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(2)

村の門を抜けるイルド。しかし、イルドの足はすぐに止まる。

何と表現したらいいだろうか。

 一歩、町へと足を踏み入れたイルドは、その景観に思わず「へー」と感嘆の溜息を漏らさずにはいられなかった。

 ――こりゃ、壮観だな。

 森の中とは思えないほど綺麗にならされた道。それぞれの家の外枠を彩る花々。村の中央から湧き出る噴水は、その色は限りなく赤に近い紫。葡萄酒が仄かなアルコール臭を発しながら、それでもあくまで控えめに流れていた。

 耳をくすぐるとめどない歌声。その町では、村人全員が歌っていた。しかも、そのすべてが衛兵の青年に負けず劣らずな美青年、または某国の姫に比肩するような美貌の乙女たちだ。美男美女の美声が、それぞれの恋の歌を奏でる。

 半ば呆然としながらその歌声に聞き入り、村の入り口で立ち竦むイルド。

「あんた、もしかして旅の人かい?」

 村の入り口にあったベンチに腰掛け歌っていた青年が、イルドに近寄り声をかけてきた。軽く焼けたその青年は、やはりというか色男だ。

「ああ、まあな」

「そうか。メルクが通したってことは安全なんだろうな。ちょっと、見た目はアレだけどよ」

「メルクってヤツには大絶賛だったんだけどな」

「え、マジ?」

「嘘だよ。遠まわしに撃沈されたさ」

 肩を竦めるイルドに、青年は「あはははは」と爽やかに笑う。どこか、海に居る漁師のようだとイルドは思った。

「こんな辺境の町にはるばるようこそ。まぁ、ゆっくりしていくといいさ」

「それはありがたいな」

「俺はマルイ。アンタは?」

「俺はイルドだ。トレジャーハンターをやっている。この村に宿はあるか?」

「ん~、残念ながら宿は無いな。そもそも、この村にはあまり旅人が来ないし」

「そうか。じゃあ、どうするかな?」

 今夜の寝どこのアテを考えてと、いつの間にかイルドの周りに人垣ができていた。「旅人」「旅人だってさ」と、物珍しそうにイルドを見つめる村人たち。こんな森の辺境にある村だ、マルイの言うようによそ者は珍しいのだろう。

 とはいえ、だいたいどんな村だろうと、イルドの奇妙な姿は注目を集めてしまうのだが。

 イルドは自分に向けられた好奇の視線をどこか気持ちよさげに受け止めていると、マルイがまるで往年の友人のように、村人たちにイルドのことを紹介した。

「彼はイルド。旅のトレジャーハンターだ。今夜泊まる宿を探してるんだが、誰か泊めてやれるやつはいるか?」

 マルイの申し出に、村人たちが顔を見合わせる。それはそうだろう。このご時世、見ず知らずの他人を泊めるなどなかなか出来ることでもない。イルドも旅の中で、そういう経験は何度もしてきた。

 だが、彼らがイルドを泊めることを迷ったのは、もっと別の理由だった。

「ミック。おまえんちは無理か?」

「ぼくのうちですか?」

 マルイが声を掛けたのは、どこか子供っぽさが残る青年だった。

どちらかといえば可愛いと言える容姿のミックは、マルイの言葉に腕を首の後ろに回しながら、何気なく答える。

「うちはダメですよ。ぼく、今日死んじゃうんで」

「……え?」

 そのミックの答えに、イルドは呆けたように目を丸くし、「悪い、なんか聞き間違えたみたいだ。今、なんて言った?」と聞き返した。

 イルドの問いかけに、ミックはやはり何気ない口調で、同じ言葉を口にした。

「うちはダメなんですよね。ぼく、今日死んじゃうんで。すみませんね、せっかく来てくれたのに」

 まるでそれが当たり前のように答えるミック。

 イルドはさすがに冗談かと思ったが、ミックの返答を聞いたマルイは「ああ、そうか。わるいわるい」と、まるで驚いた様子もなく頭を掻いていた。どうやら、冗談の類じゃないようだ。

