(7)
「さーて、やっこさんが来やがったな。ほら、リクル。お前は降りてろ」
銃を構えながらバイクを降りるように促すイルドに、リクルは爽やかな笑みを作りながら首を横に振った。
「嫌だ!」
「な、何言ってんだよ? さっさと降りろっ!」
「君こそ、何言ってるんだい。コンビを組むって言い出したのは君だろう?」
遺跡での自分のセリフを言われ、イルドは「うぐっ」と言葉を飲み込むと、どこか呆れながら、そしてどこか楽しげに吐き捨てた。
「足手まといにはなるなよ」
「もちろん」
力強く頷くリクル。
イルドは口端を吊り上げながらハンドルを握る手に力を込めると、エンジンを稼働させると同時に、リクルをドグドの方へ突き飛ばした。「うわっ!」と短い悲鳴を上げ、リクルがスカイバイクから転げ落ちる。
ドグドにしっかりとキャッチされた様子を確認し、イルドは非難の視線を投げかけるイルドに言い渡した。
「コンビを組むなら、まずは相棒を信頼することからだな」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
心底不満そうに土埃を払いながら立ち上がったリクルに、イルドは軽く手を振り、スカイバイクを発進させた。
銃や刀を構える野盗たちに、イルドが乗るスカイバイクが速度を上げて突っ込む。いくら不死とはいえ、向かってくるスカイバイクの圧力に野盗たちは仰け反り、転げるようにスカイバイクのラインから避難する。
すれ違いざまに、イルドは拳銃の引き金を絞った。エンジン音を銃声が一瞬掻き消し、吐き出された銃弾は心臓を抉り、脊髄を破壊する。
【テンカウント】は、血液中に含まれる鉄分と金を反応させることによって、遺伝子レベルで強靭な再生力を生み出させる秘薬だ。心臓を破壊すれば、再生までの時間は長くなる。ただ、即死することがなく行動不能にすることはできない。だが、脊髄を破壊すれば、少なくともそれより下半身の動きは制限できる。
イルドは思いっきりアクセルを踏み込むと同時に、鋭くハンドルを切りながらブレーキをかけた。前輪が地面を掴み、後輪が地面を抉りながら土煙を上げる。一瞬で進行方向を切り替えると、イルドは慌てて浮き足立つ野盗に向けて、再び思いっきりアクセルを踏み込んだ。――ドンッ――と鈍い音を立てて、轢かれた野盗が木の葉のように宙を舞う。
野盗たちもやられてばかりではない。その中でも賢い男は十分にイルドと距離を置いたところから、威力・弾速ともに優れたライフルを構えた。スコープから覗くはイルドの側頭部。しかし、スカイバイクで疾走するイルドの頭部は、なかなか捉えられない。
また一人、野盗を引き飛ばしたところで、ライフルを構えた男とイルドの目があった。野盗は慌てて引き金を絞る。せっかく根気よく定めていた標準は焦りにより完全にずれた。不幸なことにライフルの威力を体験したのは、彼の仲間だ。肩を打ち抜かれた野盗が、衝撃に前方へと吹き飛ぶ。悔しさと怒りに、再度野盗はスコープを覗き込む。
スコープからは、紫の暗い銃口が自分のことを覗いていた。
発砲音が男の届いたとき、銃弾はすでに男の眼球を押し潰し脳を引き裂いていた。
遠近ともに、イルドの圧倒的な力の前に盗賊たちは手も足も出ない。残った手段は、自慢の不死の体を盾にした特攻だ。
四方から声を上げて取り囲んでくる野盗たち。イルドは久しぶりの気持ち良いリコイルの痺れを腕に感じながら、突っ込んでくる野盗たちに苦笑した。
不死の身体を持つ、死を知らない敵。一見して厄介な話ではあるが、死んでも構わないとばかりに自らの姿を堂々と晒してくれる彼らは、イルドにとって最も楽な敵だ。
狭まってくる肉壁の円に、イルドは躊躇わずアクセルを踏み込んだ。正面にいた男を容赦なく跳ね飛ばし、イルドが囲いから脱出する。土煙を巻き上げて振り返れば、もう敵は全て視界の中に収まっていた。
イルドに向けて、銃を持つ野盗たちが一斉に引き金を絞る。イルドは一瞬早く迎撃に移っていた。両腕でハンドルを持ち、前輪部に備えた反重力盤を稼働。ウィリー状態になると同時にアクセルを踏み抜くと、残った後輪が地面にえぐり込み、大量の土石を前面に巻き上げた。イルドに迫った弾丸は、土の壁を砕くことに威力の大半を奪われ、ただ一つとしてイルドを捉える事が出来ない。
