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(6)

 ゆりかごの防衛線は熾烈を極めていた。

 外枠を固めていた柵の一部は破壊され、ゆりかごの下へと無数の野盗がすでに進出している。野盗たちの頭のヴォールドは、その崩れた柵に体を預けながら濃く蓄えた自慢の髭を満足げに摩った。

「ぐははははは、いい眺めだな。そう思わないか? 裏切り者よ」

「うるさい、その汚い口を向けるな」

 裏切り者と呼ばれた元セケェーダ村の住人、アロエルは心底嫌そうにヴォールドから顔を背けた。その態度に友好な気配は一切ない。

 アロエルは、一歩、その場から離れると、その美しい灰色の双眸に侮蔑と嫌悪をにじませながら、ゆりかごへと視線を向けた。

セケェーダ村の男衆が手に鍬やスコップなどの簡易武器で応戦しているが、やはり不死の集団には分が悪い。

 そんな中、かろうじて不死に集団を圧倒している人物がいた。

 ドグドだ。

 己の身の丈ほどのハンマーを振り回し、ドグドが不死の野盗集団を蠅のように叩き潰す。地面との間に挟まれ、潰れた蛙のよう体を破壊された野盗は、銃などで一部を大きく破壊されるよりも修復に時間がかかっていた。

「オッラオラオラオラオラオラー。かかってこい、ごみ虫ども。ワシのハンマーでぶっ潰してやる。このゆりかごに指一本でも触れてみやがれ。貴様らの脳みそ、グレーゲン猿の脳みそととっ代えちまうぞー! それとも、ムロゲンアホウドリの脳みそがいいか―? ミルド川蟹のカニみそだって用意してやるぞーっ!」

 相変わらずよく回る舌のように、ドグドがハンマーを大きく横なぎにする。ドグドを取り囲んでいた野盗たちは、腕というわず、胴といわず、頭といわず、ドグドのハンマーの圧力に押し潰され吹き飛んだ。

 相変わらず変なドワーフだとアロエルは思った。なんで彼は、この村の住人のことを気にかけるのだろうか? さっさと逃げれば、自分の命は助かるというのに。

 腕を粉砕されても、胴を潰されても、首を折られても、野盗たちは立ち上がりドグドへと襲い掛かる。ドグドの体力が底を突くのも時間の問題だろう。

 唐竹割りに振り下ろしたドグドのハンマーが、野盗の一人の頭を捉えた。スイカが割れるような音を立て、野盗の頭が粉砕される。その様子を、仲間の野盗たちはへらへらと笑いながら眺めていた。「何やってんだよ」「ほらどうした、さっさと生き返りやがれバカ」とヤジが飛ぶ。相変わらず頭の悪い連中だ。目的のためとはいえ、見ていてイライラする。

 いくら倒しても復活する野盗たち対し、いよいよドグドの息が上がってきた。乱れた呼吸に、ドグドは背後から近づいてきた気配に対して反応が遅れる。

身体を半回転させ横手から振るったハンマーが盗賊の半身を押し潰す。しかし、勢いが足りない。体半分を押し潰され、半分になった顔に狡猾な笑みを浮かべる野盗の腕は、ドグドの胸元を掴んでいた。

 ドグドの小柄な体が地面に叩き付けられる。野盗たちから歓声が上がった。

 ドグドを引きずり倒した野盗が、その短足をドグドの後頭部に押し付け、足裏で踏みにじる。ドグドは憤怒の形相で煽り立てる野盗を睨んだが、それは彼らの加虐心を刺激するだけだった。

 粉々にされた頭を修復した野盗が提案する。「そのハンマー、帰してやろうぜ」と。

 提案した野盗がドグドの零したハンマーを拾い上げようとする。しかし、それは常人が扱えるような代物ではなかった。いくら踏ん張っても、ハンマーはうんともすんとも言わない。

 その様子を見てドグドが「ふんっ、腰抜けが」と鼻で野盗をせせら笑う。

 逆上した野盗は、ドグドの顔面を思いっきり蹴っ飛ばした。だんごっ鼻につま先がめり込む。ボキッと、骨が折れる鈍い音がした。

「はっ、その程度か。ヒヨっこが」

 折れたのは、野盗のつま先の方だった。あらぬ方向に足先を曲げた野盗が、足を抱えながら転げまわる。ドグドの顔面は鋼鉄で出来ているのだろうか?

