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 イルドは急激な射撃により熱を持った銃身を野盗へと構えながら、白煙を上げて傷口を修復する様子を厳しい顔つきで見ていた。数秒で跡形もなくなった右手に浮かび上がる6の数字。

 知らないものが見れば、その数字は賊における階級や、何かの暗号、または野盗自身の趣味による刺青かと思うかもしれない。だが、イルドはその数字の持つ意味を知っていた。

「テンカウントリッター、か」

 嫌悪をあらわに吐き捨てるイルド。

 野盗は完璧に修復され、にわかに疼く手の甲を撫ぜながら、いやらしい笑みを浮かべた。

「ほぉ、お前。この薬を知ってるのか?」

 眼の端で地面に転がる拳銃を確認しながら、野盗がイルドの隙を作ろうと訊ねる。イルドは完全に無視し、わずかに地面を擦った野盗の足首を打ち抜いた。

「ぎゃああああああぁぁぁあーっ!」

「汚い悲鳴だな。艶がねぇ」

 イルドは冷たい言葉を零しながら、銃口を野盗の頭部に定める。すぐさま腐ったの脳みそを打ち抜かないのは、それが無駄なことだと知っているからだ。

「イルド、テンカウントリッターってなんだい?」

「……【テンカウント】。別名【十日間の命の粉】って麻薬を服用した脳みそが腐った奴らのことだよ」

 野盗の質問には無視したイルドだが、背中にかけられたリクルの質問には答えた。

「【テンカウント】を服用した人間は、服用日を含めて十日の間はどんな傷も修復する不死の体になる。その薬の効力が切れると、たちまち死んじまう悪魔の粉だ。ただ、連続して服用すれば、効力はまた十日分伸ばすことができる」

「不老不死の薬ってことかい」

 問いかけるリクルの声には、嫌悪感がにじみ出ていた。限定された命、それではまるでセケェーダ村の住人のようではないか。

 リクルの心中を察したイルドは、「そんな良いもんじゃねぇよ」と言葉を続けた。

「確かに、【テンカウント】は優れた薬だった。けど、その原材料が金でな。製造に莫大な金がかかり、薬自体がめちゃくちゃ高価になる。その上、この薬には原料の金が引き起こす金属製の中毒性があってな。服用し続ければ、どうなると思う?」

「死なない体に地獄の苦しみ。ってとこかい?」

「そうだ。さらに厄介なことに、【テンカウント】には習慣性があるからな。命を伸ばす以上に、この習慣性が薬を止められなくする。薬が切れてくる九目には禁断症状が現れてくる。さて、問題だ、リクル。金も学もないやつがこの薬に手を出したら、どうなると思う?」

 リクルは軽蔑した眼差しを蹲る野盗に向けながら、苦虫をかみつぶした表情を浮かべ答えた。

「てっとり早く金を生み出すために、野盗に身を落とす」

「ご名答。けど、それだけだと七〇点てとこだな。テンカウントリッターで一番多いのは、人身売買に手を染める連中だ。【テンカウント】を生成するために必要な金を一番持ってるのは資産家だからな。そいつら相手の取引に、奴隷商人になる奴が圧倒的に多い。こいつらは、人を人と思いやがらないからな」

「へへへへへ、よぉーくわかってんじゃないかよっ!」

 蹲っていた野盗が、突然跳ね起き走り出した。蹲っていたのは、足首の修復を待つ演技だった。野盗は脇目も振らず落とした銃へと疾走する。

 大気を引き裂く銃声。拳銃へと疾走していた野盗の足が崩れ、その汚い顔面が地面を抉った。左膝を打ち抜かれたのだ。これでは走れまい。

 屈辱と苦痛に顔を歪ませた野盗は、無様に前のめりの状態で地に伏せながら、しかし勝ち誇った顔でイルドに向かって吠えた。

「いってぇーなぁ。くそっ。バカか、てめぇは? 無駄なんだよ。いくら打ち抜こうが、俺の体は不死身だ……うぎぃゃ――っ!」

 汚い声を吐くなとばかりに、イルドの銃が火を噴いた。一度打ち抜かれ、修復途中だった左膝のまったく同じ個所に二発目の銃弾が食い込み、筋繊維を引き裂き骨を砕く。

「ちょっと黙ってろ。てめぇの汚い声で、あいつらの死に際を汚すんじゃねぇよ」

 イルドはさらに引き金を絞った。待ってましたとばかりに紫色の銃がリボルバーに残った最後の銃弾を吐き出した。螺旋回転により貫通力の増した銃弾は、野盗の額を打ち抜き、頭がい骨を粉砕し、脳漿を蹂躙する。立て続けにダメージを受けた野盗は、その一撃で沈黙した。