 なにかが違う。この村に横たわる暗黙のルールのようなものが、ようやくイルドにも感じ取れた。あまり嫌な感じではない。むしろ、それはどこか温かい。

 イルドが訝しんでいる中、村人たちは彼を誰の家に泊めるかという相談をし始めた。

「サーニスの家はどうだ?」

「ん~、アタシも明日死ぬし。彼も明後日には死んじゃうからちょっと。クレマのところは」

「私はまだ六日あるが……。今はパートナー探しに専念させていただきたいのだ。すまない。ソリッシュはどうだ」

「ん~、うちはかみさんがなんて言うかだな。ほら、アイツこの村じゃ珍しくかなりの人見知りだろ。俺の方が先に逝くから、その後が心配だしな」

 平然と繰り返される「死」という単語。イルドは今までいろいろな村や町、国を回ってきた。その中には、貧困や戦争で「死」が日常だったところも少なくは無い。

 しかし、この村の村人たちの話し中に出てくる「死」という言葉は、そんな凄惨さはなく、あくまでも日常的な会話として受け入れられていた。

――さて、どういうことだ?

 イルドが村人たちの言葉の真意を探っていると、不意に一人の女性が「うちにくれば?」と名乗りを上げた。

「シェイナ、いいのか」

 マルイが問いかけると、シェイナという女性は太陽に向かって活き活きと咲く大輪の花のような笑みを浮かべながら、腰に手を当て、胸を張って答えた。

「うん。アタシはもうパートナーも決ってるし、時間もまだあるからね」

「リクルに了解は取らなくてもいいの?」

「あはははは、大丈夫、大丈夫。リクルは私の言ったことには逆らわないから」

 笑いながら手の平を振って答えるシェイナに、村人たちが苦笑を漏らす。話しの流れからすると、リクルがシェイナの夫なのだろう。まだ会ってはいないが、なんとなくイルドはそのリクルが苦労している姿が浮かんでしまった。

「イルド、ちなみに何日くらい村にいるつもりなの?」

 シェイナの質問に、イルドはひとまず自分の感じた疑問を頭の隅に追いやり、顎に手を当てながら考えた。

「三日~四日ってところかな。まあ、早ければ明日には出るかも知れねぇけど」

「そっ。じゅあ、ちょうどくらいかな。んじゃ、イルドはうちに泊まるで決定、てことで。みんな、いい?」

 シェイナの質問に、村人たちが同意と共に温かな拍手を送る。すると、誰かが申し合わせたわけでもなく、彼らは歌い始めた。


「歓迎しよう旅人よ

 紫を身に纏い 紫の馬に乗った旅人よ

 君に出会えたことを喜ぼう

 この空と共に この大地と共に

この短い命のなかで

 君に出会えたことに感謝しよう

 どうか笑ってほしい

 どうか喜んでほしい

 君にも私たちと同じように感じてほしい

 再び旅立つその日まで

 君は我々の友であり、恋人であり、家族なのだから」


 身を包む旋律。彼らの声が音波となって、イルドの身体を通り抜ける。音は声となり、声は想いとなり、イルドの身体を包みこんだ。もう覚えてはいないが、母に抱かれている赤子はこういう気持なのかもしれない。打算などない、それこそ無垢で純粋な愛情。普通ならば成長するにつれ薄まっていくはずの純粋さが、彼らの歌には溢れていた。

