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新古事記  作者: 安楽樹
二章
11/11

ー 大都 ー


「おい、嬢ちゃん?こんなとこで寝てたら風邪ひくぞ?」

(……ん?)


双葉は、見知らぬ声で起こされた。……何だか頭が重く、体も昼寝をし過ぎた後のようにだるかった。


「あれ?私……」


太陽の光が目に飛び込んできて、あまりの眩しさに手を翳す。声を掛けてきた人は逆光になって見えないが、そのシルエットにはどこか違和感があった。

周囲には壁が見える。どうやら、どこかの路地で寝ていたらしい。……ふるふると頭を振りながら、双葉は頭の中を整理する。……確か……。


「大丈夫かい?気分が悪いなら、薬屋でも呼んでくるぞ?」

「あ……いえ、大丈夫です」

「そうかい。そりゃ良かった」


目の前の人は、様子のおかしい双葉を見て、体調でも悪いのかと思ったらしい。気遣ってくれた声に対して、そう反射的に双葉は返事をした。……段々記憶が戻ってくる。


(……そうだ、確か蔵の掃除をしてて……ん?)


ふと気が付いて見渡してみた周囲の様子は、明らかに双葉の見知らぬ風景だった。雰囲気はあの凪之原とよく似ていたが、しかし何かが違う。何か……おかしい。

そこにはコンクリートが無く、全てが木の壁だった。アスファルトの道路はどこにも無く、土の地面が伸びていた。そして上を見ても電信柱や電線は無く、抜けるような青空のみが広がっている。


(ここどこだろう?凪之原にこんな所あったかな?……相当田舎みたいだけど……)

「あの、ここは……?」


と、聞きかけて、双葉は絶句する。なぜなら……。


「ん?嬢ちゃん知らないのかい?ここは皆社みなしろの町さ」


そう答えた男は、滅多に見ないような髪形をしていた。双葉はそれを、TVの中でのみでしか見たことがない。……何と彼の頭の上には、立派なちょんまげが乗っていた。

勿論、どう見ても力士などには見えない。更に、服装も何だか時代を感じさせるような見慣れない格好だった。双葉の知る限りそんな服は、時代劇ぐらいでしか見たことが無い。使い込んだ半纏と法被を合わせたような和服。……彼女を起こしてくれた人物はまるで、その時代劇で言うならば、町人のような格好をしていたのだ。


そんな双葉の驚きも知らず、にこやかに話し掛けている男は多分、五十歳ぐらいだろうか。少し汚れた和風の半ズボンに足袋を履き、人の良さそうな笑みを浮かべている。どうやら彼は、自分の格好には寸分の疑問も感じていないようだ。


「あの……その格好……」

「これかい?和服ってんだ。みんな着てただろ?……嬢ちゃん、倭人に見えるけんどなぁ。変な格好しとるし……嬢ちゃんの国には無いんかい?」


全く意味が通じていなかった。和服ぐらいは知っている。……聞きたいのは、どうしてそれを着ているのかっていう事なのに。それに、その髪型は……。


「あ、そうじゃなくて!」

「おーい、何やってんだーっ!もう行くぞーっ!」


双葉が質問をしかけた時、先の方から大きい声が聞こえてきた。その声に、目の前の男は振り向く。……思わず双葉もそちらを見た。


「あぁ、旦那様がお呼びだ。それじゃあ嬢ちゃん、気を付けてな。……今行きますだーっ!」


その先を見て、双葉はもう一度驚く事になる。……そこには、今の男性と同じような格好をした人達がたくさんいたのだ。荷馬車らしき物を囲んで、四、五人の男達がこっちを見ていた。服装は声を掛けてきた人とは少し違い、もうちょっと上質な感じの服を着ていた。……勿論和服だったが。そしてやっぱり、……誰もがちょんまげをしている。


「な、何なのこれ……?」


双葉は相当混乱していた。蔵は……?家は……?と、ともかく、ここはどこだか確かめないと。


(……もしかして、日光江戸村とか……?)


