第六十三話:母の卒業、救世主の帰還
世界の心臓部から溢れ出した白銀の光が、王都シュトラールの空を虹色に染め上げた。
無機質な警告文も、白紙化の絶望も、すべてが「不確かな自由」という名の新しい風に吹き飛ばされていく。
瓦礫の山となった祭壇の上。私は、実体を取り戻した母アイリスを、その確かな体温を、全身で抱きしめていた。
「……終わったのね、レイ。……本当に、貴方は……私の想像を遥かに超えてしまったわ」
アイリスが、私の胸に顔を埋め、静かに涙を零した。
二十年間。彼女を縛り、世界を繋ぎ止めていた「反転」の呪縛は、今やレイの『無限反転』によって、温かな「絆」へと書き換えられている。
「……母さん。……もう、独りで戦わなくていいんだ。……帰ろう、俺たちの家に」
「ええ。……そうね。……でも、その前に」
アイリスが私の腕を離れ、背後で立ち尽くしていた六人のヒロインたちの前へと、ゆっくりと歩み寄った。
ルナ、リタ、ガオ、セレナ、フィオナ、そしてヴィクトリア。
彼女たちは、ボロボロになりながらも、その瞳に決して消えない勝利の光を宿している。
「……貴女たち。……レイを、……私の最高傑作を、……最後まで信じてくれてありがとう」
アイリスが、深々と頭を下げた。
最強の姑が見せた、初めての「一人の母親」としての、剥き出しの感謝。
「……私は、この子を救うために世界を裏切ったわ。……でも、この子に『世界を愛する理由』を教えたのは、……私じゃなくて、貴女たちだったのね」
アイリスの身体から、かつての刺すような威圧感が消え、聖母のような柔らかな光が溢れ出す。
彼女の中に残っていた「神の残り香(楔)」が、役目を終えて空へと昇華されていく。
「……母さん!? ……身体が、……透けて……っ!」
「あはは! 心配しないで、レイ。……『楔』としての私は、ここで終わり。……これからは、……ただの、……ちょっと口うるさくて、若作りな母親に戻るだけよ」
アイリスが私の頬を、愛おしそうに撫でた。
「……卒業よ、レイ。……もう、私の『お釣り(未練)』は必要ないわ。……貴方は、貴方の選んだ彼女たちと、……新しい神話を描いていきなさい」
白銀の粒子がアイリスを包み込み、彼女の実体は、より「人間らしい」温もりを帯びた姿へと固定された。
システムに縛られていた「不老不死」を捨て、彼女もまた、レイと同じ「流れる時間」の中へと戻ってきたのだ。
◇
王都シュトラールへの凱旋。
それは、歴史上のどんな英雄の帰還よりも、騒がしく、そして温かなものだった。
「レイ様! 万歳!!」「反転の王に、永遠の栄光あれ!!」
数万の民衆が、色とりどりの花を撒き散らし、救世主の名を叫ぶ。
私は、五人のヒロイン、そして騎士ヴィクトリアと母アイリスを引き連れ、王都の大通りを歩んだ。
「……ふぅ。……やっと、……ゆっくり眠れそうですわ」
リタが、私の腕に縋るようにして溜息をつく。
「旦那! 明日からは、……アタイが旦那の目覚まし代わりだぜ!」
ガオが尻尾をブンブンと振り回し、民衆に誇らしげに咆哮を上げる。
「……主様。……お疲れ様。……今夜は、……離さない」
ルナが、私の服の裾を強く握りしめ、静かに独占の勝利を宣言した。
私は、隣を歩くアイリスを見た。
彼女は、民衆の歓声を受けながら、どこか誇らしげに、そして……早くも「姑」としての鋭い視線をヒロインたちに向けていた。
「……レイ。世界は救ったけれど、……貴方の『私生活の管理』は、……まだまだこれからよ? ……さあ、凱旋パレードが終わったら、……第一回・救世主の嫁会議(地獄の査定)を始めるわよ!」
「……ああ、……やっぱり、救世主ってのは……休ませてもらえないらしいな」
私は苦笑いしながら、新しい世界の眩しい光の中へと、最後の一歩を踏み出した。
反転者の物語――
救世主としての戦いは終わった。
だが、最強の嫁(候補)たちと、一歩も引かない姑。
レイを巡る「愛の最終戦争」が、最終回前夜の王都で、かつてない熱量を持って勃発しようとしていた。




