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(2)

「これは一体……」

 リクルが細い眼を珍しく見開きながら言葉を零す。あのセケェータ村しか知らない人間にとって、目の前に広がる光景は想像を絶するだろう。

 とはいうものの、イルドでさえここまで高度に発達した文明を見るのは久しぶりだ。

 未だ数キロ離れたこの場でさえ、これだけの物々しい雰囲気を与えるのだ。入ったら、一体何が待ち受けているのか……。

 イルドはそっとサクルに視線を流す。そして、しばしその横がを見つめながら、厳しい口調で言った。

「サクル、お前はここに残れ」

「え?」

 冷たいイルドの言葉に、サクルは一瞬何を言われたか分からなかった。

 だが、イルドの眼は真剣そのものだ。

 イルドは敢えて誤魔化そうとせず、思ったことをそのまま口にすることにした。

「もっと原始的な感じのところだったら、お前を連れて行ってもよかったんだけどな。俺の経験上、ああいう類の遺跡にはたちの悪い仕掛けがあるんだよ。だから、お前はこ……んぎゅあっ!」

 突然、イルドの側頭部を強烈な衝撃が襲った。脳が揺れ、危うくスカイバイクから落ちそうになる。

 何とか気を持ち直して体勢を整えると、紅くなった手を擦るリクルが、ふてくされた表情を浮かべて切り返してきた。

「イルド、これでも僕はけっこう身体は丈夫なんだよ。優しい妻の手料理のおかげでね」

「手料理じゃなくて、暴力で耐性が付いたの間違いだろ」

 ヘルメットの隙間に手先を差し込み頭を撫でるイルドが、こちらもまたふてくされて答える。

 お互いを厳しい顔をで睨み合うこと数秒。

「くくくくく、くはははははっ!」

「あははは、あははははははっ!」

 イルドとリクルは同時に破顔した。お互いに顔を見合わせ笑い合うふたりの声が、遮るもののない空の彼方へと響いてゆく。

 シェイナの言うとおり、イルドとリクルはどこか似た者同士だった。

「最低限、自分の身は自分で守れよ。それがトレジャーハントのルールだ」

「了解。危なくなったら迷わずイルドを盾にするから大丈夫だよ」

「はっ! 言ってろっ!」

 獲物を狙う狩人のような笑みを浮かべ、イルドは再びアクセルを踏みしめた。スカイバイクが崖から飛び出し、遥か彼方の地面を見下ろしながら遮蔽物のない空を疾走する。丘の終わりから目的の町までは、それでも10分ほど掛かってしまった。見た目には近く見えたが、それは建物の大きさがよく分からなかったからだ。近づくにつれ巨大化する灰色の円柱は、それこそ天と地を支えているような巨大な物だった。城壁を飛び越えて町へ入ると、普通の家屋がミニチュアに見えてしまう。

 イルドは町へと侵入すると、スカイバイクの高度を下げ、一切の凹凸がなく鏡と見間違うほど綺麗に舗装された道路へと着地した。がくんと車体が沈む。二人分の体重での走行は、いつもよりも少し遅かった。

「思ったより、何もないね」

 拍子抜けとばかりに、リクルが言葉を零す。リクルの言うとおり、見たことのない合金で立てられた建物は驚くほど無機質で、人の気配どころか生き物の気配さえない。

「ん? イルド、アレは何だろ?」

 そんな中、リクルは道路の途中で赤い光を放つ不思議な鉄塔を指差して声を上げた。

「アレは信号機ってやつだな」

「信号機?」

「ああ、このスカイバイクみたいな空を飛ぶ奴じゃなくて、今みたいに地上を走る車が多い国の必需品だ。道路の交通管理のために供えられた公共物ってやつなんだが、……言ってる意味わかるか?」

「まぁ、なんとなくね」

 後部席で何とか理解しようと頑張るリクルに、イルドは小さな優越感を感じながら、赤信号を突き抜ける。どうせ、他の車は来ないんだ。問題はないだろう。

 その時、背後のリクルから「ねぇ、おかしくない」という警戒した声が上がった。

「おかしい? 何が?」

「だって、この遺跡ってどう見ても人がいなさそうだよね。それなのに、未だに信号機が動いてるって変じゃない?」

「確かに……」

 リクルの言葉を吟味するように、イルドは手で口を覆った。リクルの言う通り、この遺跡を放棄するなら、主電源ぐらいは落としていくだろう。もし落としていかなかったとしても、未だに動き続けているということがあるのか? ドグドの話しでは、今から約400年前に丘が分断したときには、この遺跡はすでに人はいなくなっていたらしい。当時この遺跡を訪れたドグド本人が言うのだから間違いはないだろう。

 その時は果たして、この信号機は機能していたのか?