チラッとそんな事を考えたりもしたが、その考えは、双葉自身全く信じていなかった。一体どうなっているのかは判らないが、何か異常な事態が起きている事だけは確かだ。


『不自然さがなさすぎる』。


簡潔に言えば、このような事を双葉は肌で感じていたのだった。ともかく、ここにいたって何も始まらない。確かめてみないと。……そう思って双葉が立ち上がった時、何かが足に当たった。それを見た双葉は再び驚く事になった。それは、彼女が蔵の掃除をしていた時に見つけた、あの弓の包みだった。

この柄、この大きさ……間違いない。そっと包みを開けてみて見ると、外見とは相違なく、その中には少々古めかしい弓が収まっていた。


(何でこれが……?)


周囲を見回してみたが、双葉が着ている洋服とエプロン以外に、彼女に見覚えのある物は何も無いようだった。とすると、この弓だけ……?

……しばらく迷ったが、双葉はこの弓を持っていく事にした。……こんな物を持っていては危険人物と思われるかもしれないが、ここがどこだか判らない以上、自分の身を守る方が大事だと双葉は思った。それに、やっぱり幼い頃から慣れ親しんできた物が側にあると不思議と心強い。


(ん……?)


弓を手に持ってみると、さすがに時代物の長弓だけあって、若干重く感じられた。しかし、思ったほどではない。これ位の重さならば充分に使えそうだった。軽く動かしてみながら、もう一度包みを確かめていると、双葉はそこに何か刺繍がしてある事に気付いた。


「……『凪』……?」

(こんな物がうちに有ったんだ……)


かなり古ぼけてはいたが、辛うじてそう読む事ができた。中の弓はかなり良さそうな質だったが、包みは相当古くなっていた。これだけを見ても、結構な年代物だと思われる。


(……年代といえば、ちょうどさっきの人達ぐらいのような……)


あの江戸時代みたいな格好をした人達は一体何なのだろう?ここは一体どこだというのだろうか?……いや、一体いつだというのだろう?双葉がそう思ったのは、あまりにも周囲の建物や風景が見慣れないものばかりだからであった。

先程はどこかの田舎かとも思ったが、良く見てみると何かがおかしい。今時木造住宅だというのはまだ納得できるが、さすがに米俵のような物は置いてないだろう。この雑然とした狭い路地裏に置いてあるのは、全て双葉には見たことが無い物だらけだった。

彼女は持っている長弓をもう一度確かめる。彼女のうちが随分と昔から伝わる、由緒正しい家柄だとは聞いていたが、家にこんな立派な弓があるとは聞いた事が無かった。これを見る限り、きっと凪というのがこの長弓の銘なのだろうと双葉は思った。


「……よろしくね、凪」


双葉はそう呟くと、凪と名付けたその弓を抱え込むようにして、歩き始めた。この路地裏を出た先は、どうやら大通りとなっているらしく、賑やかな喧騒が聞こえてくる。……その事に双葉は、好奇心と共に若干の怖さも感じた。一体そこは何が広がっているのだろうか?意を決して、双葉は歩を進めた。


「ぇ~い、らっしゃ~いっ!今日は秋刀魚が安くなってるよ~お買い得だよ~っ!」

「野菜~、新鮮な野菜はいらんかね~?」


あちこちから商店の客引きの威勢の良い掛け声が聞こえる。その声は双葉もよく耳にした声だった。よく買い物に行く凪之原の商店街も、こんな活気のいい通りだった。……が。そこにはあの懐かしい凪之原とは全く違う世界が広がっていた。いや、それどころか双葉の知っている世界とは全く違う世界がそこにあった。

目に付く男性は全てまげを結っている。逆に女性は髪を下に流さずに、上と後ろのあたりで仰々しく髪をまとめている。さらに、その誰もが着物を着ているのだ。……それは男性も同じで、皆さっきと同じ人のような半纏姿か、時にはきちんとした袴姿の人も見かけた。


あまりに現実離れした光景に、双葉は思わずそれらの人々をじろじろと見てしまったが、それ以上に双葉の方がじろじろと見られていた。確かに、そこには誰一人として、双葉のようにセーターを着てジーンズを穿いている人などいなかったし、髪を下ろしている女性もいなかった。それに加え、エプロンを着けて長弓の大きな包みを持っている人はどこを探しても見当たらなかった。


