第三十三話:白銀の再誕、姑(しゅうとめ)の厳しい検品
北の霊峰、吹き荒れる吹雪さえも「静止」させる氷の洞窟。
その最深部で、地熱の脈動を利用したリタ特製の移動式錬成炉が、白銀の光を放って唸りを上げていた。
炉の中央に鎮座するのは、先ほど手に入れた『神を貫く原初の白銀』。
どんな色(上書き)も寄せ付けず、あらゆる因果を跳ね返すその純潔な金属は、リタの放つ最高温度の錬成火を以てしても、一向に形を変えようとはしなかった。
「……くっ、……なんて頑固な素材。……私の魔力が、……表面で滑って中に入りませんわ……っ!」
リタが額に汗を浮かべ、必死にハンマーを振るう。だが、白銀の塊は火花を散らすだけで、鉄の意志を崩さない。
「あら、リタさん。その程度の熱量じゃ、白銀は『お辞儀』すらしてくれないわよ。……レイ、貴方の出番ね。貴方の『反転』を、リタのハンマーに直接乗せなさい」
懐の『母の鈴』が、涼やかな音と共に指示を飛ばす。
「……分かった。……リタ、手を貸せ。……俺たちの因果を一つに合わせるぞ」
「は、はいっ! レイ様、……お願いしますわ!」
俺はリタの背後に回り、彼女の細い肩を抱くようにして、ハンマーを握る彼女の両手に自分の手を重ねた。
ドクン、と二人の心臓が共鳴する。
私の魔力回路から、白亜の奔流がリタの腕を通じてハンマーへと流れ込む。
「…………制約を、……一打に、……食い破れ!」
私が『分割反転』を連射し、白銀が持つ「不変」の理を、一瞬だけ「柔軟」へと反転させた。
キンッ!!
澄んだ音が洞窟に響き、鉄壁だった白銀が、飴細工のようにリタの意志に従って形を変え始めた。
「……視えましたわ! 素材の『芯』が、……主様の光を受け入れています!」
リタの瞳に職人の炎が宿る。
白銀と漆黒の魔力が混ざり合い、新たな武装が次々と産声を上げていく。
「チリンッ! ……はい、そこまでよレイ。リタさんの指に触れる時間が長すぎるわ。……残りの成形は彼女の領分。貴方は少し離れて、……そう、拳三つ分は距離を空けて見守りなさい」
「……母さん、……今のは技術的な補助だろ」
「いいえ、私の『姑センサー』が過剰な接触だと判断したわ。……さて、リタさん。検品を始めるわよ。……一ミリの歪みも、レイを傷つける原因になるんだから、覚悟なさいね?」
◇
数時間の死闘の末。
工房の熱気が引き、静寂の中に五つの輝きが並んだ。
「……出来ましたわ。……主様と、……皆様の『新しい牙』ですわ」
リタがフラフラになりながらも、誇らしげに披露したのは、ジョシュアの筆さえ折るための『反転騎士団』の制式兵装だった。
【レイの核】『極光の魔導核』
胸元で虹色に輝くブローチ。レイの分割反転を増幅し、一秒間に一万回の連撃を可能にする、因果の加速器。
【ルナの剣】『不変の銀閃・零』
刀身に白銀の皮膜を纏った魔剣。斬った瞬間に「存在」を確定させ、消失を物理的に拒絶する。
【ガオの腕】『轟天の剛腕・砕』
義手の表面に白銀のスパイクを実装。触れた瞬間に反転の衝撃を爆発させ、石化や消去を「粉砕」する。
【ヴィクトリアの盾】『断罪の騎士盾』
白銀の円盾。彼女の騎士道を魔力に変換し、主の周囲に絶対の安息領域を展開する。
「……素晴らしい。……リタ、……お前は本当に、……最高の錬金術師だ」
私が彼女の頭を優しく撫でると、リタは幸せそうに目を細めた。
「あら、合格ね。……リタさん、貴女のレイへの想い、……少しだけ装備に乗りすぎていて『重い』けれど。……出来栄えだけは、……認めてあげるわ」
鈴の声が、どこか満足げに響く。
だが、その安堵の瞬間。
洞窟の入り口から、音もなく「色彩」が消え始めた。
「……レイ。……来たよ」
セレナが紺碧の瞳を細める。
入り口の雪も、岩も、空気さえもが、真っ白な「無」に塗り潰されていく。
「……ジョシュアの放った、……『第三の筆』。……描き直すことさえしない、……存在の消しゴムだ」
闇を白く塗り潰しながら迫る、巨大な虚無の気配。
「……よし。……ちょうどいい。……新装備の試し切りには、……最高に不愉快な相手だ」
俺は『極光の魔導核』に魔力を流し、不敵に笑った。
不滅の腕、不変の剣、そして母の鈴。
「…………制約を、……連撃で、……食い破れ!」
俺たちは、迫りくる白い虚無へと向かって、一斉に飛び出した。




