24.カードを一枚、相手に見えるように公開して手札に加える
「――これは、禁止カードかなぁ」
“蒼天神魔龍オーシャン・ウインド・ドラゴン”を手でヒラヒラとさせながら、海風は「ははは……」と苦笑いを浮かべてそう言った。
つくづく、オソロシー女だと思った。
ここまでさんざん“確定ドラゴンデッキ”で俺のエタデモ環境をめちゃくちゃに破壊してくれた張本人が、エタデモ(と俺の反応)で遊び尽くしてテンションが落ち着いた途端、今度はこういうことを言い出すのだ。
――いや、環境を破壊されたことは、さほど問題じゃない。
この結果は課題として“次に残せる”ものであり、それを克服することが次弾のテーマにも繋がるからだ。
問題なのは、俺の中に生まれた“あのよく分からない気持ち”を、勢いで形にしてしまったカード。
それが――無かったことに、されてしまうことだった。
「い、異議あり!」
「えっ……どうぞ」
「こ、今回のデュエルだけで“それ”を禁止にしちゃうのは、ちょっとばかし性急すぎるんじゃないかなーって……思うんだけど」
「えー、でも室井くん10回やって1回も勝てなかったじゃん! そんなのキミだって楽しくないでしょ?」
彼女の悪気ない残酷な正論と気遣いが、俺の胸をぐさりと突き刺した。
海風、めっちゃ楽しんで俺をぼこぼこにしてたやんけ……。
それに、俺自身もそんな楽しそうな海風の笑顔を見て、ドラゴンに轢き〇されながらなぜか胸がホワホワとしていたことも否めない。
「そんなことない! 俺だって楽しんで……」
「あれで楽しかったの? どの点が?」
「理由は……その、言えないけど……」
「……気を遣わなくてもいいって。嫌だと思ってることを、我慢する必要なんてないんだよ? ね?」
海風はいたって大真面目な表情で、完全にいじめられっ子を諭す先生の風格である。
こんなか弱い室井をいじめた張本人は、いったい誰だ。
「そ、それでも禁止にするのはさすがに早いよ! まず何か対策を考えよう!」
「対策かぁ……うぅん……」
海風は顎を手で触り、目を瞑って「対策……対策……」と呟きながら真剣に考えはじめた。
よかった、ひとまず禁止化は免れられそうだ。
「……あ。はいっ、はーい!」
「はい、どうぞ海風さん」
「次の弾でパワー30000の召喚酔いしないクリーチャーを出せば、後出しで“オーシャン・ウインド・ドラゴン”が倒せるよ!」
「けっきょく切り札が入れ替わるだけじゃんか……ごめん、ナシで」
「そっかぁ。じゃあ……はいはーい!」
「……どうぞ」
「場にいるだけで、相手がクリーチャーを出せなくなるカードを作るとか!」
「想像しただけで地獄だな……ごめん、ナシで」
「えー」とブー垂れる海風をいったん視界の外において、俺も俺で対策を考えてみる。
いったいどうすれば、海か……じゃなくて、このカードを守ることができるだろうか。
東屋の外に目をやると、停滞していた熱気を押しやるように、公園の砂ぼこりがつむじを巻いている。
そして、遠くに見える山には黒い雲がかかり始めていた。
「まぁ、自分が作ったカードが禁止されるのが嫌だっていうのは、よく分かったよ。室井くんと初めて話した時も……それでキミに怒られたし」
「あ、あの時は、その……」
「――でも、今回の“オーシャン・ウインド・ドラゴン”の件は、もっと違う理由があるような……どーもそんな気がするんだよねぇ」
「……へ?」
海風は手に持ったカードのイラストを、指でつっとなぞりながら更に続けた。
「イラストの力の入り方とか、字の整い方とか……いつもは『うおぉ!』って感じなのに、今回はやけに繊細というか……」
「い、いきなりどうしたんだよ」
「室井くん、いつもよりなんか必死だよね。怪しいなぁ」
「……っ」
公園の上空には、だんだんと雲がかかってきていた。
そんな中、海風がいつものじっとりした目で俺を見つめてくる。
身体中から吹き出す汗一つ一つの感触が、いやというほど伝わってくる。
「ねぇ……本当に気になるんだけど、“オーシャン・ウインド・ドラゴン”って、室井くんにとって何か特別なカードなの?」
「う、あ」
「あ、目がすっごい泳いでる。ねぇねぇ、“オーシャン・ウインド・ドラゴン”にはどんな思い入れがあるの?」
「あ、あ……っ」
あーもう!
その名前を何度も口にしないでくれっ。
心臓が爆発しそうだ!
「さ、3時間かけて作ったから……」
ど、どうだ。
前は“創世の悪魔”に2時間かけたって言ったら大爆笑していたから、これで気は逸らせるか。
「……はぁ」
だ、だめだ。
ため息しか返ってこない!
「ちがうよね、室井くん。私が知りたいのはそういうことじゃなくて……」
「あわわ……」
万事休すか――そう思ったとき。
突如として、ひと筋の突風が東屋を抜けた。
「うぉっ」
「わっ!」
そして、机に並べていた幾つかのスリーブ入りカードたち――そして、海風が手にしていた“オーシャン・ウインド・ドラゴン”が一斉に東屋の外へと飛び出していった。
「うわ、やべっ!」
「あわわ、集めよう!」
俺たちはまず机の上の無事だったカードをそそくさと回収し、ふた手に別れて東屋を飛び出した。
こんなものを誰かに持っていかれたら、社会的に終わると思って、とにかく必死だった。
……しかし内心では、どこかホッとしている自分もいた。
この雲行きだと、夕立が来るかもしれない。
集めるものだけ集めたら、今日はさっさと解散してしまおう。
そう思い、俺は公園のそこかしこに散らばったカードを一枚、また一枚と集めていく。
「うわ、なにこれ! 手作りのカードじゃん!」
「えーっ、うわぁ……うわぁ……」
どこかから、子供たちの退っ引きならない大きな声が聞こえてきた。
「なんて書いてんの? おーしゃん、ういんど、ドラゴン??」
「うみ、かぜ……ドラゴンだって、うみかぜドラゴン! あはは、意味わかんねー!」
そして、一番声に出して欲しくなかった言葉を――容赦なく叫び始めた。
「すげー、さすが英語塾かよってるコウスケ!
うみかぜドラゴン……あははは! なんだよそれ!」
「きゃはははっ、絵も下手すぎんだろ! でもスリーブはかっけーな、もらってかえろうかな……」
「泥棒はいーけないんだ! そんなことしたら先生に言っちゃうぞ!」
「う、ウソ、し、しないよそんなこと!それより帰ろうぜ、夕立来そう!」
「だなー。いくぜ、うーみかーぜドーラゴン! うーみかーぜドーラゴン!」
「うーみかーぜドーラゴン! うーみかーぜドーラゴン!」
メンコのように投げ捨てられた、“オーシャン・ウインド・ドラゴン”。
自転車の速さで少しずつ遠退いていく、この世の終わりのようなドラゴンコール。
カードを回収した後、俺は少しの間立ち尽くしていた。
そして、ふと海風のことを思い出して、周囲を見回す。
「あっ」
「あ……」
彼女は――すぐ後ろに立っていた。