イルドは後輪の反重力盤も稼働させ、唖然とする野盗たちへと疾走した。
紫の軌跡を宙に描き、イルドとスカイバイクが紫の砲弾と化す。砲弾から放たれる、二発の弾丸は、正確に最前線にいたふたりの野盗の心臓を貫いた。イルドはくず落ちる野盗とのすれ違いざまに、その手から両刃の刀を奪い取る。スカイバイクの推進力と速度を追加された一振りは、別の野盗の右肩から右肺までを一息で両断した。
次いでとばかりにもう一人の野盗を剣で片づたイルドが、片手でありながら驚くべきハンドル捌きでスカイバイクの進路を急変換する。前方からイルドを狙った弾丸はことごとく外れ、お返しとばかりにイルドが投げつけた剣は、野盗の胸を貫き、その身体を地面に縫い付けた。
再び愛銃を戻したイルドが、やはり手に馴染む武器に嬉しそうな笑みを作る。それは、とてもこの戦場を駆けているとは思えないほど、楽しげな笑みだ。リボルバーに残った弾丸を、一息で全て撃ち切る。適当に撃っているようにしか見えないが、放たれた弾丸は一発も外れることなく野盗に牙を向き、その行動を沈黙させる。
「く、狂ってやがる」
自分の部下たちが手も足も出ない姿を見て、ヴォ―ルドは湧き上がる怒り以上に、背筋を凍らせる恐怖に表情を歪ませていた。もちろん、部下は全員生き返る。初めに殺された部下は、すでに行動可能なまでに回復済みだ。
だが、生き返った誰ひとりとして、イルドに向っていくものはいなくなっていた。
不死とはいえ、痛みはある。だれも、好き好んで死にたいわけではない。相手を殺せる保障があるなら自爆でも何でもするが、それでイルドが止まるとは到底思えなかった。
ヴォ―ルドは外に置いていた部下に目配らせすると、即座に決断を下した。
「野郎ども、撤退だっ!」
頭の決断に、野盗たちが助かったと俄かに安堵の表情を見せる。
けれど、そのなかでアロエルだけはヴォ―ルドに噛みついた。
「引く? ここまでやっておいてか?」
「ああ、ここまでやっておいてだ」
憤激の表情を見せるアロエルに、ヴォ―ルドは「逃げ」を口にした野盗とは思えないほど、落ち付いた声で答えた。
引く、逃げる。傍若無人を振り回したにも関わらずの躊躇いのない退却。野盗に取ってこれ以上ない屈辱に対するプライドと一団の存亡を計りに掛け、すぐさまプライドを捨てた選択を出来る辺り、ヴォ―ルドは間違いなく盗賊の頭としての力量を持っていた。
「お前とヤれない口惜しいが、まぁ、次のチャンスに賭けるさ」
「ふん。次が来ればいいがな」
鼻で笑うアロエルに、ヴォ―ルドは「その気の強さは嫌いじゃないぜ」とおちゃらけながら肩を竦める。
「おい、このまま帰れると思ってんのか」
その二人の間に、紫の悪魔の声が差し込んだ。
「この腰ぬけ野郎。逃げんなよ。つーか、逃がすと思ってるのか?」
挑発的に笑いながら、イルドはほの暗い紫の銃口をヴォ―ルドへと定めた。ただ、楽しんでいるようにも見えるが、それだけではない。イルドにしても、この場はいったん収めたいと言うのが正直なところだった。けれど、それ以上にこのままヴォ―ルドを返すことの危険性を、イルドは知っていた。
挑発的な態度の裏にあるその心理を、ヴォ―ルドは油断なく読み取る。下っ端のランクは低いが、ヴォ―ルド自身には裏社会で長年生きてきたもの特有の気の重さがあった。
睨み合う両者。イルドの銃口は依然としてヴォ―ルドを捉えて離さない。
だが、ヴォ―ルドには隠し玉が残っていた。
「撃てるものなら……」
ヴォ―ルドが動く。その動作は、イルドが予想しているよりも遥かに早かった。しかも、その動きは回避でも、迎撃でもない。背後のモノを、前に引き出すまったく別の動き。
「撃つがいい」
自分の読み違いにイルドが後悔した時はすでに遅く、ヴォ―ルドの前には数人の女性、セケェーダ村の女性たちによる美しい盾が出来上がっていた。しかも、その中の一人は、イルドがよく知る人物だ。
「リクルっ!」
「シェイナ」
リクルとシェイナが、互いの名を呼び合う。アロエルは表情を動かさなかったが、イルドはその胸のうちの微妙な動きを、灰色の眼の揺らぎで感じ取った。
なんだ、これは?
