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俺の自作黒歴史カードゲームが、まさか潰されそうなキミの逃げ場になるなんて【後篇開始】  作者: とむ
後篇

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39/45

39.山札から1枚、好きなカードを手札に加える



 例年よりも早い紅葉がとっくに終わりを迎え、澱みはじめたプールの水面で灰色のモミジの葉がいくつか、くるくると踊るように浮かんでいた。


 水と塩素の香りが未だ色濃く残る、プールの更衣室の中。

 教室のものより年季の入った一本の蛍光灯が、壁際のロッカーやコンクリート床に敷き詰められた木のスノコ、そしてスノコにべったりと腰を下ろした海風と俺の二人を、平坦に照らし出している。


 陽の沈みが早くなって、キンと冷やされた外気がどこかしらから吹き込んでいるらしく、スノコによって床から切り離されていた身体がとうとう芯から冷え始めた。


 数枚の手札が海風に見られないよう気を付けながら、おおげさに鼻をすすってみせる。



 このやたらと広い空間で、俺と海風は身を寄り添わせ――ることなく、向かい合ってのデュエルと洒落込んでいた。



「行きます! えっと、“むりょうたいすう創世神 ……こ、こうこうさ?”」

「……恒河沙ごうがしゃだよ」


「そっかぁ、なるほど……“ごうがしゃ”を召喚! えっと、室井……じゃなくて、しの、しの……」

「……忍だよ」


「そ、それは分かってる! えと……し、忍くんの手札をすべて墓地に置きます!」



 海風――改めかなえは小恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうな表情で、2ターン目にして俺から約99パーセントの勝ち目を刈り取っていった。