「何よ……これ……」


この不可思議な出来事を双葉はようやく認識し、眩暈を起こしそうになった。一体何がどうなっているのか?自分はただ古い蔵の掃除をしていただけだったのに。あまりにも見慣れない景色に、双葉は好奇心よりも心細さが先に立った。あれだけ出たいと願っていた家なのに、やはり全く見知らぬ場所へ来てみれば、すぐに頭に浮かぶのは家族の顔と親しんだ家なのだった。


「一葉……、お父さん……」


心細さは呟きとなって外へ出た。だがそれに答えてくれる者はどこにもなく、昼下がりの町の喧騒が、無慈悲なほどに双葉の呟きを掻き消した。


しばらくの間、双葉は大通りを歩いた。結構大きな町らしく、あちこち歩いてもその賑やかさは薄れる事は無かった。体感時間では、約二、三時間は歩いたのではないだろうか。双葉の足には疲労が溜まり、道の端に座り込んで休んでいる所だった。

結局どこを歩いても、時代錯誤な風景は変わることなく、期待していたような観光案内や土産物屋といった物も無かった。最初は全く現実味の無かった双葉だが、しばらく歩くに連れ、自らの身に起こった怪奇現象をようやく理解し始めてきていた。そしてそれと同時に、大きすぎる絶望感がじわりじわりと心を包んでいくのだった。さっきまで歩いていた双葉に対して声を掛けてくる者は誰一人としていなく、唯一商店の店先にいる呼び込みの威勢のいい掛け声だけに何度か呼び止められた。


それらの声を双葉は無視し、先を急ぐように足を速めた。道行く人がみんな自分を見ているようで、恥ずかしかった。そして実際に、数多くの人が双葉の格好を物珍しげに見ているのに双葉は気付いていた。ただその中の誰一人として声を掛けてくる者はおらず、また双葉も見知らぬ人たちに積極的に話し掛けられるような勇気を持ち合わせてはいなかった。ましてや、こんな自分の全く知らない世界であれば尚更だった……。


「はぁ……」

(一体どうしたらいいんだろ……?)


夕暮れも過ぎ、人通りの少なくなってきた商店街の片隅でうずくまりながら、双葉は途方に暮れていた。

現在の気持ちを言葉にしてみればそんな感情だったが、彼女が感じている不安や恐怖は、もっと大きく、もっと混沌とした物だった。まるで先行きが見えない。お先真っ暗、とは正にこういう事を言うんだと思った。しかし、そんな気楽そうな考えが浮かんでも、何の慰めにもならない。双葉はちっとも楽観的な気分にはなれず、口から出てくるのはただため息ばかりだった。


歩き出してから、双葉は大通りを進んでみたり、路地裏を抜けてみたり、少し小高い丘に登ってみたりした。しかし結局何の手がかりも掴めず、状況は何も変わらなかった。判った事と言えば、この町は結構大きな町で少し遠くに城が見えた事と、やっぱりどこにも現代の建物や人間はいない、と言う事だけだった。


双葉は考えた末、もし何かの手掛かりがあるのなら、最初にいた所だろうと思い、元の所に戻ってきたのだった。幸い、道順はうろ覚えだったものの、中々に目立つ通りだったようで、少し迷っただけで戻ってくる事ができた。ただ既にもう、最初に双葉が倒れていた路地裏までは全く判らなかった。


幾つ目かの角で、双葉はとうとう体力の限界と緊張の糸が切れて座り込んだ。慣れない町を歩き通し、段々と持っている弓がより一層重く感じられる。いっそのこと、こんな物など捨てるか売ってしまおうかと考えたりもしたが、唯一同郷の知り合いでもあるこの弓を手放す事には、やはり抵抗を覚えた。

それはあまりに心細い今の状況と、唯一の元の世界に帰る手掛かりと言ってもいいのがこの凪という銘の長弓だったからだ。最終的には、何度も杖のように使いたくなり、その衝動を必死で堪えながら、今もしっかりと両手で抱きしめていた。


「……おい、どうしてくれるんだよぉ……」


物言わぬ弓に向かって、双葉は一人呟く。疲れと不安で泣きそうになっていた。……足が張っていて、痛い。ずっと緊張していたようで、全身が重い。そろそろ日が沈みかけていて、段々と肌寒くなってきていた。


「寒っ……」


思わず両手で体をこする。摩擦の熱でほんの少しだけ暖まった。まるでマッチ売りの少女のようだと双葉は思った。


(私もこのまま死んじゃうのかな……?)