温かな歌声の終わりと共に、イルドは真摯なまなざしで彼らへ深々と頭を下げる。

「手厚い歓迎、心から感謝するよ。いい歌、聴かせてもらった。王国の聖歌隊にも負けねぇよ、あんた達の歌は」

「また、嘘じゃないだろうな」

 冗談交じりに問いかけるマルイに、イルドは「まいったな」と頭を掻きながら、ひょうきんな笑みを浮かべ肩を竦めて答えた。

「ああ、嘘だ」

「なっ?」

「ていうのは、嘘だ。本当に、いい歌だったよ」

「いぃ……。この、嘘つきめ」

 まるで親友の悪戯を咎めるように笑って肩に腕を回すマルイに、イルドが「ああ、よく言われるよ」と頷く。首を絞めてくるあたり、ちょっと本気で怒りに来ているところが、また彼の人柄の良さを現していた。ちょっと苦しいが我慢。と思ったが、若干強く仕舞ってきたので、いい加減にしろとばかりにマルイの腹へささやかな拳を打ち込んだ。

 その様子を見て、村人たちがさらに大きな笑い声を上げる。まるで、本当に往年の友を出迎えているようだった。

「はいはい。歓迎の挨拶が済んだところで、そろそろ行こうか」

 手をパンパンと叩くシェイナの言葉で、イルドのささやかな歓迎会は終了。マルイ達にもう一度礼を言ったイルドは、エアバイクを押しシェイナと共に彼女の家へ歩き出す。

 隣を歩きながら、イルドはそっとシェイナの横顔に眼を向けた。

 他の村人に漏れず、シェイナもかなりの美系だった。気の強そうなアーモンド形の双眸に、スタイリッシュに切られたショートヘアー。体つきはスレンダーで、余分な肉は無いが女性特有のやわらかみがる。以前立ちよった王国に居た、活発なダンスで客を魅了していた歌姫をイルドは思い出した。

「ん、どうかした?」

「あ、いや」

 イルドの視線に気が付いたシェイナが、その瞳をイルドの視線に合わせる。

 自分のことを見つめていたイルドにシェイナは、唇に指先を当て、意地悪気な笑みを浮かべながら訊ねた。

「なーに。もしかして、私に惚れたの」

 からかうように笑うシェイナに、イルドは浅く瞼を閉じると、真剣な目をしながら口元に笑みを浮かべて答えた。

「ああ、この感情は……そうなのかもな」

「え、え? えええぇぇぇぇっ?」

 ネコのように飛び退きながら、シェイナが自分の身体を抱く。面白いほど動揺を浮かべた顔はリンゴのように真っ赤に染まった。

イルドは構わず、紳士的な微笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「悪い、これも嘘だ」

「……ふぇ?」

「だから。う・そ、だ。人さまの女に手を付ける真似はしねぇよ。なんだ、本気にしたのか?」

 紳士的な笑みが悪戯好きな悪魔のような笑みに塗り潰される。からかい甲斐のある人間は、イルドの大好物だ。シェイナから溢れる素直な雰囲気は、イルドからすれば「からかってください」と犬が尻尾を振っているようにさえ感じる。

「な、な、な~~~~っ!」

ようやく自分がからかわれたことを把握したシェイナは、リンゴのような顔をさらに真っ赤にした。ただし、今度は怒り。よく見れば、目元には涙が浮かんでいる。そうとう悔しかったらしい。

 ガツンと、小気味の良い音がした。グーパンチ、しかも狙いはイルドの左目。なかなか、えぐい入り方をしている。

「痛い」

「アンタが悪いわよ」

 誰が聞いても、シェイナの方が正論だった。「たくっ」と、怒りを呆れと共に吐き出しながら手を引く。イルドの左目には、綺麗な青あざが出来ていた。

「乙女の純情を弄ぶなんて信じられないわね」

「あ~、確かにそれはあんまり感心しないな」

「アンタのこと言ってんのよ」

 呆れたように零したシェイナは、「もういいわ」と言って早々と気持ちを切り替えていた。

「さぁ、行くわよ」

「よかった。見捨てられるかと思った」

「そう思うなら、嘘なんかつくな」

 ビシッと指差すシェイナに、イルドが片目を押さえながら「ほーい」と軽く返事をする。明らかに反省していない返事に、シェイナは「はぁ~」っと溜息を付きながら、再び家に向けて歩き出した。

