22.このターン、クリーチャーのパワーを-10000する
燦々と照りつける太陽。
暑さを忘れた若々しい歓声。
夏の風に乗って来たのは、焼きそばソースと僅かな塩素の香り。
そして、カナヅチの俺をよりによってプールに誘った、野郎ふたりの声だった。
「しのぶーっ、お前もこっちこいよー!」
「幼児プールなら大丈夫だろー!」
信じがたいことに、西垣もきょーやも決してからかいの気持ちではなく、本当に良かれと思って俺を幼児プールに誘おうとしているんだ。
気が進まないながらも、今日の誘いを断ることができなかったのは……まぁ二人がそんな良い奴らだからだ。
俺は笑顔のまま、手でバッテンを作った。
「なんだよー、俺たちだけで行っちゃうぞー!」
「西垣、女群探知レーダーに感あり! 流れるプールに水着の群れだ、忍は置いていけ!」
「くそ、なんてこった! 忍……すまない!」
キモすぎる言葉と、俺を残して立ち去るあいつらを見送って、俺はプールサイドのベンチでただボーっとしていた。
まったく……夏といえばプールなんて、いったい誰が言い出したんだ。
俺たちはそのせいで、ずっと“エタデモ”ができずにいるんだぞ。
夏休みに入ったことで、はじめは海風と会う時間をもっとたくさん作れるようになると思っていた。
だが、現実は逆だった。
海風は自由形リレーでインターハイに進出することができたのだが、それによって夏休み中、彼女の大半の時間が練習に費やされていた。
当然授業もないので、学校で自然と会うこともない。
自分から会いに行けば……と思いもしたが、授業もないのに“わざわざ”学校に行った感がでることに、俺の矮小なプライドが反応してできずにいた。
「きゃははっ」
「つめたいよ~っ、あははっ」
西垣もきょーやも、そんな俺の心境なんて知るよしもなく、ひたすらに夏を満喫している。
別に追いかけに行かなくても、そこらを見回せば女の子なんて、たくさんいるだろうに。
皆フリルのついたカラフルなタンキニや、流行りの韓国風の水着なんかを着て、無邪気に飛沫を上げて楽しんでいる。
「……」
海風に後ろから抱きしめられた時のことが、未だに頭から離れない。
体温、鼓動、そして感触。
海風のぜんぶが、直に伝わってきた。
だから、かもしれない。
俺は皆が好んでいる流行りのフワフワな水着なんかより、海風の着ていたような競泳水着の方が――
「……うわぁ……」
あまりの自分のキモさに、俺は一人顔を手で覆った。
そしてまもなく、プラスチックベンチに置いていた防水ケース入りのスマホが震え、ブブブと音を立てた。
顔の手をほどいて、スマホを覗く。
メッセージ画面には――“かーな”という文字が見えた。
「ご、ごめんなさいっ!」
思わず飛び出した叫びに、周囲ではしゃいでいた複数グループの女の子たちが凍りついた。
胸がずんと苦しくなりながらも、俺は慌ただしく揺れる視野でなんとかスマホを再び捉えた。
『エタデモ禁断症状です! 次の日曜会えるかな? 12:14』
その一文を見て、俺は即座に返信を打った。
そして、「やっぱり暑いな」と一人ごちて――俺はゆっくりと幼児プールに向かって歩き出した。
◆
時は流れ、迎えた日曜日。
夏休みの子供達すら遊ぼうとしない、陽炎揺らぐ公園の東屋の中。
自転車で颯爽と現れた海風は、制服姿だった。
「お、おひさ~……」
その第一声は、なんだか詰まっていた。
「お、おぉう、久しぶり……」
そして、言葉を詰まらせてしまったのは――俺も同じだった。
「ごめんね、待たせちゃって。服選……じゃなかった、ちょっと用事に時間かかっちゃって」
「ううん、待ってない。俺も……ついさっき来たところ」
海風は「そっか」と呟きながら、カゴに入れていた紙袋を手に、自転車を降りた。
そして、東屋のベンチをうっすら覆っていた砂を手で払い、そしてプリーツスカートを押さえながら腰をかけようとしている。
俺が咄嗟に目を逸らした先には、公園の前にあるコンビニで購入した、ふたり分のアイスキャンデーが入ったビニール袋があった。
危ない危ない、忘れるところだった。
「海風、ソーダとマンゴー……どっちがいい?」
「え、私の分もあるの? そんな、悪いよ。いつもカード作ってもらってるのに……」
「いいって。ほら、どっちが……」
袋から取り出したアイスキャンデーだったものの外装の底にたまった液体が、タプンと揺れた。
「あ……」
「……ありがとう、室井くん!熱中症対策、大事だからね! 私もこれ……はい」
海風が紙袋から取り出したのは、聞いたことのないメーカー名と共に、「スポーツドリンク」という名前がストレートに書かれたペットボトル飲料だった。
「……ありがとう」
渡されたペットボトルは、少し冷えていた。
てっきり、いつもみたいに笑い飛ばされると思ったのに……なんだか気を遣われてしまった。
「いやぁ、それにしても暑いねぇ……」
「……そ、そうだな……」
「……」
「……」
「……」
「あ、カード……出すよ」
結局いたたまれなくなった俺は、“お守り”に手を伸ばしてしまった。
スリーブに入った“第4弾”のカードを東屋の木の机の上に並べると、海風はそのいくつかを手に取り、次第に目を輝かせ始めた。
「……ぷっ……そうそう、これこそが“おにい感”そのもの……ぷくくっ!」
海風はいったい、“どれ”を見て吹き出しているんだろう。
「あははっ、さすが室井くん! スランプもすっかり解消されたねっ、今回すごくグッドな“おにい感”だよ!」
すっかりいつものゲラを取り戻した彼女の姿を見て、俺は不覚にも安堵した。
「あ、ありがとう……めっちゃ元気でたよ! それじゃ、デッキ作ってみよっか」
「お、おう」
でも、なぜか納得はできなかった。
未だによく分かっていない、海風が口にしている“おにい感”という指標に――俺はデュエル前から敗北を喫した気分だった。




