第四十六話:終末の筆致、六色の盾と矛
ジョシュアが放った『終末の筆致』。
それは、ただの破壊ではなかった。彼の指先から溢れ出したドロドロとした「原初の赤」は、黄金のアトリエの空間そのものを「完成された結末」として固定し、あらゆる可能性を塗り潰していく。
床が、壁が、そして空気さえもが、触れた端からどす黒い紅に染まり、二度と動くことのないキャンバスの一部へと変質していく。
「……っ、……あんだよ、この粘つく熱は……! アタイの『盾』としての誇りが、……根元から溶かされるみたいだぜ!」
ガオが漆黒の義手を突き出すが、その剛腕さえもが赤いインクに絡め取られ、自慢の筋力が「静止した彫像」へと書き換えられようとしている。
「……主様。……足元が、……動かない。……世界が、……描き終わろうと、……している」
ルナの銀閃さえもが、赤い濁流の中でその輝きを失い、彼女の神速が「停止」という名の筆致に封じ込められていく。
「……あはは。……そうだ。……全てを塗り潰して、……僕の完璧な作品として終わらせてあげよう。……君たちの汚いノイズ(生)は、……この真っ赤な海の中で、……静かに消えていくんだ……っ!」
上空。異形の筆の翼を広げたジョシュアが、狂気的な歓喜に瞳を爛々と輝かせている。
絶望が、アトリエの隅々までを真っ赤に染め上げようとした、その時だった。
「――怯むな! 貴公ら、アイリス様に選ばれた、世界を裏返す騎士の矜持を見せろ!!」
雷鳴のような声が、赤い静寂を切り裂いた。
ヴィクトリアだ。彼女は『断罪の騎士盾』を地面に力強く叩きつけ、紅蓮のオーラを爆発させた。
「レイを中心に円陣を組め! リタ、そのインクの組成を分解しろ! セレナ、着弾の時間を裏返せ! フィオナ、絶望を浄化する歌を止めさせないわよ!」
ヴィクトリアの号令が、パニックに陥りかけたヒロインたちの魂に「秩序」という名の芯を通した。
「……やってやりますわ! レイ様の明日を、……こんな泥水に沈ませはしませんわ!」
リタが錬成陣を全開にする。彼女の『概念分解』が、迫りくる赤いインクを「ただの水」へと一瞬で反転分解し、その質量を逆に私たちの足場を固めるための「純白のキャンバス」へと作り変える。
「……レイ。……一秒後の着弾、……視えたよ。……今、……その時間を『加速』させて、……因果を追い越してあげる」
セレナの瞳の針が猛烈に回転し、赤い濁流が私たちに触れる直前、時間がコンマ秒単位で「反転」する。物理的な回避ではなく、存在そのものを「攻撃が通り過ぎた後」へと一気にスライドさせる絶対回避。
「……皆様の勇気を、……レイ様への愛を、……福音に変えて響かせますわ!」
フィオナが聖母の如き笑みで歌い上げる。その歌声が届く範囲すべてが、ジョシュアの「停止」を拒絶し、味方に「無限の活力」を与える『反転フィールド』と化した。
「……ヴィクトリア。……最高の指揮だ。……これなら、……あいつの筆の隙間が、……はっきりと視えるぜ!」
私は、ヴィクトリアが作り出した「不変の回廊」を突き進んだ。
彼女の巨大化した盾が、四方八方から迫るジョシュアの猛攻を「ガギィィィンッ!!」と火花を散らして弾き飛ばす。
「……レイ! 行けッ!! 貴公の背中は、……この私が死んでも守り抜いてやる!!」
ヴィクトリアが叫び、盾の衝撃波でジョシュアの「赤」を無理やりこじ開けた。
その隙間。一筋の光の道。
私は彼女の肩を、……そしてルナとガオの手を借りて、天空へと高く跳躍した。
心臓を刻む三連発。
六人の魔力が、私の右拳に集束し、極彩色のオーラとなって爆発する。
「…………制約を、……絆の連鎖で、……食い破れ(チェーン・バースト)!!」
一秒間に、数万発。
私の拳がジョシュアの『終末の筆』の穂先と正面から激突した。
ドォォォォォォォォォォンッ!!
世界が、真っ白な因果の火花で塗り潰された。
ジョシュアが放った赤い濁流が、私の反転を受けて逆に「虹色の光」へと裏返り、彼自身の翼(筆)を根元から焼き尽くしていく。
「あ、……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 汚い……! 君たちの汚い『生』が、……僕の完璧な画室を、……侵食して、……壊していく……っ!」
ジョシュアの自慢の筆がバキバキと音を立てて砕け、彼の美しい顔が、ひび割れた陶器のように剥がれ落ちた。
剥き出しになったその正体は、もはや人間ではない。
何百、何千という折れた筆の残骸が、ドロドロとした黒い泥で繋ぎ合わされた、執着と傲慢の塊。
「……修正だ。……修正してやる……! 世界を丸ごと消し炭にして、……最初から描き直してやるんだぁぁぁ!!」
ジョシュアの絶叫と共に、画室全体が崩壊を始めた。
だが、その時。
私の内側から、いつになく真剣な、そして凛とした母の声が響いた。
「――今よ、レイ。……あの子の『芯』が剥き出しになったわ。……一気に、その醜い心臓を、……本当の『真実』へ裏返しなさい!」
「……ああ、分かっているよ、母さん。……ジョシュア、……お前の『終わり(フィニッシュ)』は、……俺たちが決めることだ!」
私は、六人の絆という名の最強のインクを拳に纏い、崩壊する神の画室の深淵へと、最後の一撃を叩き込むべく加速した。