「でも、よく泊めてくれる気になったな。俺みたいな余所もんを」

「早速後悔してるけどね。でも、なんかほっとけないのよ。アンタ、アタシの連れにどこか似てるし」

「似てるって、そいつも嘘つきなのか」

「ぜっんぜん。むしろ、もんのすごく真面目で素直よ。アタシの自慢の夫だもの」

「じゃあ、どこが似てるんだ?」

「ん~、どこなんだろ?」

 自分でもはっきりしないらしく、曲げた指を唇に付けながらシェイナが思案する。答えはなかなか出ない。

 黙ってしまったシェイナから、イルドは村に目を向けた。村には木造りの家が、距離を保ちながら幾つも立っている。ただ、不思議なのは、そのどれもが同じ作りをしていたことだ。造り手が同じなのかもしれないが、それにしては家々に変化が少ない。まるで、短い期間だけを過ごすペンションのような趣があった。

 不思議に思ったことはもう一つある、村には店がまったくなかった。雑貨屋もなければ、食料を扱う店もない。自給自足をしている小さな村には、珍しいことではなかったが、イルドが観察する限り、家の中には畑を持たないものも多々ある。

 ――なんか、面白いことが起きそうだな。

 今まで訪れたどの村とも違うセケィーダ村にイルドが期待で胸を躍らせていると、シェイナが「あれがアタシんち」と言って一軒の家を指した。

「へー、いい家だな」

「でしょお」

和んだ笑顔を見せるイルドに、シェイナは得意げに微笑む。

シェイナが指した家は他の家と同じ簡素な作りだったが、家の周りは色とりどりの花で埋め尽くされていた。他の家も外枠は花が植えられていたが、シェイナの家は庭一面を花が覆い尽くし、歩道から家までは芝生の道になっている。いや、よく見れば芝生の道は枝分かれになって庭の四方に伸びていた。ガーデニングの作業に加え、軽く散歩するのにちょうどよい。

 見たことのない花にイルドが目を奪われていると、花畑の一角で土をいじっている空色のオーバーオールを着た青年が見えた。

「ただいまー。リクルー」

 シェイナが自分の夫、リクルの名を大きな声で呼ぶ。リクルは腰を持ち上げ、「やあ、お帰り。シェイナ」と爽やかな笑みを浮かべながら、泥だらけのショベルを片手に芝生の道を歩いてきた。

 リクルは純朴な顔つきの青年だった。他の村人のように強い光ではないが、温かで包み込むような雰囲気は、別の意味で色男。気の強い、それこそシェイナのような女性に人気がありそうだ。紫縁の眼鏡と飾りっ気のないオーバーオールの作業着は、彼の柔和さに拍車を駆けていた。

 ニコニコと、人辺りのよい笑みを浮かべながら近寄ってくるリクルを見ながら、「あ、そうか」と不意にシェイナが手を打つ。

「どうした?」

「わかったのよ、イルドとリクルの似てるとこ。二人とも、紫色が好きなんだ」

 紫縁の眼鏡を指差しながら答えるシェイナに、イルドの口から思わず「はぁ?」という声が漏れた。

「まさか、本当にそんな理由で俺を泊めることを決めたのか?」

「そうよ」

 何か問題でも? と真っ直ぐな瞳で問いかけるシェイナ。どうやら本気らしい。

「世の中変わりもんがいるもんだな」

「自分のことを棚に上げてよく言うわね。心配しなくてもイルドはその中でも上位よ」

にこやかに毒舌を披露するシェイナに、イルドが苦笑いしながら肩を竦める。

すると、二人のところに歩み寄ってきたリクルがイルドの恰好を見て、「うわー」と感心したような声を上げた。

「変態がいる」

 にこやかに、爽やかに、悪びれる様子もない直球ど真ん中な暴言。服装に関しては言われ慣れているイルドだったが、さすがにこれほど躊躇なくハッキリと言われたのは初めてだ。いっそ、腹の中で悪口を言われるよりも清々しい。