 ドグドのいない状況では確かめる術はない。

「イルド、これからどうする?」

 信号機以外にも、街並みにある建築物を注意深く観察しながらリクルがイルドに訊ねる。

 イルドは、確信を持って町の中央部にある一際大きな円筒を見据えながら答えた。

「あそこの円筒に入る。こういうデカイ町のエネルギーを均等にまかなうなら、根源は大抵中央だ。それに、エネルギーがある所には、それを酷使するため権力や研究機関が集まる。都市遺跡を押さえるときは、まずはそこを……って、なにニヤけてやがんだ?」

 肩から身を乗り出して、リクルが満面の笑みでイルドの横顔を覗き込む。「なんだよ、気持ち悪い」と肩で押し戻すと、リクルはそんなイルドの背中に笑いながら声をかけた。

「いや、活き活きしてるな。って思ってさ。月並みの言葉だけど、いい顔してるよ。イルド」

「う、うるせぇよ!」

 気恥ずかしさからかイルドが誰もいない道路でアクセルを全開まで踏み込んだ。エンジンが猛獣のような唸り声を上げ、摩擦熱でタイヤが白煙を上げる。信号無視どころか本来定められているであろう制限速度も無視し、イルドはバイクを眼前に聳える円筒へと走らせた。

「駐輪場まであるとは、親切なことで」

 スカイバイクをしっかりと駐輪場へ止めたイルドが、手で庇を作りながら空を見上げる。真下から見ると、首を限界まで曲げても塔のてっぺんは見ることが出来なかった。これほどの建築物を建てたというところにも、この文明の高度さが伺える。

 なぜ、これほどの文明が今は途絶えているのか。イルドはその点に関しても気になってきたが、トレジャーハンターは考古学者ではない。

 求めるのは真相の究明ではなく、あくまでお宝なのだ。

「じゃあ、入るか」

「うん」

 イルドは自分が先頭となって、サクルと共に円柱の塔の入り口に立った。硝子張りのドアがひとりでに左右に開き、謎の施設がふたりを迎え入れる。

「ん? どうした、サクル。行くぞ」

 その様子を見たサクルは、驚いた様子で口をぽかんと開けて固まっていた。

「今、扉がウィーンて、ひとりでに」

「ああ、自動開閉扉だな。文明が特に発達した国には珍しくないぞ」

「そ、そうなのかい」

 ズレた眼鏡を押し上げ、サクルが感心したように頷く。ドグドが生み出した様々な便利道具に溢れるセケェーダ村育ちのサクルでも、こういった機械文明の品は相当珍しかったらしい。

 サクルの新鮮な反応に、イルドはなんだか幼い子供を相手にしているような気持ちになった。普段、サクルは聡明な雰囲気なだけに、こういった反応を見るのは楽しい。

 イルドは「ほら行くぞ」と前を向きながらサクルを手招きする。その表情は、これまでのどの遺跡に乗り込んだ時よりも楽しげだった。

 建物の玄関付近は、朽ちた椅子などが乱雑に転がっていた。しかし、ほとんどのものは風化せず原形を留めている。壁紙や天井もまだ真新しい装いをしていた。おそらく、この建物を作っている素材に何か秘密があるのだろう。

元はエントランスホームのだったようだ。受付があったと思われる所には、建物全体の見取り図と説明書きがあった。残念ながら字は完全に時の中に埋もれ、読むことは出来ない。

「リクル、コレ読めるか?」

 何とか判別できる文字を見つけて、イルドがリクルに訊ねる。

 リクルは顔を壁の図に寄せて注意深く文字を見ると、少し間を空けて首を横に振った。

「いや、無理だね」

「そうか」

 文字が読めないと分かるや否や、イルドは見取り図の中からあるものを探し始めた。各階を結ぶ階段だ。しかし、階段よりももっといいものが見取り図の中にはあった。文字は読めないが、まず間違いないだろう。電気式上下降移動庫、俗にエレベーターと呼ばれる、階段よりも簡単に階層を移動できる施設だ。