 リボルバーを開放し、熱を帯びた空薬きょうを地面に落とす。丁寧に次弾を装着し、手首のスナップでリボルバーを戻すと、野盗の動向に注意しながら、視線を背後に流した。

 また一人、セケェーダ村の住人が土に帰る。身体は塵になり子供たちの未来を育む大地へ、魂は子供たちの未来を見守るために天へ。

 志半ばに朽ちぬ体となった同胞たちに自分だけ天命を全うした非礼を詫び、愛する妻に最後の愛を囁き、彼は彼の帰るところへと帰って逝った。

「逝ったか……」

「うん。ありがとう、イルド」

 涙を我慢できないリミスの肩を抱きながら、リクルがイルドに礼を述べる。

「驚いたよ。イルド、ちゃんと銃が使えたんだね」

「ちょっとは見直したか?」

 いつも通りとばかりに皮肉を言うリクルに、イルドは口元に優しげな笑みを浮かべて答える。

 その優しさを数倍の厳しさと怒りを双眸に湛え、未だ前のめりになって動かない野盗を射抜いた。

「おい、いつまで猿芝居を続ける気だ?」

 冷徹な声に、「チッ」と舌打ちを零しながら野盗が体を持ち上げる。粉微塵にされた頭部でさえ完璧に修復されたその様に、イルドに肩を抱かれたミリスはぞっとした。

 こんなの、勝てるはずがない。

「くくくくく、あははははは。で、お前はどうするつもりだ? わかったろ、いくら殺しても、俺は死にゃしねぇんだよ。百回だって殺してみろ。安心しな、お前は一回だけ殺すだけで許してやるよ」

 ミリスの絶望を裏付けるように、野盗が醜悪な笑みを浮かべながら哄笑する。

 そんなミリスの絶望を、

「さて、地獄の時間だぞ」

 イルドの放った銃声が一掃した。

 紫の銃が吐き出す弾丸が、野盗の左膝、先ほどとやはり同じところに喰らいつく。

「ぎゃあああぁぁぁー、いてぇぇぇーっ。でも、俺は死なねぇえ……」

 膝を抱え込む野盗の顔が、にわかに強張った。

イルドの拳銃の銃口は相変わらず自らの足を狙い、その相貌には一切の情けがなかった。これが人間の表情だろうか。

 人を人と思わない野盗ですら、その相貌に恐怖せずにはいられなかった。死なないという自信が、昏い銃口と、それ以上に深く昏いイルドの黒眸に飲み込まれる。

 野盗は思った。

 こいつを、この男を殺さなくては。

 野盗は足の痛みを無視して、自分の銃を拾おうとした。再び響く銃声。今度は右膝が打ち抜かれる。

「両膝を打ち抜きゃ、いくら不死身といっても走れねぇだろ」

 イルドは、何の感慨もなく事実だけを呟いた。イルドは立て続けに二発の弾丸をリボルバーから放出する。銃口から飛び出した二本の牙は、野盗の両足首をかみ砕いた。両膝に加え両足首を打ち砕かれた野盗は体を支えきれずに地面へと崩れ落ちる。

 野盗は愕然としていた。まさか自分が獲物をいたぶるために考えた方法が、自分を行動不能にする方法だったとは。

 宣言されたように、それは地獄の時間だった。いくら死なないといえ、野盗の痛覚は正常に機能している。四肢を打ち抜かれるくらいでは死ねない体だ。意識が残り続けるように放たれた弾丸は、野盗の脳細胞を苦痛という灼熱で焼き尽くす。

 イルドは修復が完了し始めた両膝に、さらに銃弾を浴びせた。連続して行われる破壊に、修復されている膝はいびつな形になる。

 空になったリボルバーをズラし、手首を軽く持ち上げ空薬きょうを滑り落とす。計十二発の弾丸を休みなく打ち出した銃身はかなり高温になっていたが、それぐらいで暴発するほどイルドの携える銃は安物ではなかった。再び装填された弾丸は、銃の腹に戻されたリボルバーの中で放出の瞬間を待つ。

 その時、ようやく感情の波が落ち着きだしたミリスが切羽詰った声を上げた。

「大変っ! リクル、奴らゆりかごへ向かってるわ」

「なんだって!」

 リクルの表情が引き攣る。ゆりかごを、自分たちの子供たちを傷つけさせるわけにはいかない。とはいえ、この野盗を放っておくわけにもいかない。イルドが制してはいるが、やはり不死身の男をこのばば野放しにしておいては何をしでかすか分かったものではない。

「そうか、こいつらはゆりかごに向かったんだな。あんたは隠れてろ。俺たちがすぐに行く」

 リクルの杞憂をよそに、イルドはすぐに決断した。

「それはいいけど、そいつはどうするんだい」

 野盗に冷たい視線を送るリクル。

「もちろん、連れて行くさ」

 ニヤリとイルドがほほ笑む。

 このときのイルドの笑みを、リクルは生涯忘れることはないと思った。何を考え付いたかはわからないが、どう転んでも野盗には喜ばしくないことだろう。

 スカイバイクから縄を取り出すイルドを、リクルは遠巻きに眺める。

そんなリクルの袖をリミスが躊躇いがちに引いた。

「どうしたんだい、リミス」

 リクルが問いかけると、リミスは葛藤に唇を引き結びながら、辛そうな顔をして答えた。

「リクル、私も何かの見間違いであってほしいんだけど……」

 リミスは自分自身でも自分の言葉を疑いながら、震える声で続けた。

「アロエル……なの。この野盗たちを連れてきたのは」

「え……」

 リミスの言葉を、リクルはすぐに受け止めることができなかった。



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