 怒りというよりは驚きに、イルドが言葉を詰まらせる。その隣では、シェイナが必死に口を押さえて笑いを堪えていた。

「シェイナ。この変態さんは?」

「ぷ、ぷぷ。この……ぷぷぷ、変態はっぷははははは」

「笑うか説明するかどっちかにしろ。あと、変態で話しを進めるな」

「あは、あはははは。げほげっほ……ぷはははは」

 お腹を抱えて笑う方を選んだシェイナに、イルドが頬をヒクつかせる。どうやらツボに入ったらしく、もはや説明できる状態じゃない。

しょうがないと頭を掻いたリクルは、自分でリクルに自己紹介をすることにした。

「俺はイルド。トレジャーハンターをやっている」

「僕はリクル。皆からは腹黒とか言われてるけど、あんまり気にしないで。本音がすぐに漏れちゃうだけで、本当は気さくな良い奴だから」

「……自分のことを良い奴って言う奴は、俺の経験上大抵悪い奴なんだけどな」

「じゃあ、今回は貴重な経験ができるね。僕は本当に良い奴だよ」

 イルドの皮肉に、リクルは笑みを崩さないまましれっと答える。

 そんなリクルに、イルドは負けじと笑みを浮かべながら手を差し出した。

「なんだか、お前とは無二の親友になれそうな気がするよ。……嘘だけど」

「そうかい? 僕はイルドとは本当に親友になれそうな気がするな。シェイナが連れて来たってことは、うちに泊まっていくのかな」

「そうしてくれると、ありがたいんだが」

「いやいや、喜んで。歓迎するよ」

「ところで、アンタが紫好きっていうのは本当か?」

「人並みに、ね」

 互いに心のうちを読ませない笑みを浮かべながら、握手を交わすイルドとリクル。

 嘘つきと腹黒が出逢いは、終始にこやかな笑みに包まれていた。ただ、それは見た目だけ。笑顔のまま毒を吐く二人の姿は、傍から見れば爆弾をふたつ並べて置いてあるような緊張感が漂い、割って入る隙が無い。というか、正直恐い。

 ふたりが醸し出す雰囲気に、リクルとシェイナを訊ねてきた隣人は、なかなか庭の中に入れないでいた。

「えーっと、もう大丈夫か?」

 勇気を出して掛けられた声に、笑顔で牽制し合っていたイルドとリクル、そしてようやく笑いの発作が治まったシェイナが庭の入口に目を向ける。そこには、剣呑な雰囲気が収まったことにホッと胸を撫で下ろすカップルがいた。

 鍛えられた筋肉が袖から覗く男性と、手にバスケットを持った小柄な女性。これまた二人とも美男美女で、身長差が特徴的ななんともお似合いなカップルだ。

「グライにミーリ。どうしたの?」

 顔なじみのお隣さんに、シェイナが嬉しそうな笑みを浮かべながら駆け寄る。その後に、イルドとリクルが続くと、グライが自分の目を擦りながら「この人は?」とシェイナに訊ねた。

