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第五十七話:新世界の使者、姑(しゅうとめ)の外交術

 王都シュトラールの正門。

 かつて「世界の果て」として厚い霧に閉ざされていた地平線は、システムという名の壁が消えたことで、どこまでも続く黄金の街道へと姿を変えていた。


 だが、もたらされたのは安息だけではない。

 管理者のいなくなった世界。それは、これまで神の目に怯えていた野心家たちが、一斉に牙を剥く「自由という名の戦場」の幕開けでもあった。


「……報告します! 東方の魔導帝国、及び西方の通商連合より、救世主レイ閣下への『親善使節団』が到着しました。……その数、総勢三千! いずれも武装した私兵を伴っています!」


 ヴィクトリアが、新調された紅蓮の軍服に身を包み、鋭い敬礼と共に報告を上げる。

 彼女の背後では、王都の騎士団がかつてない緊張感で槍を揃えていた。


「……三千か。……ジョシュアより質が悪いな。……あいつらは、俺を『新しい神』に祭り上げて、……その利権を貪るつもりか」


 私は王城のバルコニーから、街道を埋め尽くす豪華絢爛な馬車と軍勢を見下ろした。

 胸の『極光の魔導核』が、彼らから放たれる「欲望」と「下心」という濁った魔力を感知し、不快な共鳴を鳴らしている。


「あら、レイ。……そんなに難しい顔をしなくていいわよ。……ゴミの片付けなら、お母様に任せてちょうだい」


 背後から、優雅に扇子を広げたアイリスが歩み寄ってきた。

 彼女は実体化してからというもの、王城の内装を自分の趣味である白銀と極彩色に勝手に『反転』リフォームし、今やこの城の真の主のようなオーラを放っている。


「……母さん、……外交問題になるから、……ほどほどにしてくれよ」


「ふふ、分かっているわよ。……『ほどほど』に、……完膚なきまでに分からせてあげるわ」


 ◇


 王城、大謁見の間。

 そこには、世界中から集まった野心溢れる使者たちが、高価な貢物を積み上げ、我先にと不遜な態度で立ち並んでいた。


「おお、救世主レイ殿! 我が帝国からは、大陸一の美女百名と、神のインクを弾くという『伝説の宝玉』を献上いたそう! ぜひ、我が国の守護神として……」


 帝国の使者が、自信満々に豪華な箱を開いた。

 だが、その瞬間。


「――チリンッ。……あら、趣味が悪いわね」


 アイリスが、私の隣で冷ややかに笑った。

 彼女が指先を弾いた瞬間、まばゆい白銀の波紋が広間を駆け抜け、使者が差し出した宝玉に触れた。


「…………反転。……その『宝玉』、……ただの『泥団子』に書き換えてあげたわ。……レイへの贈り物がその程度なんて、……貴方の国の誠意は、……道端の石ころ以下なのね?」


「な、……な、……泥団子!? バカな、これは帝国の国宝……あ、あああ!!」

 使者が絶叫する。彼の腕の中にあったはずの輝く宝玉は、いまや湿った黒い泥の塊へと『反転』し、ボロボロと床に崩れ落ちていた。


「ひ、ひぃぃ……! 狂気だ、……伝説の聖女が、……こんなに恐ろしい女だったなんて……!」


 次々に青ざめる各国の使者たち。

 アイリスは、彼らが連れてきた「美女」たちに対しても、容赦なくその鋭い視線を向けた。


「貴女たち。……その程度の色彩ビジュアルで、私のレイを誘惑するつもり? ……レイの隣には、……もう十分に『重い愛』を持った子たちがいるのよ。……反転して、……一から出直してきなさい!」


 アイリスの放つ圧倒的な威圧感。

 ルナやガオたちが「お、お母様、……ナイスですわ……!」と、この時ばかりは姑を頼もしく思い、背後で拳を握りしめている。


「……さて。……遊びはここまでだ、諸君」


 私は一歩前へ出た。

 アイリスの横暴に震え上がった使者たちを見下ろし、私は自身の右手を黄金の光で包み込んだ。


「……俺に贈り物をしたいなら、……その『悪意』を捨ててからにしろ」


 隣国の王が親善を装い、私の懐に忍び込ませようとした「呪いの魔導具」。

 それは、私の能力を封印しようとする卑劣な罠だったが、私の『真眼』はそれを逃さない。


「…………制約を、……偽りの親愛ごと、……食い破れ(ジャッジ・インヴァース)!!」


 パリンッ!! と、空間が割れる音が響く。

 魔導具に込められた呪いが、私の反転を受けて、逆に持ち主たちを祝福する「浄化の光」へと裏返った。

 光を浴びた使者たちは、自分たちの内に秘めていた「野心」を暴かれ、あまりの救世主の底知れぬ力に、その場に崩れ落ちて平伏した。


「……聞け、諸君。……ここはもう、神の箱庭じゃない。……俺がルールだ」


 私は、王都のバルコニーから、広場に集まった数万の民と、震える使者たちに宣言した。


「……俺たちの色を、……俺たちの明日を乱そうとする奴は、……国ごと、……因果の裏側へ叩き落としてやる。……それが嫌なら、……対等な友人として、……俺たちの色を受け入れろ」


 『反転王国シュトラール』の建国宣言。

 

 民衆の地鳴りのような歓声が上がる。

 アイリスが満足げに私の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。


「……いいわよ、レイ。……これで世界は、……貴方のルールで描かれることになったわ。……でも、忘れないで。……貴方のキャンバスの一番近くを陣取れるのは、……お母様だけなんだからね?」


「……はいはい。……わかってるよ、母さん」


 地平線の彼方。

 システムが消えたことで解き放たれた、古の魔王や、野心に狂った隣国の賢者たちが、救世主の出現に戦慄し、動き始める気配がした。


 反転者の物語は、神殺しを越え、混沌とする新世界の「覇王」へと歩みを進める。


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