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第三十七話:黄金の知、熱に浮かされた指先

 北の霊峰のキャンプ地、岩陰にひっそりと設営されたリタ専用の移動式魔導工房。

 内部は、数多の薬草と高純度の魔力触媒が混ざり合った、甘く痺れるような香りに満ちていた。

 

 ガタン、ガタンッ!!

 

 工房の隅に置かれた、重厚な鉄の防音箱が激しく揺れている。

 

「チリンッ!! ちょっとリタさん、何を考えているの!? 『魔導核の微調整』なんて言って、レイをそんな二人きりの狭い場所に連れ込むなんて! 貴女の目、職人の目じゃなくて、獲物を狙う雌の目になってるわよ! 出しなさい、私を出しなさい!!」


 箱の中に閉じ込められた『母の鈴』から、アイリスの絶叫が漏れ聞こえる。

 だが、その箱の上にどっかと座り、腕を組んでいるのはヴィクトリアだった。


「……師匠、諦めてください。リタは今、レイの『極光の魔導核』と自らの錬成陣を同期させるという、極めて精密な作業に入っているのです。……例え実の母であろうと、因果の乱れを招くノイズは排除せねばなりません。……ふぅ、……私も、……中がどうなっているか、……気にならないと言えば嘘になるがな」


 ヴィクトリアが複雑な表情でため息をつく。

 その鉄の扉の向こう側。

 リタは、赤らめた頬を隠そうともせず、私を木製の作業椅子に座らせていた。


「……レイ様。……驚かないでくださいまし。……新兵装の白銀は、……主様の体温と魔力が完全に混ざり合わなければ、……ジョシュアの『上書き』に抗う強度は保てませんの」


 リタの指先が、私の首元にある魔導核の縁をなぞる。

 彼女の瞳は黄金色に輝き、錬金術師としての狂気的なまでの探求心と、主への深い熱情が混ざり合って、妖しく明滅していた。


「……さあ、……上着を脱いでくださいまし。……主様の肌に直接、……私の魔力を馴染ませる必要がありますわ」


「……リタ。……本当に、……これが必要なのか?」


「……疑うのですか? 私、……これでもレイ様の『専属』ですのよ? ……没落した私を拾い、……『知』という翼をくださった貴方の……すべてを、……私が一番よく知っていなければなりませんの」


 リタは、私が上着を脱ぐのを待つ間もなく、背後に回り込んで私の肩に手を置いた。

 彼女の手のひらには、何やら芳香を放つ、虹色のオイルが塗られている。

 

「……ああ、……主様の肌。……一見すると普通の人間のようですが、……その奥底には、……世界の理を裏返す、……禍々しくも美しい奔流が流れていますわ。……私の指先が、……その因果に触れるたびに、……頭の中の計算式が、……悦びに溶けてしまいそうですの」


 リタが私の背中に、オイルを介してゆっくりと掌を滑らせる。

 ひんやりとした感触の後に、彼女の魔力が私の血管の一つ一つに侵入してくるような、奇妙な熱が広がった。


「…………制約を、……知の深淵へと、……食い破れ」


 私は『極光の魔導核』を共鳴させ、自分の魔力を1/5、リタへと流し込んだ。

 

「っ……! あ、あぁ……っ! レイ様の……主様の力が、……私の中に……!」


 リタが感極まったように声を漏らし、私の背中に胸元を押し当てるようにしてしがみついた。

 魔力同期シンクロ

 私の『反転』の因果が、リタの『概念分解』と一つに溶け合う。

 

 彼女の脳内にある膨大な錬金術の理論が、私の魔力を媒介にして、次々とジョシュアのインクを無効化するための「解答」を導き出していく。

 それは、言葉を交わすよりも密接な、魂の設計図の共有だった。


「……視えますわ、主様。……ジョシュアが描こうとする『偽りの世界』。……その色の配合、……筆圧、……すべてを私が分解し、……無に還して差し上げます。……もう二度と、……貴方の歩む道を、……誰にも塗り潰させはしませんわ」


 リタの指先が、私の心臓の音を確かめるように、胸元を優しく、けれど強く押さえた。

 

「……私、……本当は怖かったのです。……ルナさんのように前線で貴方を守ることも、……ガオさんのように盾になることもできない自分。……ただの、……便利な道具を造るだけの女だと思われていないか、と」


 リタの震える声。

 没落令嬢として、世界から見捨てられた過去。

 彼女にとって、私の「素材」になること、私に「必要とされる」ことこそが、生きていくための唯一の証明だったのだ。


「……リタ。……お前がいなければ、……俺の拳も、……ルナの剣も、……ただのガラクタだ。……俺の因果を、……現実に形作れるのは、……お前しかいないんだぞ」


 私が彼女の、オイルで滑る手を握りしめると、リタは幸せそうに涙を溢れさせた。


「……はい。……はいっ、主様! ……私、……一生、……貴方の専属職人モノとして、……この命を、……すべて貴方の『兵装』として捧げますわ!」


 リタの魔力が、黄金の輝きとなって工房内を埋め尽くした。

 同期完了。

 彼女の『概念分解』は、今やジョシュアがインクを筆に乗せた瞬間に、そのインク自体を原子レベルまで「死滅」させる、対・神罰用決戦術式へと昇華された。


「……あ、ああ……主様。……もう少し、……このまま。……貴方の魔力の残り香を、……私の魂に焼き付けさせてくださいまし……」


 リタが恍惚とした表情で、私の耳元に唇を寄せ、熱い息を吹きかける。

 

 ――ガタガタガタンッ!!

 

「チリンッ!! リタさん! 今、耳元で何を囁いたの!? 聞こえているわよ! レイ、貴方もいつまでトロけているの! 早く扉を開けなさい、この不潔な……職権乱用女!!」


 鉄の箱が、アイリスの怒りで今にも爆発しそうなほど揺れ動き、リタは慌てて飛び退いた。

 

「ひ、ひゃいっ! お、お母様! い、今のは……単なる魔力回路の最終確認ですわ!」


 リタは顔を真っ赤にして、乱れた服を整えながら、あたふたと錬成炉の火力を調節し始めた。

 

 工房の空気には、まだリタの熱烈な想いと、私の反転した魔力が、黄金の火花となって漂っている。

 

 一対一の絆。

 それは、最強の兵装を打つための、最高に甘美な素材だった。


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