 二度にわたる嘲笑を受けた野盗は、とうとう懐に腕を突っ込み、鈍色の拳銃を取り出した。さしもの鋼鉄顔のドグドといえ、鋼鉄の板にも傷跡を残す弾丸の前には分が悪い。

「クソったれ!」

 野盗を睨みながらドグドが悪態をつく。

野盗たちから一際大きな声が上がった。ドグドに狙いを定める野盗は、それが自分に向けられた歓声だと勘違いする。ドグド自身もそう思った。

ドグドの傍らに紫色の物体が滑り込む。ついでに、ドグドの後頭部を踏みしめていた圧迫感が喪失した。

突如として乱入したスカイバイクは、ドグドに銃口を突き付けていた野盗を轢き飛ばし、その後ろに括り付けていた何かで、ドグドを拘束していた野盗を吹き飛ばした。

「よぉ、ドグド。いい格好だな」

 ドリフトで舞い上がった土埃の中から、イルドがドグドに軽快な笑みを浮かべる。

 思わぬ援軍の登場に、ドグドは袖で顔を拭いながら立ち上がった。

「貴様もなぁ」

 会心の笑みを浮かべながら、己が愛具、ハンマーを握り直す。

 体に付いた泥を払いながら、ドグドはスカイバイクの後ろに縄で繋がれた泥だらけのぼろ雑巾のような物体に目をやった。

「なんじゃそれは?」

「ん? ああ、ゴミだよ。気にすんな。ちゃんと返すから、よっ!」

 言いながら、イルドはハンドルを思いっきり捻り、アクセルを踏み込んだ。スカイバイクがその場で旋回し、遠心力で後ろに繋いでいたぼろ雑巾、もとい野盗を目前の野盗たちへと投げ飛ばす。もはや顔の判別ができなくなるまで引きずり回された仲間を受け止めた野盗たちは、その衝撃に軒並み押し倒された。

「うっし!」

 薙ぎ倒される野盗たちに、イルドが拳を握りガッツポーズを取る。ドグドも胸がスカッとした。

 思わぬ闖入者の登場に、野盗たちがまず自分たちの目を疑い、次に目の前の人物の感性を疑う。全身を紫で身を包むイルドの姿に比べれば、ぼろ衣に身を包む野盗たちの方がまだ正常な感性をしているだろう。

 ゆりかごの外柵に体を預けていたアロエルも、世にも珍妙な男の登場に身を乗り出した。自分がいない間に、セケェーダ村にはとんでもない奴が生まれたのか?

 村を襲っていた誰もがイルドの存在を計りかねている中で、アロエルの隣で高みの見物をしていたヴォールドだけが、イルドの姿に覚えがあった。

「貴様、まさかクレイジーパープルかっ?」

 怒鳴りつけるヴォールドに、イルドが不敵に笑いながら「だったら?」と肩を竦める。

 ぎりぎりとヴォールドが音を立てて歯ぎしりをする。ヴォールドは少年は腐っているが盗賊の頭に座る人物だ。その豪胆さは、出会って数日のアロエルも知っている。そのヴォールドが突然現れたこの変人に、何をそんなに緊張しているのだろうか?

アロエルは首を傾げながら声をかけた。

「ヴォールド。あの色彩感覚が狂った男はなんなんだ??」

「狂ったていうのは、的を得てるな。あいつは、本当に狂ってやがるぞ」

「なにぃ?」

 まだ大きく距離があるにも関わらず、ヴォールドが自慢の武器の一つ、猟銃に手をかける。しかし、この男のどこにそれほど恐れる要素があるというのだろうか。確かに、その色のセンスは恐れるところがあるが。

 アロエルが改めてイルドに視線を流すと、ヴォールドが――ジャキン――と鈍い音を立てて猟銃に弾丸を装填しながら言葉を続けた。

「あいつは、西の方に突然現れた。潰された盗賊団は数知れねぇが、それだけじゃねぇ。噂じゃ、あいつは悪魔と契約して、国を滅ぼしたことすらある」

「悪魔? 眉唾物だろう?」

 悪魔という言葉を、アロエルは一笑に付した。悪魔との契約ならば、それはむしろ野盗たちを村へ案内した自分の方だろう。

「俺様もそう願いたいねぇ。だが、奴がいくつかの国を追い込んだのは事実だ。それと、奴の現れるところには、必ずと言っていいほど混乱が起こる」

 ヴォールドの言葉を受け、アロエルは眉を顰めた。

事実セケェーダ村は混乱の淵にあった。例え、その過程や原因が自分にあったとしてもだ。

押し黙るアロエルに、ヴォールドは苛立ち気に流れる汗を拭った。

「だから、奴はこう呼ばれている。混沌の紫を身に纏い、混乱を引き連れてくる狂人」

「クレイジーパープル(紫の狂った使者)」

 畏怖の念を込められたその言葉に、アロエルが唾を飲む。

そのとき、アロエルの頭の中に、アロエルと盗賊たちを結びつけたある男の声が響いた。


――紫の男に気をつけろ。奴はお前の真実を喰いに来る――


すっかり忘れていた男の言葉を思い出し、アロエルは小さく笑った。なるほど、確かに紫の男だ。わかりやすい。そして、目的のためには何としても排除しなければいけない人物でもあった。