 注意して見取り図を見直すと、建物全体の構造がだいぶ把握できた。まず、この建物は10階区切りで成立しており、その二十階分は完全に同じ間取りをしている。間取り図は全部で九枚あり、その内一枚は特殊な階層の一回分が記されていた。単純計算で、この建物は地下20階から141階まである計算になる。よくもまぁ、こんな建物を作ったものだ。

 上る手立てと、全体の構造は把握した。だが、一番知りたかったものが見つからない。すなわち、お宝がありそうな部屋や、特別な施設だ。さすがに、141階全てを調べるわけにもいかない。

 イルドが見取り図を睨みつけて悩んでいると、不意にリクルが受付の中にあるものを指して声を上げた。

「イルド、アレはなんだ?」

「ん?」

 リクルの指差す先を眼で追うと、受付の中で何やら薄い板が光を放っているのが見えた。板は二つ折になっており、持ち上がっている方の板の表面には青い海の中を魚が泳いでいる。

「イルド、なんで陸で魚が、……と言うより、あんな薄い間にどうやって泳い……」

「ナイスだ、リクル!」

「うわっ!」

 心底不思議そうに訊ねるリクルの背中を、大声を上げたイルドが思いっ切り叩いた。叩かれた衝撃で眼鏡が思いっ切りずれ、前のめりになったリクルが非難の眼差しをイルドへ送る。

 イルドはすでに受付を飛び越え、薄い板に齧り付いていた。その眼は好奇心に輝いている。その笑顔を、おもちゃを前にした子供用だった。光り輝いていて、眩しいくらいだ。

「その板が、どうかしたのかい? というか、何なんだ、その板は?」

「超高度電脳盤。洒落た国では、パソコンなんて呼ばれてるもんだよ」

「パソコン?」

「ああ、このうっす~い板の中で、あらゆる計算や機能をこなしてくれる優れもんだ。コイツは、売り込めば高くつくぞ。……って、くそ。ダメだ。コイツは備え付けタイプか。無理に剥がせば壊れちまう」

 イルドは心底悔しそうに板と机の結合部分を睨みつけた。よく見ると、板は机と完全に一体化している。何とか外せないものかとイルドは色々試してはみたが、やっぱり無理だった。

 パソコンの有用性が分からないリクルにとって、なんでイルドがそんなに必死になるのか分からない。

「イルド、そのパソコンていうのは、具体的には何が出来るんだい?」

 興味本位でリクルが訊くと、イルドは「そうだな」とこめかみを指先で掻きながら、改めてパソコンに眼を向ける。イルドが以前見たような打ち込み式入力装置がこのパソコンにはない。おそらく、別の入力方法があるのだろう。

 そのとき、ある人物の姿がイルドの脳裏を掠めた。アイツならば、おそらくこの機械も難なく操ってしまうだろう。古今東西の知識の全てを掌握した魔術師と呼ばれる、アイツならば。イルドの手が、自然と写真のしまってあるポケットの上に被せられる。

「イルド、どうしたんだい。ぼーっとして」

「あっ。あ……いや、なんでもねぇよ」

 リクルの声に、イルドは慌てて答えた。場を取り繕うように曖昧に笑いながら、浮かんできた思いを払拭するように頭を掻き乱す。今アイツのことを思い出しても、どうしようもないのだから。

 イルドは再びパソコンに向かい合うと、試しに魚が泳ぐ画面を指先で触ってみた。途端、画面から魚が消え、代わりに小さなマークが散りばめられた別の画面が映し出される。いつの間にか背後に回っていたリクルが「お~」と感嘆の声を漏らす。驚いたのはイルドも同じだった。どうやらこのパソコンは、直接板を触ることで操作が出来るらしい。

 画面に映し出されたマークの中に見取り図らしきモノを見つけ、イルドはそのマークを指先で押してみた。マークを押すと何やら小さな箱が開き、二つの選択肢が表示される。文字が読めないイルドは、適当に片方の選択肢を選んでみる。

