調で言った。

「じゃあ、なんで塵になったんだ?」

 イルドの質問に、リクルが「はぁ」呆れるような溜息を一つこぼす。

 顔を真っ赤にしながらこめかみに青筋を起てるイルドに、リクルは「器用なことするね」と感心するように洩らしながら、一口だけ含んだ葡萄酒で唇を濡らして答えた。

「この村の人口は、多少増減するけどだいたい百人前後。その全員が一週間で全て入れ替わる。つまり、もし僕たちの身体が残れば、一週間に百個の墓が必要になる。イルド、君はこのグレーゲン樹海を墓標の海にしたいのかい?」

 にこやかに、爽やかに、一息で反論の余地なく完璧な説明をするリクル。

 完璧に打ちのめされたイルドは、一瞬悔しそうな表情を浮かべると、次の瞬間には一転して悪だくみを思いついたように満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、ついでに聞くが」

 なんでも、と微笑むリクルに、イルドは全力で頭をフル稼働させ、思いつく限りの疑問を発射した。

「なんで、この町の人間は寿命が7日何だ? 生まれた途端に今の見た目になるのか? ガキはどうすんだ? つーか、ゼロ歳児でその身体にはなんねぇだろ? 文明の発達、興りは? 初めからこの場所が住処だったのか? この家の便利グッズはなんだ? 誰が用意してるんだ? この村の村人たちは何で歌が上手いんだ? リクルとシェイナの出逢いは? 二人はあとどのくらい生きてられるんだ? この辺でお宝がある所ってあるか?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせるイルドは、息を切らしながらどうだと言わんばかりに笑みを作る。むかつく相手には真っ向からぶつかっていくのもイルド流だ。

全てを腕を組みながら静かに聴き終えたリクルは、自然と浮かぶ笑みを隠すように口元に手を当てて言った。明らかに笑っている。それも、小馬鹿にしたように。けれど、その笑みには友愛の色が垣間見れた。まるで、イルドを誰かと重ねているようだ。

「イルド」

「なんだ?」

「君はしばらくこの村に居るんだろ?」

「ああ」

「だったら……」

 リクルは口元から手を放し、葡萄酒のボトルを手に取るとイルドの手前にあるグラスへと傾けた。

「明日、村を案内しながら答えるよ」

 葡萄酒のボトルを戻し、飲むように促すリクル。

「いいのか? お前たちの時間は短いんだろ?」

「短い時間だからこそ、悔いの無いように生きたいのさ。それに、この村に生を受けて外の人間と友人になれるなんて奇跡的な確立だからね」

 リクルの言葉に、イルドは肩を竦めて「じゃあ、頼む」と笑い、グラスの葡萄酒を口に流し込んだ。豊潤な香りが鼻に抜け、微かな渋みと心地よい余韻が口に広がる。

「だあああぁぁぁあああぁぁぁー。お腹すいたーっ!」

 その余韻を吹き飛ばしたのは、壊れる勢いで押し開かれた扉から現れたシェイナの雄叫びだった。

「お、復活したのか?」

「復活? なんのこと?」

 首を回して訊ねるイルドに、シェイナは快活な笑みを浮かべ、元気よくガッツポーズまでしながら答える。

「私はいつでも元気の塊よ」

「目元、濡れてんぞ」

「えっ!? 嘘!? そんなはずないでしょ、ちゃんと拭いたんだから…………あ」

 慌てて目元を袖で拭ったシェイナが、ひどく間抜けな声を漏らす。その視線の先で、イルドが声にならない笑い声を上げながらバシバシと机を叩いていた。向かいではリクルがとてつもなく温かな眼差しで自分を見つめている。

「~~~~ッ!」

 言葉にならない叫び声がシェイナの喉から迸った。

シェイナは顔を真っ赤にするのと同時に、近くにあったクリスタル製の灰皿を渾身の力でイルドに向けて投げつけた。まったく高度を下げることが無く、最短距離を飛んだ灰皿は見事にイルドの左目に命中。「グガッ!」という呻き声と、なにやら人体を破壊する音を響かせ、イルドの身体が吹き飛ぶ。両足を高々と上げ、イルドは椅子から転がり落ちた。

肩でぜぇぜぇと息をするシェイナは、ゾンビのように椅子にしがみつくイルドを睨みながら噛みつくように言った。

「死ね!」

「いや、シェイナ。今のは本当に死ぬよ。せめて狙うなら胴体にしないと」

 全身を怒りで強張らせるシェイナに、微笑みを浮かべるリクルが優しいフォローを入れる。あまりにも優しすぎて、イルドは涙が出そうになった。

「いててててて。あのなぁ、シェイナ。お前は何か俺の左目に恨みでもあるのか?」

 夕方、シェイナに殴られた時と同じように左目に青あざを作りながら、イルドが非難の眼差しを向ける。そこへ再び浴びせられる「死ね」の二文字。どうやら、恨みは深いらしい。鬼のようなオーラが、シェイナから吹きだしていた。

 どすどすと、怒りを足に込めながらテーブルへ近づいてくるシェイナ。その威圧感ときたら、まるで冬眠明けの熊だ。もうちょっとからかってやろうという作戦は即刻撤廃。猛獣の威圧感を前に大人しく席に戻る。イルドだってもう少し生きたい。

