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第二十八話:王都の休日、五つの愛の包囲網

 王城の最上階、かつては国王の私室であった豪華な一室。

 天蓋付きのベッドに差し込む朝の光は、不死の廃都アステリアの灰色とは異なり、透き通るような純白の輝きを放っていた。


「……ん」

 私は、微かな重みと共に目を覚ました。

 二連発、そして「分割発動」という未知の魔力行使による深い疲労。数日間の眠りを経て、ようやく意識がはっきりとしてくる。だが、体を起こそうとした瞬間、私は自分が身動きの取れない「包囲網」の中にいることに気づいた。


「……起きたね、レイ。……キミの因果の波形、……今は凪いでいて、とても心地よい周期だよ」

 私の胸の上にちょこんと座り、紺碧の瞳を覗き込んできたのはセレナだった。

 彼女は覚醒した『時間の真眼』を使い、私の心拍数から魔力の回復速度までを完璧に管理していた。


「……セレナ。……おはよう。……少し、重いぞ」

「……キミの心臓の音を、……一番近くで聴いていたいんだ。……これは、……僕の生存に必要な共鳴シンクロだよ」

 

 セレナが淡々と、けれど離れる気配を見せずに私の頬を撫でる。

 視線を右に向ければ、私の右腕を抱きかかえるようにして、ルナが安らかな寝息を立てていた。その傍らには、決して折れぬ決意を宿した『不変の魔剣』が、主の安眠を守るように静かに置かれている。


「……旦那、……おはよう。……アタイ、……いい夢見たぜ」

 足元では、ガオが大きな虎のように丸まって目を擦っていた。

 彼女の右腕――漆黒の装甲に白銀のラインが走る『不滅の義手』。それが私の魔力と共鳴し、ドクンドクンと力強い鼓動を刻んでいる。彼女が伸びをすると、その義手が放つ微かな衝撃波で、部屋のカーテンがバサリと揺れた。


「あら、皆様。……レイ様が目覚められたというのに、いつまでも甘えていてはいけませんわ」

 リタが、湯気の立つ極上のハーブティーと、出来立てのパンを盆に乗せて現れた。

 彼女は「財務兼魔導工房長」の権力を使い、城の厨房を完全に私物化……いや、最適化していた。


「レイ様、まずはこの一杯を。……私の錬成した、因果回復の特製シロップをブレンドしてありますわ。……さあ、私が飲ませて差し上げますわね」

「皆様、お静かになさって。……レイ様のお心に、一番に届くのは私の歌ですわ」

 フィオナが、枕元で蕩けるようなハミングを漏らしながら、私の頭を優しく自身の膝へと誘う。


「…………お前たち。……ここは王城だぞ。……少しは節度を持て」

 

 私の言葉は、彼女たちの溢れんばかりの愛の奔流にかき消された。

 敗北を乗り越え、共に死線を潜り抜けたことで、彼女たちの私への執着は、もはや神の理さえも踏み越えるほどに純化していた。


 ◇


 午後。リタが王城の最上層に錬成した「特製魔導スパ」へと向かった。

 そこは、王都を一望できる絶景の露天風呂。

 お湯にはリタが精製した魔力結晶が溶け込み、幻想的な青い光を放っている。


「……はぁ。……生き返るな」

 私が一人、広大な湯船に身を沈めようとした瞬間。

 当然のように、五人の守護姫たちが湯煙の向こうから現れた。


「レイ様! 主様の背中は、私が一番よく知っておりますわ。……この特製の石鹸で、隅々まで磨き上げて差し上げますわね!」

 リタが、何やら虹色の輝きを放つタオルを手に、真っ先に背後に回り込んだ。

「……リタ。……背後は、私の聖域。……指一本、触れさせない」

 ルナが影のように私の背後にピタリと密着し、不変の意志でリタを牽制する。

 

「旦那! 肩揉みはアタイの担当だ! この『不滅の義手』、旦那を癒やすために指先の加減をミリ単位で覚えたんだぜ!」

 ガオが私の肩に、ずっしりと重い、けれど驚くほど温かな義手を添えた。

 ググッ、と絶妙な力加減で揉みほぐされる。私の魔力が流れるその腕は、もはや私の体の一部であるかのように心地よい。


「……キミの背中。……『疲れの因果』が、……まだノイズとして残っているね。……僕が視線を固定して、……すべて透明にしてあげるよ」

 セレナが正面から私の膝の上に座り込み、じっと私の瞳を見つめてくる。

 彼女の紺碧の瞳が妖しく光るたびに、体内の魔力回路の澱みがスッと抜けていく。


「皆様、レイ様が困っていらっしゃいますわ。……さあ、私が一番安らぐ歌を……あなたの耳元で囁きますわ」

 フィオナまでもが、蕩けるような歌声を漏らしながら近寄ってくる。

 

 王都の全権を掌握した「王」の休日。

 それは、五人の最強の少女たちに文字通り「包囲」される、甘く、けれど戦場以上に息の抜けない時間だった。


 ◇


 風呂上がり、豪華な夕食を前にして。

 私は、ふと思い立ち、指先をパチンと弾いた。


「…………制約を、分割して……食い破れ」


 微弱な『反転』。

 少し冷めてしまったスープの「低温」を「熱々」に。

 ワインの「渋み」を「極上の甘み」に。

 パンの「硬さ」を「焼きたての柔らかさ」に。

 

 かつては一日に一度しか使えなかった神殺しの力を、私は愛する彼女たちの笑顔のために、贅沢に、細分化して使い分ける。


「わあぁ! レイ様、スープが……まるで今、厨房で作られたばかりのようですわ!」

「……旦那、このパン、……溶けるみたいに美味いぜ……!」

 

 喜ぶ彼女たちの顔を見ながら、私は確かな充足感を感じていた。

 不幸を裏返すだけが、俺の力じゃない。

 こうして、当たり前の幸せを、より鮮やかに塗り替えることだってできるのだ。


 だが、その安穏とした時間は、不意に訪れた「静止」によって破られた。


「……ん?」

 バルコニーの外。

 王都の広場にある噴水の水が、重力を無視して、彫刻のような複雑な造形のまま**「石」**に変わった。

 

「……始まったよ。……レイ」

 セレナが、食べかけの果実を置き、窓の外を見つめた。

「……聞こえる。……冷たい、ノミが石を削る音。……『第二のスカルプター』が、この街を自分の『ギャラリー』にしようとしている」


 夜の王都。

 人々の歓声が、一人、また一人と「静寂いし」に飲み込まれていく。

 

「……せっかくの休みを邪魔されたな。……お前たち、準備はいいか?」


 俺が立ち上がると、ルナ、リタ、ガオ、セレナ、フィオナが、一瞬で「恋する少女」から「最強の牙」へと表情を変えた。


「……御意。……主様の邪魔をする不浄、……一瞬で、……砕きます」


 反転者の休日は終わりだ。

 不滅の腕、不変の剣、そして覚醒した時の瞳。

 

 俺たちは、自分たちの色に染めた王都を守るため、月夜の空へと飛び出した。


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