 イルドが選択肢を指先で押した瞬間、突然パソコンから音声が流れてきた。

「○△×◆×E×@KR」

「な、なんだ?」

「何?」

 聞いたことのない言葉に、イルドとリクルが俄かに緊張する。

パソコンの稼働はさらに続いた。突然、両隣りに穴が空き、そこから二本の棒がせり上がる。二本の棒は先端が球体になっており、30センチほど穴から伸びあがった所で先端の球体が発光し始めた。発光は光りの帯のように方向性を持ち、左右から発した光が、パソコンの上で一つになる。

するとどうだろうか。光の中に、今イルド達がいる建物が立体的に映し出されたではないか。

「すげぇ。コイツは、立体投影まで備えてんのか?」

 イルドが再び驚きの声を上げる。以前立ち寄った国でも立体投影の機械はあったが、こんな小規模な物ではない。それこそ、人間一人分はある円柱が12隻も必要な大がかりな物だった。

 どうやら、この滅んだ遺跡の水準は、イルドが予想したさらに上を行くらしい。ますますもって、このパソコンを持ち帰れないことが口惜しくなってきた。いっそ、無理やりにでも切り離してやろうか?

「イルド。ねぇ、イルド」

 リクルが声をかけるが、イルドはぶつぶつとパソコンを無理やり引っぺがす算段を考えるばかりで反応しない。

「仕方ないなぁ、もう」

 呆れながらもどこか楽しげなリクルは、ふと立体的に映し出された建物に指先を伸ばしてみた。触れてみるが、やはりそれは虚像らしく感触は無い。

 なんだと、すこし拍子の抜けた声を漏らすリクル。

すると次の瞬間、リクルが触れた階層だけが淡く輝きだし、まるで輪切りにされたように円柱の間から飛び出してきた。飛び出した階層は、さらに空中で立体的な内装を映しだす。

「え、あ、ええ?」

 戸惑うリクルの隣で、イルドは「なるほど、そうやって使うのか!」と、指を鳴らした。

「ちょっと、リクル代われ」

「うわっ!」

 イルドがリクルの襟を掴んで、後方に引き下げる。「イルド、乱暴だよ」とリクルは剣呑な目つきで不平を漏らす。イルドは聞こえていないのか一心不乱に立体映像の輪切りを次々と取り出し始めた。

 十数個目の輪切りを取り出した所で、イルドの口が不敵な弧を描く。

「ここだな。見つけたぞ、リクル」

 テンションの高い声を上げるイルドに、リクルはやれやれと乱れた襟を整えながら、はじき出された輪切りを覗き込んだ。そこは一階層の丸々が一つの大きな部屋らしい。壁に沿って棚が並び、中央には机と椅子がひと組と、イルドが今いじっているパソコンのようなものが備え付けられていた。

「この部屋は?」

「中央指令室、それか情報集計室ってとこだな。階層は、この建物のど真ん中。研究の情報を集めて、情報を整理・発信するにはうってつけだろ。ここにあるパソコンなら、もっといい情報が引き出せる。ほら、行くぞ」

 場所が分かるや否や、イルドはわき目もふらず先ほど調べたエレベーターの方向へと走り出した。リクルが慌てて追いかけると、イルドはすでに降りてきたエレベーターに乗り込んでいる。

 イルドがボタンを操作すると、エレベーターは音もなく、しかし高速度で上昇を始めた。上部にある電子盤に現在の階がめまぐるしい速度で表示される。

 目的の階に到着すると、ピンポーンと軽い音を立てて扉が開いた。部屋の壁と言う壁を本棚で埋め尽くした異様な部屋が、イルド達を迎え入れる。

「あれだな」

 本の牢獄の中にぽつんと置かれた机へ向かって歩き出すイルド。そのとき、足下でカチャンという乾いた金属音が響いた。靴の裏が、踏みつけた何かにより不自然に押し上げられる。

「ん? なんだ?」

 足を持ち上げ、床に落ちていたモノを拾い上げるイルド。鳥の羽を象ったイヤリングだ。しかも、まだ真新しい。

 なぜこんなところに?