 シェイナはテーブルを一瞥すると、小さな溜息を漏らした。

「はぁ、全然ダメ」

 怒りからの開口一番は、完全なダメ出しだった。

「栄養価を考えるなら、ちゃんとタマゴも入れなきゃダメでしょ。それと、ただ野菜を取ればいいってもんじゃないの。野菜にだって、それぞれ栄養があるんだから。あと、キノコ類も。たく、コレだから男は……」

 悪態を付きながらシェイナはエプロンを装備し、すぐさま足りない栄養素の準備に取り掛かった。

 そんな後ろ姿をイルドが少し表情を和らげて見ていると、なにやら台所の端でごそごそしていたリクルがシェイナの目を盗んで布袋を投げ渡してきた。ひんやりと手の平に伝わる冷気。どうやら中身は氷らしい。腹は黒いが根はやさしい性格のようだ。

 声に出さず、リクルが「ありがとうよ」と口を動かしながら、袋を目に当てるジェスチャーをする。イルドは軽く手を上げてリクルに応えると、冷たい氷袋を青あざができた左目にあてがった。

 テーブルに足りなかった栄養分のメニュー(プラス甘い系多数)を加え、三人の夕食が始まった。魔法のように現れた食事にイルドは舌鼓をうちながら、旅の話をリクルとシェイナに話す。その折を見ながらイルドは幾つか質問したが、リクルは「明日話すよ」の一点張り。顔に似合わず、かなりの頑固者だった。

 話しているうちに食事は最後のメインディッシュ、グライとミーリが渡してくれたアップルパイを残すのみとなった。シェイナがパイを切り分け、小皿に移す。

「これは、正真正銘ミーリの手作りだからね。あんたたち、感謝して頂きなさいよ」

まるで自分のことを自慢するように胸を張るシェイナ。

イルドは「ああ、ありがたく頂くよ」と改めて手を合わせると、銀製のフォークを小麦色のパイ生地に伸ばした。サクッと小気味のいい音が耳を撫ぜる。一口分を口へ運ぶと、パイ生地の香ばしさと林檎の程よい酸味のある甘さが口いっぱいに広がった。

「美味いな」

 お世辞抜きの素直な感想を漏らすイルドに、シェイナだけでなくリクルも表情を和らげる。

 そうして三人でアップルパイを食べていると、不意にシェイナが「そうだ!」と言って、手に持つフォークで奥の扉を指した。

「イルド、風呂に入ってきなよ。旅のトレジャーハンターってことは、なかなかゆっくり入る機会ないんでしょ?」

「ん? いいのか、一番風呂もらっても?」

「変なところで律儀だね、イルドは。服装に関しては呆れるほど図太いのに」

 食後のコーヒーを楽しむリクルに、イルドが「このやろう」と俄かに頬をヒクつかせる。

 しかし、久しぶりに入れる風呂に、イルドはすぐに表情を崩すと「じゃあ、お言葉に甘えて入らせてもらうわ」と言って席を立った。油断すれば鼻歌が漏れそうになる。

「そういえば、いつの間に沸かしたんだ?」

 ふと、不思議に思いイルドが足を止める。リクルはイルドと一緒に夕食を準備していたし、シェイナはずっと寝室に籠っていた。風呂を沸かすタイミングなんてなかったはず。

 そんなイルドの疑問に、食器を下げていたシェイナはあっけらかんと答えた。

「ああ、うちのお風呂は入りたい時に勝手に沸く作りになってるから」

「はぁ? おいおい。そのオーブンといい、風呂といい。お前たちの家はどんだけ便利なんだよ。つーか、何でこんな便利なんだ?」

「それも、明日教えてあげるよ」

「こんなもやもやな気持ちのままじゃ、リラックスできねぇっての」

 眉を八の字にして肩を竦めるイルド。

リクルはもったいぶるように間を置くと、眼鏡の位置を直しながら答えた。

「この村にはね、ドワーフがいるんだよ」

「ドワーフが? 嘘だろ?」

 リクルの言葉に、イルドはこの村に来て一番驚いた表情を見せた。それもそうだろう。『知識の小人』『老人賢者』と呼ばれるドワーフはさまざまな道具を作り出す力を持っているが、そのほとんどは大変な偏屈ばかりで、まず人里にはいつかない。

 そして、もう一つ。ドワーフが人里に現れない決定的な理由がある。

「ドワーフはその能力から、いつの時代も権力者に捕まったり奴隷にされたりする。だから、奴らは好んで人里に降りてこねぇ。悪いことを考えるバカが、世の中には多すぎるからな」

 旅先で出逢ったドワーフたちを思い出し、イルドが苦い表情を作る。胸の中に嫌な思いが広がった。自分が人間であることを嫌だと思うほど、イルドは人間嫌いではないが。博愛精神を持ち合わせているわけでもない。嫌いな人種は山ほどいる。

