第四十八話:救世主の凱旋、姑(しゅうとめ)の抜き打ちチェック
王都シュトラールの正門。
ジョシュアの支配から解放され、本来の鮮やかな色彩を取り戻した街並みを、地鳴りのような歓声が揺らしていた。
「レイ様! 万歳!!」「我らが救世主、反転の王に栄光あれ!!」
数万の民衆が、花弁を撒き散らしながら、私たち一行を熱狂的に迎える。
その列の中央。私は六人のヒロイン、そして――。
「……あら。この街、少し彩度が足りないわね。ジョシュアの塗り残しかしら? 後で私が『反転』で、もっと目に痛いくらい鮮やかに塗り直してあげようかしら」
私の隣を、当然のように我が物顔で歩く白亜の聖女――母アイリスが、優雅に手を振りながら不穏な呟きを漏らした。
二十年前の姿そのままに復活した彼女は、あまりの美しさと神々しさに、民衆からは「レイ様の姉君か?」「伝説の女神の再来か?」と、驚愕と崇拝の視線を浴びている。
「……母さん。勝手に街をリフォームしないでくれ。みんな、今のこの景色を守るために戦ったんだから」
「ふふ、冗談よ。……でも、私の可愛いレイが住む街にしては、少しばかりセキュリティが甘いわね。……ヴィクトリア? 貴女、私がいない間、何をしていたの? 門番の配置がアイリス流の『鉄壁陣』から三ミリずれているわよ」
「は、……ひゃいっ!! 申し訳ありません、アイリス様! 即座に修正させます!!」
不敵な王女であるはずのヴィクトリアが、冷や汗を流して直立不動のまま敬礼を捧げる。
◇
その夜。王城の大広間では、ジョシュア討伐を祝う、国を挙げての祝宴が催されていた。
だが、主賓席である私たちの周囲だけは、戦場以上の緊張感に支配されていた。
「……さて。レイを救ってくれたことには、母親として感謝するわ。……でも」
アイリスが、極上のワインが入ったグラスを揺らしながら、横一列に並ばされたヒロイン六人を、品定めするように細い瞳で見つめた。
「……ルナさん。貴女、レイの影に潜んでいる時間が長すぎるわ。影の属性がレイの肌に色移りしたらどうするの? 明日から三歩離れて歩きなさい。……ガオさん、その義手。旦那とのリンク(絆)を自慢するのはいいけれど、寝る時まで握りしめているのは、筋肉の弛緩を妨げるわ。……リタさん、貴女の特製オイル、少し香りが強すぎるわね。レイの嗅覚が麻痺したら、私の手料理の繊細な味が分からなくなるじゃない」
「……ひ、……ひえぇっ。……お母様、……厳しすぎる。……影から、……追い出されるなんて……(ルナ)」
「旦那の母ちゃん、……アタイたちの行動を全部視てたのかよ……っ(ガオ)」
最強のヒロインたちが、アイリスの放つ圧倒的な「姑オーラ」に、蛇に睨まれた蛙のように硬直している。
「……フィオナさん。貴女、膝枕の角度が完璧すぎて、レイを駄目にする気満々ね? 貴女は一番の要注意人物だわ。……セレナさん、時間を止めてレイと何をしていたか、後で白書三枚にまとめて提出しなさい。……一分一秒の誤差も許さないわよ?」
「……お母様。……それは、……プライバシーの侵害だよ……(セレナ)」
アイリスはフンと鼻を鳴らすと、私の腕に自分の細い腕を絡ませ、独占するように抱き寄せた。
「いい、貴女たち。レイは私の最高傑作なの。世界を救ったからといって、安易に『嫁』を名乗れると思ったら大間違いよ。……まずは私の『適性検査』、……百項目をすべてクリアしてからになさい!」
「「「「「「百項目も!?!?!?(だぜ、ですわ、だよ)」」」」」」
広間に響き渡る、絶望に近い悲鳴。
私は苦笑いしながら、彼女たちの奮闘を眺めることしかできなかった。
◇
祝宴の喧騒が引き、夜も更けた頃。
私は、一人でバルコニーから夜の街を見下ろしていたアイリスの元へ歩み寄った。
「……母さん。あまり彼女たちをいじめないでくれ。俺の大事な仲間なんだ」
「……分かっているわよ。……あの子たちが、どれほど貴方を愛して、どれほど必死に戦ってきたか。……私が一番よく知っているわ」
アイリスが振り返り、寂しげな、けれど誇らしげな微笑みを浮かべた。
「……でも、レイ。……戦いは、まだ終わっていないのよ。……ジョシュアが最期に遺した言葉、覚えているかしら」
「……『真の筆』が、……白紙を選ぶ、……だったか」
アイリスが、私の胸の『極光の魔導核』に手を当てた。
その手のひらから、冷たい、無機質な因果の震えが伝わってくる。
「……ジョシュアたち三筆は、世界を『描き直す』ための道具だった。……でも、貴方が彼らを倒し、因果を極限まで反転させたことで、世界そのものが貴方を『異物』として認識し始めたわ。……システムはもう、描き直すことを諦めて、……『削除』を選ぼうとしている」
その時。
王都の路地裏、誰もいない静寂の中で。
一つの石ころが、突如として砂利に砕けることもなく、音もなく透明な「立方体」へと形を変え、そのまま空間から掻き消えた。
バチリ、と。
世界の端が、焦げたように白く欠けていく。
「……レイ! 視える、……視えるよ!!」
セレナが部屋から飛び出してきた。彼女の紺碧の瞳が、かつてないほど激しく明滅している。
「……一秒先じゃない。……『存在していた過去』が、……街の端から削り取られていく……! みんなの記憶からも、……消されたものが、消えていくんだ……っ!」
王都の夜空。
そこには、ジョシュアの筆跡とは違う、冷徹で無機質な巨大な文字が浮かび上がっていた。
『 ―― [ ERROR : IRREGULAR ENTITY DETECTED ] ―― 』
『 ―― [ INITIALIZING SYSTEM RESET ] ―― 』
「……白紙化。……世界そのものが、私たちを消しに来たわね」
アイリスが、不敵に笑いながら、私を背負うようにして前に立った。
「……望むところだ。……描き直すのも、消去するのも勝手だがな。……俺たちがここに『いる』事実は、……神様にだって消させはしない」
私は、六人のヒロイン、そして最強の姑と共に、白く欠け始めた夜空を睨みつけた。
反転者の物語は、ついに「世界の運営」そのものへの叛逆へと至る。
「…………制約を、……存在の証明として、……食い破れ!!」




