第二十一話:禁忌の回廊、母が遺した最後の灯
王都の全権を掌握し、五人の守護姫たちと賑やかな一夜を過ごした翌朝。
私はセレナに導かれ、王城の最奥にある『開かずの間』――歴代の王さえ立ち入りを禁じられていた、古びた礼拝堂の中に立っていた。
「……ここだよ、レイ。……キミの魔力と、お母様の残響が、この地下で激しく共鳴している」
セレナが紺碧の瞳を床の一点に固定する。
私は彼女の指し示す先、埃を被った女神像の台座にある、小さな『逆さまの百合』のレリーフに触れた。
カチリ、と。
私の指先から微かな魔力が流れ込んだ瞬間、重厚な石畳が音もなくスライドし、地下へと続く漆黒の螺旋階段が姿を現した。
「……行きましょう、レイ様。……この先に何があろうと、私たちがあなたの道を切り開きますわ」
リタが私の外套の裾を握り、決意に満ちた表情で頷く。
松明の火を灯し、私たちは幾千もの年月を飛び越えるように、地下深くへと降りていった。
空気は次第に冷たく、重くなっていく。だが、不思議と恐怖はなかった。
壁に刻まれた古びた魔導文字が、私の歩みに合わせて淡い白光を放ち、まるで「お帰りなさい」と囁いているかのように感じられたからだ。
一時間ほど降り続けた頃。
突如、視界が開け、巨大な地下回廊へと辿り着いた。
そこは、王都の魔力回路が一点に集中する、心臓部のような場所だった。
「……主様。……殺気。……意志のない、純粋な『排除』の意志が来ます」
ルナが魔剣『残響の銀閃』を抜き放ち、影のように私の前に滑り込んだ。
ガオが拳を打ち鳴らし、フィオナが守護の聖歌を微かに口ずさみ始める。
闇の奥から現れたのは、白銀の仮面を被り、人型でありながらも生命の気配が一切ない三体の守護者だった。
教皇が秘匿していたとされる、神の力を直接注ぎ込まれた殺戮人形――『神罰の代行者』。
「おらぁ! 旦那の邪魔をすんじゃねえよ、このデコイどもが!」
ガオが爆発的な踏み込みで、先頭の一体に肉薄した。
ドンッ!!
剛拳が放たれるが、代行者の周囲に展開された「神の加護(無敵障壁)」がそれを弾き返す。
「……あら。……ただの物理的な破壊では通用しないようですわね。……なら、その術式ごと、私が『分解』して差し上げますわ!」
リタが空中に指を走らせ、敵の障壁の構成要素を瞬時に書き換える。
強固だった守りが、一瞬にして脆い硝子のように砕け散った。
「……今。……絶て」
ルナの銀閃が、障壁の消えた代行者の核を、一秒の千分の一の速度で貫いた。
かつては俺がスキルを使わなければ勝てなかったような強敵。
だが今、俺の隣に立つ彼女たちは、俺が『一撃』を温存したままでも、神の戦力を圧倒するほどの自立した強さを手に入れていた。
「……ふぅ。……お掃除完了だぜ、旦那。……先へ進もうぜ」
ガオが不敵に笑い、俺の背中を軽く叩く。
俺は仲間たちの背中を見つめ、胸の奥が熱くなるのを感じた。
孤独に絶望を食いつぶしていた旅は、いつの間にか、俺を支え、俺と共に世界を壊そうとする者たちの行進へと変わっていた。
◇
回廊の最深部。
そこは、無数の魔力線が絡み合い、巨大な心臓のように脈打つクリスタルの広間だった。
クリスタルの中央。
そこには、一人の女性が、眠るようにして封印されていた。
「……母さん」
俺の喉が、熱く込み上げるもので震えた。
白亜の福音、アイリス。
彼女は死んだのではなかった。
自分自身をこの世界の「部品」として捧げ、神が下そうとした『世界滅亡』を、自らの命で『反転』させ続けていたのだ。
「レイ。……よく来たわね」
残留思念だろうか。
母さんの声が、直接脳内に響いてきた。
「……ごめんなさい、レイ。……お前に『お釣り』を押し付け、不自由な思いをさせたわね。……でも、私は信じていた。……お前なら、絶望の中にある本当の『光』を見つけ出し、私を迎えに来てくれると」
クリスタルが、俺の魔力に呼応して輝きを増す。
俺の心臓の隣にあった『お釣り』――ロックされていた最後の魔力回路が、母の想いに触れた瞬間、完全に開放された。
「……母さん。……もう無理して、こんな世界を支えなくていい。……あとは俺が、この脚本ごと反転させて終わらせてやるよ」
俺がクリスタルに手を触れた瞬間、まばゆい光が広間を埋め尽くした。
母さんの残留思念が、俺の魂へと溶け込んでいく。
同時に、俺の背中から、魔力の奔流で形成された漆黒と純白の『光の翼』が具現化した。
「…………制約を食い破れ!」
俺の咆哮と共に、魔力の奔流が爆発した。
一日二回、三回。……いや、もはやそんな回数に意味はない。
俺の意志が、そのまま世界の因果を書き換える。
「……視えるよ、レイ。……教皇のいる場所。……空の上、神が住まうとされる天空の聖域『エリュシオン』だ」
セレナが上空を指差した。
俺は、仲間たちの腰を引き寄せ、光の翼を羽ばたかせた。
王城の天井を貫き、雲の遥か彼方に浮かぶ、光輝く浮遊神殿へと加速する。
眼下には、俺たちの手で浄化された王都が宝石のように輝いている。
「……行くぞ。……神様が書いたこの退屈な物語を、俺たち六人の力で、最高に愉快なハッピーエンドへと反転させるために」
反転者の翼は、神の喉元を目指して、空を裂いて加速した。