「ヴォールド。まさか、怖気づいたわけじゃないだろうな」

「ふ、バカ言うな。武者震いってやつだよ。あいつを倒せば、俺たちの株はうなぎ登りだからな。それに、忘れたか、俺たちは不死だぞ」

軽く焚き付けると、ヴォールドはすぐに気迫を取り戻した。本当に扱いやすいバカで助かる。

アロエルは改めてイルドの方へ視線を突き付けた。見れば見るほど奇妙な姿だ。

その奇妙な姿にばかり目が行くばかり、アロエルはその時初めて、後部座席に乗るイルドの存在に気が付いた。

「アロエル……」

 旧友の姿を確認したリクルは、あまり表情は変えなかったが、やりきれない思いが滲み出していた。

認めたくなかった。信じたくなかった。何かの間違いであってほしいと願った。

 だが、現実はいつの時も残酷だ。

「リクル、久しぶりだな」

 自分の名を読んだ友に、アロエルは一切の負い目を感じさせない強い口調で答えた。

「なんで、こんなことを」

 忸怩たる表情を浮かべながら、リクルがアロエルに問う。

 リクルの問いに、アロエルは胸を張って笑いながら答えた。

「そんなこと、どうでもいいだろ。それより、リクル。一緒に来いよ。私にはお前が必要だ」

「本気で、言ってるのかい?」

「嘘で言ってるように聞こえるか?」

 口端をつり上げるアロエルに、リクルがギリッと奥歯を噛みしめる。

「どうしたんだい。君になにがあった? あんなに村を愛してた君に」

「理由を知りたいなら、一緒に来い。きっと、リクルも納得する」

「今ここで説明できないのかい?」

「する必要がない」

 言葉に鋭さが増し、ふたりの間の空気が張り詰める。

「あ~っと、ちょっといいか?」

 緊迫したふたりの会話に、イルドの妙に間の抜けた声が滑り込んだ。

「なんだい、イルド。今大切な話しをしてるんだけど」

「いや、俺の方も結構大切だぞ」

 真剣な眼差しで答えるイルドに、リクルは何かを感じ取って話しの手番を明け渡す。

 了承を得たイルドは、眼を細めアロエルを睨みながら、とにかく今一番聞きたいことを口にした。


「アロエルって、女だったのか?」


「「「…………はい?」」」

イルドの言葉に、場に張りつめていた緊迫が一気に霧散する。ほとんどの者が「お前は、何を訊いている?」と首を傾げた。

盗賊の頭から一歩距離を置いたアロエルは、夕暮れのような紅の鮮やかな髪を一房に結わえ、鼻先がシャープに整い、意志の強い灰色の瞳が印象的な、だれがどう見ても分かる絶世の美女だ。

見当違いな質問に混乱する一同の中で、ただひとりリクルだけが「あ~、そういうことね」と困ったように頭を掻いた。

「イルド、思っててもよくこの空気でそれが聞けるね」

「もやもや解消したい性質たちでな。で、どうなんだ」

 どうなんだ、と話しを振られたアロエルが鼻白む。

 一息置いたアロエルは、鬼の形相でリクルを睨み付けた。

「リクル、お前はいったいどんな説明をしたんだ?」

「恋敵」

 間髪置かず答えるリクルに、事情を了解したアロエルが「はぁ」と深いため息とを着いた。

「ああ、確かに私は恋敵だ。シェイナとお前を取り合ったのだからな。これで納得したか、紫の変態さんよ」

「納得ついでにイラッとした。で、つまりなんだ。これはその復讐ってわけか?」

 イルドの声が唐突に鋭くなる。その声の刃は、緩んだ場の空気を一気に緊張させた。答えようによっては、リクルの元恋人とはいえただではおかないという気迫が、イルドの体から迸る。

「それも、確かにある」

 アロエルは、驚くほどあっさり首肯した。けれど、その灰色の瞳に宿る意志の炎は、ただ恋愛の憎悪以外の強い志に燃えていた。

「しかし、それ以上に私はやりたいことができた。私は、この世界を変えるっ!」

 語尾荒々しく叫び、アロエルが腕を振るう。

「話はこれまでだ」

 その一言で、周囲一帯の緊張が最高潮に高まった。アロエルは戦況を確認する。長話のおかげで、ドグドにやられた野盗たちは大方回復した。セケェーダ村の男衆は動けるものは負傷者とゆりかごの防衛に分かれている。

「ヴォールド、わかっているな」

「へっ。だれに口きいてやがる。それより、どうだ今夜。前祝に一発やらないか?」

 舐めるような視線を流してくるヴォールドに、アロエルはキッと鋭い視線で切り返したが、ふと考え直すと妖艶な微笑を浮かべて答えた。

「ゆりかごを完全に占領したら、考えいい」

「へっへっへ。約束だぜ。おい野郎ども、分かってんだろうな。一人残らず、ぶっ殺せっ!」

 ヴォールドの指揮のもと、野盗たちが雄叫びを上げ、今まさに開戦の狼煙が上がった。


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