「この変態は……」

「だから、変態は止めろ」

「あは、失礼。えっと、彼はイルド。旅のトレジャーハンターよ。今日からうちに泊まるの。イルド、この人たちはお隣さんで、グライとミーリ」

 シェイナの仲介を挿んで、三人が「どうも」と頭を下げる。

「旅のトレジャーハンターか、面白い話しが聞けそうだな」

「頼まれれば、いくらでも聞かせてやるよ。面白いかどうかは保証できないけどな」

「そりゃ、嬉しいが。……あいにくと、時間が無い」

 微妙な間を空けたグライが、シェイナとリクルに視線を流す。それだけで彼の意思を掴んだのか、二人は柔らかな笑みを浮かべると小さく頷いた。

「そうか、今日なのか」

「ああ、もう時間が無い。だから最期の挨拶に、な」

「シェイナ。これ、私が焼いたアップルパイ。美味しいって言ってくれたから、また作ったの」

「うわー、ありがとうミーリ。残さず食べるからね」

 自分の入り込めない雰囲気を感じ、イルドは静かに身を引く。何かがある。トレジャーハントで培ってきた勘が、イルドにそう告げていた。

「いいお嫁さんに出会えてよかったね。グライ」

「ああ、そうだな。俺たちは生まれるのも一緒だった。そのおかげで、こうして一緒に逝ける」

「元気な子が生まれると良いね。グライとミーリ、二人の子にゆりかごの加護があらんことを」

「ありがとう、シェイナ」

 笑顔で言葉を交わす四人。

 先に歌を奏でたのは、グライとミーリだった。互いの手を取り合い、声を一つに二人が歌う。


「生まれた時も笑う時も

 食べる時も寝る時も

 あなたに逢えたから 幸せだった

 幾多の偶然の中で出逢えた友よ

私たちを見守り 私たちを支えた愛すべき隣人よ

 私たちは歌う 君たちへ

 最期となるそのときも 私たちは君たちの幸せを歌おう

 どうか、君たちがわれわれよりも幸せであるように

 共に、ゆりかごの御前で眠れるように」


 男声と女声の深い深い二重奏。その歌詞は即席とは思えないほど、いや、即席で二度と聞けないであろう歌だからこそ、儚い艶を持ってイルドの鼓膜を撫でた。

 二人の歌が終わり、旋律が風に攫われる。

 歌の余韻が冷め止まぬ中、リクルとシェイナの返歌が始まった。


「去る人よ 我らが友よ

 グライとミーリ

 君たちと過ごした日々は短くとも

 君たちと交わした言葉は少なくとも

 君たちはたくさんの宝物を残してくれた」


 感謝を声に込め、その気持ちを言葉に変え、リクルとシェイナが歌詞を紡ぐ。

 グライとミーリの変化は、その歌に合わせて始めった。

――なっ!

 心の中で驚きの声を上げるイルド。その眼には、徐々に身体が塵となっていく、グライとミーリの姿が写っていた。

 まずは手を繋いでいない方の手が塵となり、風に流されて消えていく。腕が肘までになると、今度は足に塵化の侵食が始まった。塵化する手と同じ側の足が塵となっていき、片足を失ったグライとミーリは、互いを支え合うように立って歌を聴き続けている。

 ただ、二人の顔は果てしなく穏やかだった。身体が塵芥となる苦痛など感じられず、まるで温かなベッドで今から眠るような安らぎの中に彼らはいた。

 声を出すことを忘れてしまったイルドに変わるように、リクルとシェイナは歌い続ける。


「私たちはもう少し生きよう

 私たちも君たちのように輝いていよう

 君たちのように

私たちも自分の輝く時を精一杯に過ごそう」


 リクルとシェイナは歌い続け、その歌に合わせるようにグライとミーリの身体が崩壊していく。片腕と片足に続き身体の至る所が塵と変わり、徐々にその身体を削っていく。

 塵芥となり、大地へ、空へと舞って行くグライとミーリ。

 隣人を送る歌。一節一節に、イルドとシェイナは思い出を乗せた。

 

「その優しき魂は天に昇り 我らを見守るだろう

 その健やかな身体は大地に帰り 子を育むだろう

 私たちは君たちを忘れない

 永久の友よ」


 ついに微笑みを浮かべた顔と、堅く結んだ手となったグライとミーリ。

 そんな彼らへ、イルドとシェイナは今までで最も力強く、そして優しく言葉を、歌を送った。

 

「今はただ ゆりかごの下に眠れ」


 歌の最後の詩と共に、グライとミーリの身体は全て塵となり。

 彼らは死んだ。

 それが、イルドがこの村を訪れて最初に触れた死だった。


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