第二十話:王城占拠、五人の守護姫の乱
王都シュトラールの象徴である白亜の城。
かつては厳格な規律と伝統が支配していたその場所は、俺が「全権」を掌握したあの日から、わずか数日で「別の何か」へと変貌を遂げていた。
「……レイ様、お目覚めですか? 本日の王都の因果は『快晴』。そして朝食のメニューは、キミが昨日夢に見ていた、あの裏通りのベーカリーの新作パンを……僕が因果を捻じ曲げて、今この瞬間に焼き上がるように調整しておいたよ」
天蓋付きの巨大なキングサイズベッド。その中央で目を覚ました俺の視界に入ったのは、紺碧の瞳を無機質に輝かせ、俺の腹の上にちょこんと座っているセレナだった。
彼女は禁書庫を私物化し、今や「王宮軍師」の肩書きを盾に、俺の起床時間から献立までを完璧に予知――いや、コントロールしていた。
「……セレナ。因果の無駄遣いだぞ、それは」
「……いいんだよ。キミが『美味しい』と思う未来を確定させること以上に、価値のある予知なんてこの世にはないんだから」
セレナが淡々と、けれど独占欲を隠さずに俺の頬を撫でる。
ふと横を見ると、右腕にはルナが、左腕にはリタが、吸い付くような重さでしがみついていた。
「……主様。……城中の近衛騎士たち、……全員叩き出しておきました。……代わりに、私の魔力を分けた影武者を配置。……これで、あなたの寝顔を覗き見る不届き者は、一秒で細切れになります」
ルナが寝ぼけ眼で、けれど恐ろしいことを平然と呟く。彼女は現在「王城衛兵総督」を自称し、城の警備を一人で「魔族式」に最適化していた。
「あら、ルナさん。暴力だけでは国は回りませんわよ? ……レイ様、ご覧になって。国庫に眠っていた質の悪い金貨、すべて私の錬成で純度を百パーセントに高め、『レイ様金貨』として鋳造し直しておきましたわ。……これでこの国の経済は、あなたの顔を見るたびに価値が上がる仕組みですわ」
リタが誇らしげに、俺の肖像が刻まれた黄金の硬貨を見せてくる。彼女は「財務大臣兼魔導工房長」として、王国の予算をすべて俺の装備と生活費に充てるという、国家規模の公私混同を成し遂げていた。
ドォォォォォンッ!!
窓の外から、地響きのような爆音と騎士たちの悲鳴が聞こえてくる。
「おらぁ! 軟弱なツラしてんじゃねえ! 旦那を守るってのは、岩山をデコピンで砕くくらいの気合が必要なんだよぉ!」
ガオの声だ。彼女は「王立騎士団教官」に就任し、騎士たちに「加減なしのシゴき」を叩き込んでいた。おかげで城壁は毎日彼女の拳圧で削れ、騎士たちは全員白目を剥いて泡を吹いているらしい。
そして。
「――♪ ――♬」
大聖堂から響き渡る、魂を蕩けさせるような至高の歌声。
フィオナによる「福音のモーニングコール」だ。
この歌声を聴いた城の使用人たちは、超人的なバフによって掃除や料理を音速で終わらせるようになり、街の病人は一瞬で完治。今や国民は、教皇よりもフィオナを「現人神」として崇めていた。
「……お前ら、やりすぎだ」
俺は深い溜息をつきながら、ようやく解放された体でベッドから降りた。
◇
昼下がり。リタが錬成した「レイ専用・自動温度調節機能付き・巨大ヒノキ風呂」で汗を流していた時のことだ。
「……主様。……一つ、お願いがあります」
湯気の中から、ルナがひたひたと歩み寄ってきた。
彼女の瞳には、珍しく「おねだり」の色が浮かんでいる。
「なんだ、ルナ」
「……夜の警備、……私一人では寂しいです。……今日こそは、二人きりで……その、……膝枕をさせてください。……ご褒美に、耳掃除も……」
最強の剣である彼女の、あまりにも健気な要求。
「あーっ! ルナさんだけズルいぜ! 旦那! アタイだって、新しい技を覚えたんだ。……背中を流すふりして、旦那を抱えて一回転する技……名付けて『旦那大好きホールド』だ!」
ガオが全裸で飛び込んできて、俺の肩にがっしりと腕を回す。……加減してくれと言いたいが、彼女なりの愛表現なのだろう。
「ふふ、野蛮ですわね。……レイ様、私は新しい『特製ポーション』を開発いたしましたの。……お肌がツヤツヤになる美容液ですわ。……さあ、私が全身に塗って差し上げます」
リタが怪しげな瓶を手に、妖艶な微笑みで迫ってくる。
「……キミの因果、……全員『主様不足』で枯渇しているね。……仕方ない、僕がキミを……キミの全部を、今日一日かけて……『観察』してあげるよ」
セレナが正面から密着し、逃げ場を塞ぐ。
「……皆様、お静かになさって。……レイ様、私が一番心地よい歌を……あなたの耳元で囁きますわ」
フィオナまでもが、蕩けるような歌声を漏らしながら近寄ってくる。
「お前ら……一日に二回しか使えない俺の力を、こういう時に使わせるなよ……」
俺を追放した勇者ゼクスや、俺を「無能」と見なした王都の連中。
今の彼らが見れば、腰を抜かして憤死するような贅沢で、けれど重すぎるほどの愛の重圧。
「…………制約を食い破れ(俺の平穏を守れ)!」
俺の咆哮(悲鳴)が、湯煙の立ち込める豪華な浴場に響き渡った。
◇
騒がしい入浴が終わり、俺は王の執務室のソファで、五人に囲まれながらようやく一息ついていた。
窓の外を見下ろせば、かつて死にかけていた王都は、驚異的な速度で復興を遂げ、人々の笑い声が城まで届いている。
「……まぁ、国が良くなっているなら、これでいいのか」
俺がそう呟くと、膝の上で丸まっていたセレナが、ふと真面目な顔で俺を見上げた。
「……レイ。……楽しい時間は、ここまでだよ。……キミの魔力が、王都の地下深くに眠る『何か』と共鳴し始めている」
セレナの瞳に、不穏な未来の断片ではなく、確かな『真実』の光が宿る。
「……母さんの足跡か。……いいだろう。……一度、俺の力のルーツを完全に『食いつぶし』にいくとしようか」
俺は、リタが注いでくれた極上のワインを飲み干し、不敵に笑った。
五人の守護姫たちも、一瞬で「恋する少女」から「最強の牙」へと表情を変え、俺の背後で静かに、けれど狂おしいまでの忠誠を誓うように控えた。
凱旋した王都。そこはもはや、神の理に縛られた古い王国ではない。
俺と彼女たちが作り上げる、新しい世界の中心地。
母アイリスの遺産を目指し、俺たちは王城のさらに深淵へと歩み出した。




