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プロローグ(1)

たった七日の恋のうた


たった七日しか生きられない命

死なない者たちが生まれ始めたその世界で

彼らは儚く

そして……

美しかった


序章 『うちはダメですよ。ぼく、今日死んじゃうんで』


イルドが前の町を出発して五日。

太陽が水平線に近づき始めた頃、辺境の森の上空を走っていると風に乗って歌が聞こえてきた。微かだが、スカイバイクのエンジン音に混じり確実に聞こえる旋律。澄んだ清流を思わせる瑞々しい男声。その声を聞いただけで、歌い手は色男だと勝手に想像してしまうほどだ。だが、こんな森の中で歌など聞こえるのだろうか?

アクセルを絞り、エンジン音を落としてみる。エンジン飛行から推進飛行に切り替えると、頬に当たる風のタッチが柔らかくなった。と同時に、聞こえていた声を見失ってしまった。いくら耳を澄ませても、身を隠した声は見つからない。

「空耳か?」

 零す声に残念な色が滲む。前の国を出発してからすでに七日。一人旅に慣れているとはいえ、出逢うのが木や石ころばかりじゃどうしたって寂しい。魔獣でもいいから話し相手が欲しいとこの前たまたますれ違った承認に話したら、涙を流して同意されたのをイルドは思い出した。

「ん~、よし。ここはコイツの出番か」

片手で器用にハンドルを操りながら、イルドは念のためにと、右耳に付けていた薄紫水晶のピアスを撫ぜた。指先でなぞった水晶が淡く輝き、イルドの聴覚が鋭くなる。耳を切っていた風の音はより深く聞こえ、下方の木々のざわめきの音は、その葉音がどの木から洩れたものかも鮮明に聞き取れた。

「ん、調子良好!」

 あたかも高周波で音の波を捉える集音機さながらに、持ち主の超感覚を高める天然の石【蝶聴石ちょうちょうせき】。「さすが俺いい物を手に入れた」と、イルドは自分自身を称賛する。

前の町でハントしたお宝に得意げな笑みを漏らしたイルドは、耳を澄ませ森の音を注意深く聞いた。揺れる木々のざわめき、動物が踏む落ち葉の音、鳥のさえずり、風の声。

 そんな静かな音に混じり、とても落ち着いていて、そして情熱的な歌が届いた。これは、恋の歌だろうか?

 ――空耳じゃなかったな!

 自分が最初に捉えらものが幻聴じゃないと知り、イルドの胸は高鳴った。イルドは自身はあまり自覚していない節があるが、わりと人恋しい分類に入る人間だ。本当なら、一人で旅をしているのがおかしい。

「しっかし、変だな」

 妙なる調べに耳を傾けながら、ふむっとイルドが唸る。頭の中にある地図には、この辺りに村や町は無かったはず。

 けれど、耳に届くその歌は、確実に誰かがいることを告げていた。これだけ綺麗な歌声だ、きっと人の姿はしているだろうと、イルドは勝手に決めつける。というよりは、人じゃないと許さないとまで言いたげな表情だ。以前、楽しげな音楽に誘われて訪れた村が食人の村であったことなど、イルドは完全に忘れていた。

「行ってみるか」

 言葉を漏らすよりも早く、すでにスカイバイクのハンドルは歌の聞こえる方へと向けられている。地平線から伸びる太陽の光。出来れば明るいうちに人里に着きたい。そんでもって、温かい料理とお風呂、ベッドが与えられたらならばもう何もいらない。

 上機嫌になってきたイルドのヘタな鼻歌が、綺麗な空と歌に混じり、なんともおかしな旋律を奏で出す。急ごう。そう思いアクセルスロットを捻ると、ヘタな鼻歌なんて止めろとばかりにエンジン音が木霊した。

 推進飛行から再びエンジン飛行となり、スカイバイクの両腹から伸びる細長い円盤状の飛翔翼が風を切る。スカイバイクは緑の絨毯の上を滑り、歌声に誘われながら空を駆けた。

 イルドの胸が、まるで極上の料理を前にしたかのように高鳴る。しかし、次の瞬間、突如としてその晴れた表情に陰りが指した。

「アイツは、来てねぇよな」

 アイツ。この世でイルドが最も捕まえたい男。イルドが複雑な表情を浮かべる。「居ろっ」という願いと、「居るな」という願い。晴天に振る雨のような複雑な表情を浮かべていたイルドは、そんな思いを断ち切るかのようにスロットルを全開に捻った。

 太陽が緑の地平線に差し掛かった頃。背に背高い丘を構える、小さな村が見えてきた。村の奥には何やららせん状の大きな建物がある。やはり、地図にない村だった。

「さーてと。あれが、入口だな」

 村の入り口を見つけ、大きく旋回。たとえどんな街だろうと、入る時は村の正面から堂々と、というのがイルドの流儀だ。理由は簡単。その方がカッコいいから。

 イルドを誘った歌声は、これでもかというくらいに村から洩れていた。まるで、村全体が歌っているようだ。楽しそうでよしっ!