悔恨……、寂しさ……、そして決意。
およそ、この場には、アロエルが持つ雰囲気からは似つかわしくない、心の揺れにイルドが戸惑う。
その戸惑いが仇だった。
横やりの銃声が響く。完全な油断。相手が不死だということは知っていたというのに。だが、あんな状態から動くとは、イルドも思わなかった。
銃を撃ったのは、イルドにスカイバイクで引き摺られてきたあの野盗だった。野盗は今しがた復活したおかげで、ヴォ―ルドの声が聞こえていなかった。
静寂。胸から滴る血流。崩れる身体。
「リクルぅぅぅぅぅ――っ!」
凶弾から身を呈して盾となったリクルに、イルドの叫びが木霊した。
「リクル。おい、大丈夫か!? リクル」
スカイバイクから飛び降り、イルドがリクルを抱き起こす。銃弾は心臓を外れていたが、肺に当たっていた。イルドの口端から、血が漏れ出す。
「イ……ル……ド……」
リクルは何とか意識はあった。薄目を開けて浮かべる表情は、いつものあの皮肉気な表情だ。
「足手……まとい……な……んて、と……だ……あい……ぼう……だね」
「こんな時に皮肉かよッ! まあいい。皮肉でも何でもいいから、とにかく喋ってろ」
手を傷口に押し当て、イルドが止血を試みる。
そのとき、もう一発の銃声が木霊した。
今までのどの銃声よりも重い音。硝煙は、ヴォ―ルドが片手で構えた猟銃から上がっていた。
「俺は、撤退と言ったはずだ」
その言葉を待っていたかのように、頭を完全に吹き飛ばされた野盗の身体が崩れ落ちる。ヴォ―ルドは汚いものを見る眼でそれを一瞥すると、懐から小さな袋を取り出し、足下に置いた。
「置いて行く」
ただ一言言い残し、ヴォ―ルドが部下たちに視線を送る。固まっていた野盗たちは、助かったとはいえ怒りに満ちるヴォ―ルドに汗を滝のように流しながら、未だ回復しない仲間を引き連れ柵の外へと逃げ出した。
柵の中の人影が一気に薄くなる。
「リクル……」
そこでようやく、シェイナの思考が動きだした。
「リクルっ! リクルッ! リクルッッ! イヤぁああああああああぁぁぁ!」
シェイナが叫び声を上げ、リクルへと駆け寄ろうとする。
それを止めたのは、アロエルだ。
「シェイナ。お前は私たちと来るんだ」
「放して、アロエル。リクルがっ!」
「ダメだ。それに、リクルのことなら心配するな」
アロエルの声は確信に満ちていた。その灰色の双眸は、ヴォ―ルドが残した小袋に注がれている。
「やだっ。放してッ。放してってばっ!」
それでも、シェイナは納得しなかった。当然だろう、今眼の前で愛する夫が撃たれ、息絶え絶えになっているのだから。
アロエルは仕方ないとばかりに首を横に振ると、素早い手刀をシェイナの首筋に叩きこんだ。意識を刈り取られ、シェイナの身体から力が抜ける。だが、意識の抜けた人間は思いのほか重い。アロエルは、シェイナを支えることが出来なかった。
「ふんっ」
見かねたとばかりに、ヴォ―ルドがシェイナの身体を担ぎ上げる。
盾にした女たちを引き連れ立ち去るヴォ―ルド。
アロエルはすぐに立ち去らず、その場に残った。一瞬だけ丘の方に厳しい視線を投げかけ、様々な激情を織り交ぜた声で宣言する。
「この始末は、私が付ける。そして、私はこの世界を変える」
それだけを言い残したアロエルは、最後に横たわるリクルを見て口を引き結ぶと、足早にヴォ―ルドの後を追って行った。