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第六話:灰の中から生まれた聖遺物

 視界が、黄金の粒子で埋め尽くされていた。


 これまで、私の指先が触れるものはすべて、腐った泥か、崩れる砂へと変わっていた。

 愛した花も、大切にしていた本も、温かい食事も。私が触れた瞬間に命を失い、無価値な「ゴミ」へと成り果てる。それが私の背負った、逃れられぬ『腐敗』の宿命だった。


 けれど今、私の手を握りしめているこの人の熱が、その運命を根底から食いつぶしていく。


「あ……ぁ…………っ!」


 心臓の奥から、熱い震えが全身へと伝わっていく。

 ドロドロと濁っていた私の魔力が、レイ様の放つ白黒の光に洗われ、透き通った純金の色へと塗り替えられていくのが分かった。

 指先から漏れ出していた死の霧が消え、代わりに瑞々しい、生命の息吹そのもののような光が温室を満たしていく。


 カラン、と乾いた音がした。

 私が今までかけていた、分厚いレンズの眼鏡。呪いの余波でひび割れ、視界を濁らせていた「拒絶の象徴」が砕け散ったのだ。


 剥き出しになった視界に、初めて、一人の男の姿が鮮明に映り込む。

 私を「至宝」と呼んだ、黒い瞳の救世主。


「……成功だ。リタ、もうお前は何も壊さなくていい」


 レイ様が、掠れた声でそう告げた。

 その顔は死人のように青白く、額には大粒の汗が浮かんでいる。

 私という「ゴミ」を救うために、彼は自分の全存在を、今日という日のすべてを使い切ってくれたのだ。


「レイ、様……。私、は……」


 私は震える手で、足元に落ちていた錆びたシャベルに触れた。

 恐怖で指先が止まりそうになる。また、これが砂になってしまったら。私の希望も一緒に崩れ去ってしまうのではないか。


 だが、現実は私の想像を遥かに超越していた。

 指先が鉄に触れた瞬間、真っ赤な錆が剥がれ落ちるのではない。

 鉄そのものが一度、光の粒へと分解され、幾何学的な模様を描きながら再構築リビルドされていく。


 数秒後、私の手に握られていたのは、泥まみれの道具ではなかった。

 不純物が一切取り除かれ、伝説の魔鉱石のような銀色の輝きを放つ、美しき「魔導具」へと進化を遂げていたのだ。


「……できた。壊すんじゃなくて……作った。私が……私が、ものを作れた……!」


 涙が、溢れて止まらなかった。

 十六年間、私がどれほどこの瞬間を夢見てきたか。

 触れるものを愛したい。形あるものを守りたい。その願いが、レイ様の『反転』によって今、現実のものとなったのだ。


 私のスキル『腐敗の指先』。

 それは本来、物質を極限まで分解し、その構成要素を完璧に組み替える、神の領域の錬金術――『神域の錬成エターナル・クラフト』だったのだ。


「あ、あぁ……。レイ様……レイ様……!」


 私は、魔力枯渇で倒れそうになったレイ様の体を、必死に抱きとめた。

 泥だらけのドレスなんて関係ない。彼を支える自分の腕が、もう彼を腐らせることはない。その事実が、何よりも誇らしかった。


「……あなたが、私の神様なのですね。世界に捨てられた私を見つけ出し、新しい命を吹き込んでくださった……」


 私は、彼の青白い、けれど温かい手の甲に、そっと唇を寄せた。

 昨日までの私なら、この唇すらも彼を殺す武器になっていただろう。

 だが今は、慈愛と忠誠を捧げるための「証」だ。


「この手は、もう二度とあなたを傷つけません。……レイ様、あなたの行く道を、私の錬成ですべて黄金に変えてみせます。あなたが望むなら、神の剣さえも打ち出してみせましょう。……ですから、どうか……」


 私を、あなたの側に置いてください。

 そう言いかけた時、温室の入り口から、冷たく鋭い殺気が放たれた。


「……主様の隣は、私の場所です。泥棒猫さん」


 銀髪の少女――ルナが、いつの間にかそこに立っていた。

 彼女の瞳には、かつての私と同じような、あるいはそれ以上に重苦しい『執着』の光が宿っている。


「……主様は今、お疲れなのです。……その汚れたドレスで、彼に触れないでいただけますか?」

「ふふ、ごめんなさい。でも、私はレイ様の『背中』を守るのが仕事ですから。ボロボロのあなたの装備を、最高の聖遺物に作り替えて差し上げるのも、私の役目ですわ」


 ルナと私の視線が交差する。

 一人は、レイ様に『世界の色』をもらった最強の剣。

 一人は、レイ様に『創造の指』をもらった至高の盾。


 レイ様を巡る、静かな、けれど激しい火花。

 当の本人は、そんな私たちのやり取りなど聞こえないほど、深い眠りに落ちていたけれど。


「……レイ様。……大好き、です」


 私は彼の腕の中で、もう一度小さく呟いた。

 温室の外では、枯れ果てていた領地が、私の魔力の反動で瑞々しい緑を取り戻し始めていた。

 それは、絶望が食いつぶされ、新しい奇跡が始まったことの合図だった。


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