マッチ売りの少女は、最後に幸せな夢を見て死んでいく。しかし自分はマッチ一本すら持っていない。その火の中に暖かい夢を見ることはできない。無性に寂しくなり、目が潤んできた双葉は、凪を抱く両手に力を込めた。


(……暖かい……)


不思議と、そんな気がした。抱きしめた弓は、まるで人肌に近いほど暖かい。驚いた双葉はまじまじと凪を見つめたが、見た感じには何の変化も起きていない。


(……ずっと持ってたからかな)


きっと気のせいだと思い、双葉は顔を上げた。何だか、暗い気分は消えてしまった。元々、双葉は気分の移り変わりが激しかったが、それ故立ち直りも早かった。

とにかく、まずは今日寝る所を探そう。お腹が減ってるし、食べ物も探さなくてはならない。彼女が立ち上がったときには既に、さっきまでの落ち込んだ表情は消えていた。またしっかりと凪を抱えて歩き出す。


カツッ。


その拍子に、弓の先端が何かに当たった。


「おい、待ちな」

「……」

「待てって言ってんだろ、姉ちゃん」


ドスが聞いた声で話しかけられ、一瞬彼女は自分が呼びかけられているとは気付かなかった。その後、もう一度おい、と声を掛けられて初めて双葉は振り返る。


「……え、えっ?」

「おい、変な格好した姉ちゃんよぉ。武士の魂とも言える刀に鞘当てしてくれるとはいい度胸じゃねえか」

「えっ!?あ、……あの、ごめんなさい……」


そこには、和服をだらしなく着崩した三人の男がいた。煙草のようなパイプをふかし、眉間に皺を寄せた顔で睨みを効かせてくる真ん中の男と、少し後ろに控えているチビとのっぽの男。チビの方が大声を挙げる。


「ごめんなさいじゃねぇよオイ!兄貴は今、気が触れて……じゃない、気が立ってんだよ!気安く触れてんじゃねぇよ!」

「まあまあハチ、ご婦人をそんなにおどかすんじゃねえよ。……俺もそんな鬼じゃあるめえし、いくら武士の魂を傷つけられたと言っても、命まで取ろうって筈が無え」

「さっすが兄貴、男の中の男だねぇ!」

「……」


ハチ、と呼ばれた男と兄貴と呼ばれた男の掛け合いを唖然として見ている双葉。のっぽの方はただぼーっとしたままその様子を眺めている。周囲の人々も、何だか心無しか同情したような表情で彼女の方を見ている。

呆気にとられている双葉に対して、兄貴がジロジロと視線をぶつけた後、語りかけてきた。


「……その、でっけぇ包みで勘弁してやらぁ」

「……」

「な、何、そんなでっけぇモン、姉ちゃんには似合わねぇ。……どうせ弓か何かなんだろう?だったら、俺がそいつをもっと役立ててやるって言ってんだよ」


双葉は最初、何を言っているのかよく分からなかった。だが、彼らの視線の先を見ているうちに、ようやく男たちの目的が理解できてきた。要するに……難癖を付けて、彼女の持っている弓を頂こうということらしい。

何だかよく分からない場所に飛ばされたと思ったら、いつの間にか何だかよく分からない人たちに絡まれて、双葉は次第に泣きそうになってきた。


「おい、何とか言ったらどうでぃ!」

「あ、……あの……」


一体自分が何をしたのかと。妹に対してちょっとした意地悪をしようとしたバチが当たったのかと、頭の中がグルグルとゴチャゴチャになりかけた時、路地裏から人影が飛び出してくるのが見えた。


「おいっ、てめえらっ!」


……冗談ではなく、双葉にはその声がピンチの時に駆けつけてくれる、正義の味方のように聞こえたのだ。


申し訳ありませんが、この作品は打ち切りにさせて頂きました。

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