(3)
美しい歌声が響くセケェーダ村。
三方を樹海にそして残り一つを超えることのできない断崖を抱えた丘に守られていたその地は、今や悲鳴と怒号の凄惨な旋律が響く地獄の演奏場と化していた。
野盗の標的は、セケェーダ村に生まれた美しい女たちだ。だが、今すぐ凌辱する目的でもないらしい。捕まえた女たちは、野盗たちが乗ってきたのであろう、イルドのものよりはやや方の古い、しかし、大型のスカイバイクに取り付けた荷台に押し込まれていく。
今また、一人の女性が捕まった。ブランドの髪が褐色の肌に栄える、美しい女。女性の夫が必死に野党に抵抗する。しかし、相手は人さらいを、人殺しを生業とする蛮賊だ。野盗が構えた銃が夫に向けて凶器の火を噴く。肩を貫かれた夫の断末魔に、妻の悲鳴が重なった。
わざと急所を外され生き残った夫が、残った手で必死に撃たれた肩を押さえながら、痛みのあまりに声の出ない喉を震わせる。夫へ駆け寄ろうとする妻と、その妻を抱きかかえる野盗。
妻は息の荒くなる夫に何とか駆け寄ろうと、にやにやと薄ら笑いを浮かべる野盗の腕に渾身の力で噛みついた。思わぬ反撃に野盗が悲鳴を上げ、腕を振り回す。女性は野盗の腕から逃れることができたが、逆上した野盗に突き飛ばされ地面に体を打ち付けた。
くっきりと歯形の付いた野盗の腕から、白い白煙が上がる。高熱を持った肌。体内で量産されるエネルギーが傷口に集まり、小さな歯形が跡形もなく治癒される。
女性は改めた絶望を突き付けられた。他の野盗同様、この男もいくら傷を負わしてもすぐに回復してしまう。
腕を軽く振って調子を確かめた野盗が、加虐的な笑みを浮かべながら凶器の銃を撫ぜる。
女性は自分が撃たれると覚悟した。だが、それは甘い考えだった。
再び銃声が当たりに轟き灼熱の弾丸が空中を焼切る。
その銃口は彼女の夫へと向けられていた。
先ほどの肩とは逆の肩を撃ち抜かれ、夫の喉から痛みの限界を超えた断末魔が再び迸る。もはや、夫は撃たれた肩を抑えるどころか脳を焼き切る痛みのあまりに指一本動かせない。
第三の凶弾が放たれる。今度は右膝が撃ち抜かれた。夫の枯れた喉の代わりに、妻が悲鳴を上げる。
野盗は妙に慣れた手つきで、残った夫の左足に銃口の標準を合わせる。
妻は痛みの残る体を無理やり動かし、夫の体に覆いかぶさった。肩と足から流れる夫の命のしずくが、妻の体を赤く染める。
野盗は女を必要以上に傷つけるつもりがないらしく、困った顔を浮かべてぼさぼさに伸びた髪を掻いた。しかし、本当に困っているわけではない。むしろ楽しんでいるのだ。ゆらゆらと揺れる銃口に怯える二匹の獲物。方や死にかけ、方や恐怖に体を震わせながら自分のことを懸命に睨んでくる。
自分の命が奪われることのないと確信している野盗にとって、他人の命はおもちゃ程度にしか感じなかった。
下劣な笑みを浮かべ野盗が、汚い舌で唇を舐めながら指先に力を込める。
夫を抱きしめ、身体を強張らせる妻。迸る銃声。
「ぐあぁぁぁあぁぁっ!」
悲鳴を上げたのは、野盗の方だった。夫婦に向けられていた銃がはじけ飛び、野盗の腕に黒ずんだ黒点が穿たれる。
銃声は一度しかしなかったが、野盗を襲った銃弾は二発あった。
呆然とする夫婦。そんな彼らの前に、同じくセケェーダ村の住人リクルと、
壮絶な怒気をその身に纏った、紫の旅人が舞い降りた。