 村を囲む木々に注意しながら徐々に高度を下ろすと、視界が緑に覆われる。スカイバイクを乗りこなす上で一番難しいのが離陸と着陸だ。イルドはもう何年と乗っているが、着陸の際に小石などに躓き転倒することは今でも珍しくない。

 イルドは集中すると、「ここだ」というタイミングを見極めた。

 前輪と後輪を同時に下ろすと、車体が自重を受けグンと沈む。今日の着陸は無事成功。ハンドルバーの先端にあるスイッチを押し、バイク腹から伸びていた飛翔翼を収納する。

 着地成功で一安心という具合に、イルドは軽く息を吐いた。舗装されてない道はドドドドドっと車体が跳ね走り難いが、村の入り口はもうすぐだ。

 村の入り口には申し訳程度の小屋があった。見張り小屋、小さな村には必需品だ。エンジン音を聞きつけ、守衛と思しき青年が小屋から出てくる。その青年を見て、イルドは思わず「ぴゅー」と口笛を吹いた。

 見張り小屋から出てきた青年は、守衛というにはかなり若く、そして守衛にしておくにはもったいないほどの美青年だった。精悍な顔立ちで、年は十八歳前後。王国の騎士団に入ったならば、さぞかし歓声を集めるだろう。

 先んじて「こんにちは。いや、もうこんばんはか?」と会釈するイルドに、青年は返事を返すのも忘れ、まるで珍獣にでも出会ったかのような表情を見せた。

 そんな青年の態度にイルドは小さく笑って控えめ肩を竦める。慣れ親しんだリアクションだ。けれど何度見ても飽きない。

(これこれ、この反応だよな~)

表向きは平静を装いながら、心の中ではイルドは満面の笑みを浮かべていた。新しい村を訪れる上で、イルドの一番の楽しみになりつつあるのが、この第一村人発見の時間だった。

 イルドの格好はかなり異様だ。何が異様かといえば、その色彩感覚の一言に尽きる。紫。イルドは身に纏っているモノを紫に統一していた。黒みがかった紫のオーバージャケットに、赤紫のパンツ。薄い紫のシャツに、灰紫のシューズ。果てには腰に掛けたガンベルトや、拳銃にいたるまで全て紫で統一されている。もちろん、彼が乗ってきたスカイバイクも紫だ。

 漆黒の髪と真紅の瞳を除けば、まさにその姿は紫のお化けである。

 なにか、悩み事でもあるのだろうか? そう、見るものに思わせる恰好を、イルドは満面の笑みで着こなしていた。

 半ば呆然として自分を見つめる青年に、イルドは「そんなに見られると恥ずかしいな」と冗談交じりに苦笑する。

「す、すまない。その……なんとも個性的な格好だな」

 精悍な顔つきに似合った凛々しい笑みは若干困惑していた。「変な格好」と言わず「個性的な格好」と評したのは彼の優しさだろう。

イルドは「ああ、よく言われるよ」と頷くと、自信たっぷりに笑って答えた。

「でもな、コレ。今、王国じゃあ最先端のファッションなんだぜ」

「そ、そうなのか?」

 イルドの言葉を聞き、青年は自分の服装とイルドの服装を見比べる。

 そんな彼に、イルドはにぃっと底意地の悪そうで、そして無邪気に微笑みながら言った。

「わりぃ、嘘だ」

「なっ!」

 騙されたことに羞恥から青年が顔を赤くする。

「悪い癖なんだ。許してくれ」

 すまなそうに頭を掻きながらすぐに謝るイルドに、青年はますます珍妙な生き物を見るようにイルドを観察する。おそらく、彼が今まで、そして今後出逢う生き物の中でイルド以上に奇妙な生き物もいないだろう。

 そんな自分の反応に気が付いた青年は、コホンと咳払いをすると怒ったような表情を浮かべて真面目に言った。

「嘘つきは感心しないな」

「じゃあ、ジョークってことにしてくれないか」

 はにかみながらおどけるイルドに、青年が思わず笑みを零す。残念ながら、青年は完全にイルドに飲み込まれていた。お気の毒としか言いようがない。

イルドの独特の空気に和まされた青年は、自分を落ち着かせるようにもう一度軽く咳払いをすると、友好的な笑みを浮かべて深く一礼した。

「ようこそ、旅の人。我が『セケィーダ』村へ。歓迎するよ」

「おいおい、いいのかよ。こんな怪しいやつを歓迎しても」

「……自覚はあるんだね」

 深く頷いた青年の口から思わず本音が漏れる。

「失敬」

「いや、アンタがまともだってことが証明されただけだよ。もっと喜んだ方がいいぞ」

まったく気にした様子の無いイルドに、青年はほっと息を着く。イルドに害意は無い。そう感じ取った彼は朗らかな笑みを浮かべると、胸ポケットから小さな小石を取り出し、イルドに差し出した。

「なんだそりゃ?」

 見たことのない鉱石に、イルドが石を覗き込む。すると親指ほどの小さな石は、イルドを映した途端に淡い水色の光を放出し始めた。

「おおぉ~」

 子供のような声を漏らすイルドに、青年はくすりと笑いながら石について説明する。

「守針石と言われるものでね。害意が無いなら青系の光を、害意のあるものには赤系の光を、害意の大きさに比例して放つんだ。便利なものだよ」

「紫は無いのか?」

「君が身に付けていたらいつか紫に光り出しそうで怖いな」

 騎士のような佇まいをみせながらもどこかユーモアな表情を見せたその青年は、スッと道を開け、イルドを村へと導いた。

「入りたまえ。君に、ゆりかごの導きがあらんことを」

「サンキューな」

 青年に礼を言ったイルドだったが、さて村へ入ろうとする足をふと止めた。

「あ、そうだ」

 思い出したようにオーバージャケットの内側から、一枚の写真を取り出した。写真には清楚なローブを纏った女性と、漆黒のマントを羽織った男性、そしてこの時は感性がまともだったのか、色がまともな警備服を着ているイルドが写っていた。

「コイツがここに来たりしてないか?」

 その中の一人、黒のマントの男性を指しながらイルドが訊ねる。青年は写真を受け取って確認すると、すまなそうに首を横に振った。

「残念だが、見てないな」

「そうか、わかった」

 写真を大事に内ポケットに戻したイルドは、なぜか安心したように頷き、もう一度青年に礼を行って振り返った。


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