第五十二話:虚飾の鎌、もう一人の追放者
純白の幾何学迷宮に、一際濃い、粘りつくような漆黒の霧が立ち込めた。
システムが告げた『フェーズ2』。それは、この世界の外側にある無限の並行世界から、私という「バグ」を消去するための刺客を呼び寄せる、禁忌の召喚術だった。
「……レイ。来るわ。……この気配、……貴方のものに似ているけれど、……あまりにも寒々しいわ」
アイリスが、自らの白銀のオーラを最大まで高め、私の前に立った。
漆黒の霧を切り裂いて現れたのは、ボロボロの黒衣を纏い、身の丈を優に超える巨大な鎌を手にした――一人の青年だった。
顔は、私と同じだ。
だが、その瞳には光が一切なく、ただ凍てつくような虚無と、世界への底知れぬ呪詛だけが渦巻いている。
彼の背後には、ルナも、ガオも、誰もいない。ただ、彼がこれまでに屠ってきたであろう数多の「勇者たち」の怨念が、黒い影となって彼にまとわりついていた。
「……あはは、……滑稽だね。……偽物の絆ごっこで、……自分を騙しているのかい?」
闇のレイが、無機質な声で呟いた。その声は、かつて追放されたあの日の、私の絶望そのものだった。
「……お前、……一人で何をしてきた」
「……復讐だよ。……僕を捨てた世界を、……僕を笑った奴らを、……全部この鎌で『白紙』にしてやった。……君も、……本当は分かっているんだろう? ……人間なんて、……裏返せばただの汚泥だってことを」
闇のレイが、巨大な鎌を無造作に一振りした。
ドォォォォォォォォォンッ!!
漆黒の反転波。
私が放つ白黒の光とは違い、彼の『反転』は、触れたものの色彩を奪い、強制的に「無」へと還す純粋な破壊の権能。
「…………制約を、……存在ごと、……食い破れ」
私が『分割反転』を放ち、彼の斬撃を相殺しようとした。だが、闇のレイはその光をさらに『逆反転』で飲み込み、鎌の刃を私の喉元へと突き出した。
「……無駄だよ。……僕は、……誰も信じないことで、……この力を極限まで高めた。……君のその『温かな色』も、……僕が全部、……虚無に変えてあげる」
闇のレイの鎌が放つ『孤独の因果』が、私たちの周囲に展開していた「六色の絆」を物理的に断ち切ろうと侵食してくる。
ルナやリタが、自分の存在の輪郭が再び薄れていく感覚に恐怖し、膝を折った。
「……主様、……手が、……すり抜ける……っ!」
「……レイ様! ……私の知能が、……この黒い霧に吸い込まれていきますわ……!」
仲間たちが苦しむ姿に、闇のレイは冷たい笑みを浮かべた。
「……ほら、……脆いだろう? ……絆なんて、……消えてしまえば最初からなかったのと同じだ。……君も、……僕と同じ『孤独』に戻ればいい」
「…………ふざけるな」
私は、震える足で一歩、闇のレイへと踏み出した。
胸の『極光の魔導核』が、激しい怒りと共鳴し、真っ赤な警告音を鳴らしている。
「……確かにお前は、……一人で、……俺より強い力を手に入れたのかもしれない。……でもな、……俺はこいつらがいたから、……自分を、……この『反転』の力を、……嫌いにならずに済んだんだ!」
私は、背後にいる六人のヒロイン、そして騎士ヴィクトリアと母アイリスへ、私の因果の糸を強く、太く繋ぎ直した。
「……みんな! 俺の背中を、……お前たちの『生きた証(色)』で支えてくれ!!」
ルナ、リタ、ガオ、セレナ、フィオナ、ヴィクトリア、アイリス。
七人の想いが、私の心臓に宿る三位一体を介して、一つの巨大な「七色の反転」へと昇華される。
「…………七色の反転、……孤独な因果ごと、……食い破れ(ワールド・エンド・リライト)!!」
ドクンッ!!
私の心臓から放たれた虹色の光が、闇のレイの『断罪の鎌』と正面から激突した。
漆黒の虚無 vs 命の色彩。
一瞬の静寂の後、闇のレイの鎌が、耐えきれずに根元からバキバキと砕け散った。
一人の憎しみでは、七人の愛(重み)を裏返すことはできなかったのだ。
「……なっ、……僕の、……虚無が、……汚されていく……っ!?」
虹色の光に包まれた闇のレイの身体が、ゆっくりと粒子となって崩れ始める。
彼の瞳に、一瞬だけ、かつての私が持っていた「誰かに愛されたい」という幼い渇望が浮かんだ。
「……いいな。……君は。……僕も、……一秒だけでいいから、……誰かの手を、……握りたかった……な……」
彼が最期に伸ばした手は、誰にも届くことなく、システムの無機質なノイズと共に消去された。
『 ―― [ 不確定要素の消去完了。……データを破棄します ] ―― 』
システムの非情なアナウンスが響く。
「……レイ。……休んでいる暇はないわ」
アイリスが、震える手で空を見上げた。
「……今のは、……無限にある可能性の、……たった一つに過ぎない。……システムはもう、……貴方を殺すために、……『あらゆる世界の自分』を、……一斉に呼び寄せようとしている!」
空の裂け目が、蜘蛛の巣のように無数に広がる。
反転者の物語は、ついに自分自身の鏡像たちとの、終わりのない**並行世界大戦**へと突入した。




