第二十五話:不滅の右腕、神を打つ鉄槌
不死の廃都アステリアの広場。そこは、神が描き損じて放り出した「世界のゴミ箱」だ。
空はノイズのような灰色に濁り、空気は粘りつくように重い。だが今、その停滞した空間を、一筋の烈風が引き裂いていた。
「……ハァ、ハァ……ッ! 旦那、見てくれよ。アタイの拳……まだ死んでねえだろ!」
ガオが、残された左腕一本で、廃都に巣食う泥状の怪物を粉砕した。
一撃。衝撃波が広場の石畳をめくり上げ、怪物の核を露出させる。
だが、その右肩――肘から先がノイズとなって透けている箇所が、空を切るたびに彼女のバランスを崩していた。ジョシュアに「設定」を消された傷は、ただの欠損以上に、彼女の存在そのものを内側から削り続けている。
「……十分だ、ガオ。よく繋いでくれた」
私は、心臓の鼓動を一段階、加速させた。
一日に一度、二度……。そんな回数制限は、もう今の俺には通用しない。
「…………制約を、魂の芯まで食い破れ(マルチ・インヴァージョン)!!」
私の咆哮と共に、千発を超える『反転』の火花が、露出した怪物の核へと降り注いだ。
バリバリと、空間がひび割れる音が響く。
怪物が纏っていた「神のインク」が、私の反転の連撃に耐えきれず、どす黒い泥から、星空を煮詰めたような深い『漆黒の原色』へと変質していく。
それは、描かれる前の世界が持っていた、純粋にして不滅の素材。
「今ですわ、レイ様! その『真実の欠片』を、私に預けてくださいまし!」
リタが、巨大な錬成陣を背後に展開し、叫んだ。
彼女の瞳には、かつての弱気な令嬢の影はない。自分の最高傑作を壊された怒りと、愛する主を守れなかった悔しさが、彼女を「神域の鍛冶師」へと昇華させていた。
「ガオ、動くなよ。……お前の右腕、俺の魔力で直接縫い合わせてやる」
「……ああ。……旦那の熱いのなら、いくらでもぶち込んでくれ……っ!」
私はガオの右肩の断面に、自らの右手を力強く重ねた。
ドクンッ!!
私とガオの心臓が、一つのリズムで跳ねた。
私の魔力回路から、白亜の奔流がガオの体内へと流れ込む。それは血管を焼き、神経を狂わせるほどの劇烈なエネルギー。だが、ガオは八重歯を剥き出しにして、歓喜の笑みを浮かべていた。
リタが抽出した『真の黒』が、私の魔力を芯にして、ガオの失われた腕の形へと凝縮していく。
バキバキバキッ!!
空気中の魔力が一箇所に集まり、重力さえもが捻じ曲がる。
光の渦の中で、ガオの右腕に『不滅の義手』が実体化した。
漆黒の装甲は、どんな光も反射しない虚無の黒。そこに、私の魔力が直接流れる白銀のラインが血管のように走り、青白い燐光を放っている。
それは、ジョシュアが上書きした「無」を、俺の意志という「絶対の有」で強引に埋め戻した、神への叛逆の証。
「……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガオが吠えた。
新しく手に入れた五指が、意志に従って力強く握り込まれる。
その拳が握られるたびに、周囲の大気が悲鳴を上げ、足元の石畳が砂となって舞い上がる。
「……信じられねえ。……腕がある。……それどころか、……体中の血が、旦那の熱で煮え繰り返ってやがるぜ……!」
ガオが、新調された義手で、近くにある崩れかけの時計塔の基部を軽く小突いた。
――ドォォォォォンッ!!
衝撃波が塔を貫通し、巨大な建造物が一瞬にして粉塵となって四散した。
ただの剛力ではない。物質の「存在」そのものを揺るがし、崩壊させる、反転の衝撃を乗せた一撃。
「……素晴らしい。リタ、お前は本当に……俺の最高のパートナーだ」
「……ふふ、もったいなきお言葉ですわ、レイ様。……ですが、主様の背中を守る盾としては、これくらい当然ですわ」
リタが汗を拭い、誇らしげに微笑む。その隣では、ルナが新しく打ち直された魔剣を抜き、その刀身に宿った「黒き一筋の線」を愛おしそうに見つめていた。
「……不変の魔剣。……これで、……もう二度と、曲げられない。……主様への忠誠を、……断たせはしない」
最強の剣、至高の盾、爆絶の剛拳。
一度は折れかけた彼女たちが、今、俺の光を受けてさらなる高みへと羽ばたこうとしていた。
俺は、激しい魔力行使による目眩を堪えながら、セレナを見た。
「……セレナ。……素材は手に入れた。……次は、お前の番だ」
「……ありがとう、レイ。……僕の瞳の奥で、……失われていた『時間』の音が聞こえるよ」
セレナが紺碧の瞳を廃都の最深部、ひときわ霧の濃い場所へと向けた。
「……あそこに、……この街の時を止めている『クロノス・コア』がある。……あれをキミが反転させれば、……僕は『予知』を越えて、……『干渉』ができるようになる」
「……干渉、か。……ジョシュアの筆が動く前に、……時間を裏返して無効化する。……面白い」
俺は、仲間たちの顔を一人ずつ見回した。
誰一人、もう瞳に絶望を宿してはいない。
敗北を糧に、俺たちは今、神のパレットから色を奪い取り、自分たちの物語を描き直す力を手に入れた。
「……行くぞ。……アステリアの心臓を、……俺たちの色に染め変えてやる」
不滅の腕を掲げたガオを先頭に、俺たちは廃都の深淵へと、確かな足取りで進軍を開始した。