 イヤリングを見ながら首を傾げたイルド。

 その隣からイヤリングを覗き込んだリクルが、「イルドっ、それちょっと見せてっ!」と慌てた声を上げ、イルドの手からイヤリングをひったくった。

「うおっ! なんだよ、リクル。どうしたんだ?」

 イルドが声をかけるが、サクルは茫然自失といった様子で反応せず、じっとイヤリングを凝視している。

「これ……」

 リクルは、自分でも信じられないと言う疑問に満ちた声で、しかし確信を持って呟いた。

「アロエルの、アロエルのイヤリングだ」

「アロエルって、旅に出たリクルの親友だったな。間違いないのか?」

「うん。間違いない。だってこれは、僕とシェイナが贈ったものだからね」

 リクルが手に持ったイヤリングを握りしめる。だが、分からない。アロエルがここに来たとすれば、どうやってあの断崖を渡ってきたのだろうか? アレを渡るなんて、それこそ空を飛べなければ無理な話だ。

 イルドがあれこれと憶測していると、リクルが先んじて部屋の中央に置かれた机に駆け寄っていった。こちらのパソコンは、エントランスに置かれていたものと違って稼働していない。

 機械に関しては、まったく知識のないリクルだ。パソコンの起動方法など分かるはずもない。分かるはずもないが、リクルは入念にパソコンを観察することで、その側面に小さなスイッチがあることに気が付いた。スイッチを押してみると、低い唸りを上げてパソコンが起ちあがる。

 その手際を後ろから見ていたイルドが、「ひゅー」っと口笛を吹いて称賛した。物怖じしない性格と、この観察力。そして実行力。

「リクル、お前とならコンビを組んでもいいぞ」

「それは止めとくよ。こっちのセンスまで疑われそうだからね」

 こんな時でも皮肉を忘れないリクルに、イルドが笑いながら「クソッ」と悪態を付く。

 イルドはパソコン操作の方をリクルに任せ、自分は棚の資料を調べることにした。適当に引き抜いて、パラパラと目を通してみる。どうやらここは主に、生命のバイオテクノロジーを研究する施設だったようだ。文字は読めないが、化学式と図式、挿入された絵を見れば、そのくらいの想像はつく。

 トレジャーハンターのハントには、主に二つの目的があるといえる。ひとつは、完全な自分の趣味のお宝を集めるためのレンジャーハンティング。そして、もう一つは商業の取引に使える、ようは旅の資金になる宝を集める、トレードハンティングだ。

 科学的な知識に興味のないイルドだが、これだけの情報は大国の研究機関に持って行けばそれなりの額で取引できる。イルドは今の懐具合を思い出してみた。とりあえず、町に出れば三日で宿から追い出されるだろう。トレードできる品が今は手元にないイルドにとって、ここは宝の山だった。

 断片的な資料よりは、研究著書の方が普遍的価値は高い。イルドは、取り出すものをファイル類から、研究本に切り替える。

 取引に使えそうな本が、一冊、二冊と見つかり、三冊目を探して始めた所で突然リクルの声が上がった。

「イルドっ!」

「ん、どうした。リクル」

 手にしていた本を棚に戻し、イルドが部屋の中央の方を振り返る。眼に飛び込んできた光景に、イルドは思わず「うおっ!」と驚きの声を上げた、リクルが操っているパソコンからは、幾つもの画面が空中に投影され、さながら魔方陣のような様を呈している。

「イルドッ!」

 再びリクルの声が部屋の中に響く。そこでようやく、イルドはリクルが焦っているのだと気が付いた。声にいつもの余裕がなく、緊張の色が濃い。

「どうしたってんだよ?」

 売れそうな本を小脇に抱え、イルドがリクルの元へと走り寄る。リクルは空中に映し出された画面の一つを、射抜くような鋭い視線で凝視していた。

 投影された画面は、ある映像を映していた。煙が上がる家々と、逃げ惑う人々。踏みにじられた花壇と、武器を手に暴力を振るう野盗。幾人かの男たちは自らも武器を取り応戦しているが、野盗はなぜか頭を割られてもすぐに立ち上がり、再び猛威を振るっている。

 なんだこれは。この遺跡の歴史だろうか?

 イルドは見た瞬間に推測したが、荒らされている町並みは、この遺跡のものよりも明らかに古い。けれど、これは過去の映像などではなかった。

 女性が一人、野盗に捕まった。髪を掴まれ、地面に押し倒される。その悔しそうに野盗を睨みつけるその顔に。イルドは見覚えがあった。昨日、あのゆりかごから産まれた新しい村の住人。ミロだ!

 これは歴史なんかじゃない。今のセケェーダ村の映像だ。

「リクル、いくぞっ!」

 本を投げ捨てるイルドの声が、部屋の中に木霊した。




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