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第二十九話:彫刻家の庭、色付く絶望

 王都シュトラールの夜は、あまりにも静かだった。

 先ほどまでの賑やかな祝祭の余韻を、何者かがナイフで切り落としたかのような、不自然な沈黙。


 王城のバルコニーから見下ろす広場。そこで、異変は起きていた。

 中央の噴水から吹き上がる水が、空中で静止したまま、透き通るような白磁の「石」へと変わる。それだけではない。広場で踊っていた市民、露店を畳もうとしていた商人、巡回中の騎士たち――。彼らの肌から色彩が抜け落ち、着ていた服のシワ一つまでが、精緻な彫刻のように固定されていく。


「……あ、ああ……。……身体が、……動かない……っ」

 石化が完了する直前、一人の少女が漏らした悲鳴さえも、硬質な「音の彫刻」となって虚空に留まった。


「……酷いですわ。……命あるものを、ただの観賞用の石ころに変えてしまうなんて」

 リタが、身を乗り出して広場の惨状を凝視した。彼女の『概念分解』の眼には、街全体を覆い尽くそうとする、無機質で冷徹な「石化の術式」が視えていた。


「……来たよ。……ジョシュアが描き出した、……第二のスカルプター。……世界を自分のギャラリーに作り替えようとする、傲慢な彫刻家だ」

 セレナが紺碧の瞳を、月を背にして浮かぶ一つの影に向けた。


 空中に浮かぶ、巨大なノミのような錫杖を手にした、白装束の怪人。

 彼の周囲では、虹色のインクが「設計図」を描くように明滅し、彼が指先を弾くたびに、階下の街並みが色彩を失い、静止した石像へと上書きされていく。


「……ふん。……せっかくリタが綺麗にした街を、勝手に塗り潰すなよ」

 俺は、腰の『深淵の魔導衣』をたなびかせ、バルコニーから広場へと飛び降りた。

 背後から、五人の最強のヒロインたちが、迷いなき足取りで続く。


「……主様。……ここは、……私たちが。……石の檻、……すべて断ち切ります」

 ルナが『不変の魔剣』を抜き放った。

 ジョシュアのインクを弾く「黒き一筋の線」が、月光を受けて妖しく輝く。

 彼女が一閃すれば、石化して固定された空間が、硝子のように砕け散り、本来の夜の闇がそこに取り戻される。


「おらぁ! 旦那の邪魔をする石ころどもは、アタイが全部粉々に砕いてやるぜ!」

 ガオが、新しく手に入れた漆黒の義手を打ち鳴らした。

 迫りくる石化の波動。それに触れれば、どんな猛者も一瞬で彫像に変わる死の光。だが、ガオはその光を、義手で無造作に「掴み取った」。


「……なっ!? 石化を、素手で掴んだだと!?」

 空中に浮く『第二の筆』が、初めて驚愕に声を震わせた。


「旦那の魔力が流れるこの腕に、変な色を塗ろうなんて百年早いんだよ!」

 ガオが、義手の中に閉じ込めた石化のエネルギーを、そのまま物理的に握り潰した。

 パリンッ! という因果が砕ける音と共に、彼女の周囲から「白一色の絶望」が霧散していく。不滅の素材『真のオリジン』を用いた義手は、ジョシュアのインクさえも寄せ付けない。


「……私の番ですわ。……その醜い彫刻の理、……根底から書き換えて差し上げますわ!」

 リタが錬成陣を展開し、石化しかけた建物に手を触れる。

 彼女の指先から流れる魔力が、石化の術式を「粘土」のように柔らかく分解し、逆に仲間の武器に「金剛不壊」の特性を付与していく。


「……レイ。……一秒後に、……キミの右から石化の刺客が来るよ。……でも、……大丈夫。……僕が、その時間を裏返してあげる」

 セレナの瞳に時計の針が宿る。

 敵が放った不可避の石化光線。それが俺に届く直前、セレナが指を鳴らす。

 ――『時間の干渉クロノス・バースト』。

 俺の周囲の時間だけが一秒間「反転」し、光線は俺がそこに到達する前の空間を虚しく通り抜けていった。


「…………お前たちの力、……最高だな」


 俺は、広場の中央に立ち、両手を広げた。

 石像に変えられ、意識の檻に閉じ込められた数千の市民たち。

 彼らの「色彩を失った絶望(マイナス100)」を、今ここで一気に食いつぶしてやる。


「…………制約を、……分割して、……食い破れ(マルチ・インヴァージョン)!!」


 俺の指先から、マシンガンの掃射を思わせる速度で、白黒の因果の火花が放たれた。

 一発一発の『反転』が、正確に石像となった人々の胸へと着弾していく。

 

 白一色の石肌に、白黒の光が走る。

 その瞬間、まるで早回しの映像のように、石が柔らかな肌へと戻り、抜けていた色彩が鮮やかに蘇っていく。

 

「……あ、……身体が、動く……!」

「……色が、……世界に色が戻った!」

 

 数百、数千という市民たちが、次々と石の檻から解き放たれ、息を吹き返していく。

 絶望が希望へと、死の静寂が生命の鼓動へと、一瞬で裏返される。

 その圧倒的な救世主としての姿に、復活した人々は、跪き、祈るように俺の名を叫んだ。


「レイ様! 救世主レイ様万歳!!」


「……おのれ、……私の『庭』を、……こんな下俗な色彩で汚すとは……っ!」

 『第二の筆』が顔を歪め、巨大なノミを俺に向けて振り下ろそうとした。

 だが、その腕は、上空から飛来したガオの跳び蹴りによって、付け根から叩き折られた。


「旦那の芸術にケチをつけるんじゃねえよ、このガラクタ野郎!」

 ガオの不滅の義手が、第二の筆の胸ぐらを掴み、地面へと叩き落とした。

 衝撃波で広場の石畳が爆ぜる。


「……ジョシュアに、……伝えておけ」

 俺は、這いつくばる彫刻家の首筋に、ルナの折れぬ魔剣を突きつけた。

「……お前の筆じゃ、……俺たちが描く未来は塗り潰せないってな。……次にその筆を持ってきたら、……指ごとへし折ってやる」


「……っ、……憶えていろ、ノイズどもめ……っ!」

 第二の筆は、虹色の煙となって空へと逃げ去っていった。


 王都の夜空には、再び美しい星々が輝き始めていた。

 人々が抱き合い、喜び、俺たちの名を呼び続ける。

 

 修行を経て手に入れた、新しい力。

 それは、ジョシュアという神の代行者に対抗するための、確かな「武器」となった。

 

「……レイ様。……皆様の喜びの声、……私の福音に載せて、……世界中に響かせますわ」

 フィオナの聖歌が、王都全域を浄化するように広がっていく。

 

 反転者の逆襲は、まだ始まったばかりだ。

 俺は五人の最強のヒロインたちと共に、さらなる高み、ジョシュア本人の首を狙う旅へと、再び足を踏み出した。


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