イルドの言葉に、リクルが深い同意を示すように頷く。

「なんでそのドワーフはこの村に住んでるんだ? 奴らの魂には、人間に対する嫌悪感が根深く巣食ってるはずだろ」

 イルドは旅の道中、幾人かのドワーフに会ってきた。例外もいたが、そのほとんどが人間との交友を断つように森や山の奥深くに住んでいる。ドワーフ自身は温厚で聡明な性格なため、害意の無いイルドを無下に扱うことはなかったが、それでも人間に対する毛嫌いは尽きなかった。

 リクルたちも、七日しか生きられない身体とはいえ人間には違いない。

 眉間に皺を寄せるイルドに、洗い物を終えたシェイナがエプロンで手を拭きながら答えた。

「それは、この村だからよ」

「この村、だから?」

「そっ。だって、この村の人は良い人ばかりだもん」

 自分の村を一切疑わず、誇らしそうに胸を張るシェイナ。

 そんなシェイナに、イルドは頭痛でもするかのように頭を押さえながら言った。

「いや、あのな。シェイナ。あんまり言いたくねぇんだけど、人間はそんな綺麗な奴ばっかじゃな……」

 そこまで口にして、リクルは唐突に理解した。

「ああ、なるほど。そういうことか」

「理解したみたいだね」

 頷きながら口に手を当てるイルドに、リクルが口にコーヒーカップを当てながら相槌を打つ。

 そうなのだ。この村人は七日しか生きられないのだ。

 イルドはようやく、心の奥に感じていた違和感、この村の村人たちを以上に綺麗に感じた理由を悟った。初めは、その容姿や歌声が綺麗だからだと思っていた。けれど、違うのだ。この村の村人たちの綺麗さは、その「七日しか生きられない」という運命のもとで、必要以上の欲を持たないことにあるのだ。

 人の人生は長い。だから人はその長い人生を満たすために、多くの財が、幸福が必要になる。そして、どれだけの財と幸福が必要なのかが分からなくなる。必要以上の財と幸福を求めるようになる。たとえそれが、他者の不幸と引き換えになろうとも。

 もちろん、世界の人が全てそうではない。だが、そういった人間は必ずいるし、誰の心の中にもそういった欲求がある。それゆえに、力を持つドワーフや精霊が狙われる。

 だがこの村の人たちは、その短い命ゆえに自分に必要な財と幸福が分かるのだろう。だから、必要以上に要求しない。それが、この村でドワーフが安心して暮らせる理由だろう。

 イルドが出逢ったドワーフたちは、人間から離れることを望んだ。恨みを持つものもいた。だが、一人は寂しいものなのだ。その孤独は、イルドにもよく分かる。

 寂しさを堪え切れずに人里へ近づき、そして囚われる。ドワーフたちが安心して住める村がもっと世界にあれば、イルドはそう思わずにはいられなかった。

「明日、そのドワーフのところにも連れてってくれよ」

「ああ、そのつもりさ。もっとも、彼も君に負けず劣らずの変ドワーフだから、覚悟しといた方がいいよ」

「ハハ。そうかよ」

 どこか嬉しそうな笑い声を上げながら、イルドは脱衣所の扉を開けた。

「あ。そう言えば、イルド」

「ん? なんだ?」

「君は何で旅をしてるんだい?」

 イルドの身体が脱衣所に消える間際に声をかけたリクルに、イルドはジャケットの内ポケットの写真に手を当てながら少しばかり俯いて答えた。

「……人を探してるんだよ」

「人? もしかして……逃げられた恋人かい?」

 ここぞとばかりに茶化してくるリクルに、イルドは笑うことなく、遠い眼をして答えた。

「いや、どちらかっていると恋敵だよ」

「え……?」

 なぜか戸惑っていたリクルの声に、イルドは軽く肩を竦めると扉を閉めた。

脱衣所と浴室はさらに硝子扉で遮ってあった。扉の下には十センチほどの隙間があり、そこから洩れた湯気で脱衣所はほのかに温かい。シェイナの言うとおり、ちょうど良い具合に沸いているようだ。

 羽織っていた紫のコートを麻の服籠に放り込み、続けてガンベルトを外す。イルドから紫色の面積が減り、変わって肌色が表へと顔を出す。順々に服を脱いでいくイルド。しかし、せっかくの風呂だというのに、彼の顔はどこか浮かない表情をしていた。

 そう、まるで。絶対に会いたくない敵との対面を迫られているような。。

 ブーツも、シャツも、パンツも。全て脱ぎ捨て、イルドが一糸纏わない生まれたままの姿となる。解放感がイルドを包み込むが、その顔はやはり晴れない。

 脱衣所に置かれた鏡に映る自分の身体を見て、イルドがことさら重い溜息をついた、その時。

 不意に、脱衣所の扉がノックされた。

「イルド。タオルと適当なパジャマを用意したから、ちょっと入るよ」

「な、おいちょっと待て。こっちは裸……」

「何言ってるんだよ。男同士だろ」

 イルドの妙に甲高い制止の声を気にせず、タオルと紫のパジャマを準備したリクルが脱衣所の扉を押し開く。

「え?」

 リクルの眼鏡が思いっ切りずり下がり、口からひどく間抜けな声が飛び出した。


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