「ねぇ、海風……」

「む。忍くんも……ちゃんと名前で呼んでよ」


「そ、そうだった。ねぇ、叶……」

「……ん」



 叶は満足げに、でも静かに一言だけ零して、俺のドローの様子をじっと見つめている。


 肌の色が少しだけ白に近づいているのかもしれない。

 時おり染まる彼女の頬が、より赤く見えた気がした。



「やっぱり俺、ここに居るのは不味いんじゃ……」

「え、なんで? 外は寒いんだし、中の方がいいじゃん」



 海風はあっけらかんとした口調でそう言うが、やっぱりどうしてもソワソワしてしまう。

 なぜならここが、他ならない女子更衣室だからだ。


 たしかに、ここは別にいい香りがするわけでもないし、彼女たち水泳部の陸上練習も今日は終わっているので、誰かの着替えが残されているわけでもない。

 部員が戻ってくる用事もほぼないだろう。


 それでも、俺にとってはこの空間が、どこか聖域めいた別世界のように思えてならない。

 そして、そんな聖域に足を踏み入れた俺は――きっと異端者なのだ。

 弾劾されるべき人間なのだ。



 眼前には、厚いダウンジャケットとウインドブレーカーに身を包んだ叶がいる。


 そんな彼女が、ここですべての服を取り払って、あの競泳用水着を足から通して全身に纏う姿を――俺は何度も想像してしまっている。



 罪悪感と胸の高鳴りがいっしょに込み上げてきて、ソワソワして、仕方がない。


 こんなことを考えていたなんて、叶に感付かれてしまったら相当やばい。

 やばいことのはずなのに――少しだけ感付いてほしいと思っている自分自身に、更に嫌気が差してしまう。


 そんな俺の苦しみなど露ほども知らず、叶はキープしていた残り一枚の手札すらも、例のタイツ悪魔で容赦なく毟り取っていった。



「キヒヒッ」



 叶が、今回もいたずらに笑う。

 こんないつもの顔が、俺は好きだ。


 だから、不満はない。

 俺はこんな時間が、いつまでも続けばいいなと思っている。



 俺たちが恋人同士になって、早3か月。

 お互いに下の名前を呼び合うようになったこと以外、進展したものは――未だ何ひとつない。



 ◆



 すっかり暗がりに包まれたプール。

 外灯に照らされた40番の南京錠に、叶が手に持った短い鍵が差し込まれて、すぐにガチャンと音がした。


 この後は、感想を言い合いながら鍵を職員室に返して、彼女を寮の前まで送って、家路につくだけだ。



 限られた仕送りで生活している彼女は、ボドゲカフェやカラオケ、映画館での鑑賞や遊園地といった、お金がかかる遊びにはかなり消極的だった。


 だから今日のような練習終わりの日は当然のこととして、オフの日もあいかわらず公園や学校の敷地内といった場所を選んで、部活のストレスを吐き出してもらいながらエタデモで遊んでいることがほとんどだ。


 せっかく俺がバイトをしているのだからと、時おり奢りでの遊びを提案することもあった。

 しかし……知っての通り、そもそも叶は奢られることを良しとしない性分だ。

 だからそういった提案もやんわりと断られて、結局エタデモに落ち着いてしまう。



 では、肝心のエタデモ環境はというと――



「いやー、2ターン目で手札全部吹き飛ばせちゃうのは……さすがにヤバイよね」



 感想合戦の最初に叶がこう口にしたとき、真っ先に「あぁ、今回もか」と思うようになった。



「ご、ごめん。前弾よりインパクトのある効果にしようと思ったら、どうしてもこうなっちゃって」

「ううん、室……じゃなくて忍くんが謝ることじゃないよ。ただ効果を見た時に、真っ先に今回の使い方を私が思いついちゃっただけで」


「……やっぱり禁止が妥当かなぁ」

「……うん、そうかも」



 このような禁止裁定が下される頻度は、以前よりも格段に増している。

 そのたびに冷静を取り繕いはするものの、やはり落胆はしてしまう。


 自身が生み出したカードに対する感傷は、依然として持ち合わせている。

 しかし、この落胆はどちらかといえば――このクオリティの遊びしか提供してあげられない、叶に対する申し訳なさが勝っていた。



「――あ、でもでも! 今弾の“おにい感”は、全体的にバッチリ出てたよ!」

「“おにい感”……」



 そんな俺の心許ない土台を辛うじて繋ぎ止めていたのは、やはり“おにい感”という未だ謎に包まれた肯定の言葉だった。



「ほら、例えばあの……“滅亡都市に住まいし者”とかさ」

「え……あれ、そんなにヘンだったかな」


「いやだってさ、あんなに何度も滅んでる世界で、滅亡した都市に住んでるってだけでしょ? そんなの最早ただの一般人じゃん……いやぁ、ほんとお腹いたくて最高だったよっ」

「ぐぬぬ……」



 ――正直なところ、この概念に対する理解はまだあまり進んでいなかった。


 どことない小学生っぽさだったり、チープさだったり。

 そういうものだと、なんとなく、やんわりと思ってはいるのだが……やはり確証はない。



「……プッ、ヤバっ。もはや思い出しただけでヤバい……あのよく分からない絵が、妙にフラッシュバックして……プクスッ」



 叶はお腹と口を手で抑え、失礼にも作者本人の前でプルプルと震えだしている。


 まぁどう足掻いても、今の俺が出力できるレベルのカードなんて、だいたいあんなクオリティが関の山だ。

 それがバチっと叶の嗜好にはまっているのであれば、何も問題はないはずだ。



「あーもー、“おにい感”ってなんだよーっ!」



 でも、俺は思わず口に出してしまった。


 この唯一の嗜好が外れてしまったら、エタデモは再び彼女の逃げ道ではなくなってしまう。

 そんな不安が、胸のうちから口に向かって、ゾゾゾと飛び出してしまったのだ。



「……じゃあ、会ってみる?」

「……へ?」



 そんな慟哭を耳にして、叶はぽかんとした顔のまま、白い息を吐きながら俺にそう言った。



「“おにい感”というか――純度100%の、“おにい”本人に……」




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