第十九話:王都凱旋、静かなる覇道
王都シュトラールの白亜の城門が見えた時、そこに広がっていたのは、かつての栄華を無惨に食い散らかされた「衰退」の光景だった。
数ヶ月前、俺がこの門をくぐり、背後から罵声を浴びて追放された時には、街は活気に満ち溢れていた。だが今、石畳は手入れを怠ったように汚れ、行き交う人々の顔には「澱んだ魔力」の残滓が影を落としている。
「……ひどいですわね。……主様がいないだけで、この国の『浄化』はここまで滞るものなのですか?」
馬車の窓から外を眺めていたリタが、不快そうに眉をひそめた。
彼女の『神域の錬成』の眼から見れば、街を構成する魔導具や防壁の術式が、メンテナンス不足と呪詛の蓄積によってボロボロに崩れているのが一目で分かるのだろう。
「……当然だよ。……勇者たちが各地で撒き散らした『負の因果』を、レイが肩代わりして消し去っていた。……その歯車が外れたんだ。……この国は今、自重で潰れようとしている」
セレナが紺碧の瞳を無機質に輝かせ、街の深層に渦巻く「崩壊の予兆」を読み解く。
「旦那。……アタイ、なんだか胸がムカムカするぜ。……この街、死んだ魚みたいな匂いがしやがる」
ガオが鼻をひくつかせ、不機嫌そうに拳を打ち鳴らした。
「……主様。……指示を。……邪魔な門衛は、斬り伏せますか?」
ルナが、いつものように淡々と、けれどいつでも魔剣を抜ける態勢で俺の返待つ。
「……いや、必要ない。……あいつらが、一番よく分かっているはずだ」
俺がそう呟いた直後だった。
城門の警備兵たちが、俺たちの馬車の紋章――リタが特別に錬成した、白銀の獅子の紋章――を見るなり、慌てふためいて門を開け放った。
それどころか、一列に並んで深々と頭を下げ、震える声で叫んだ。
「お、お待ちしておりました! レイ様! 国王陛下、ならびに冒険者ギルド長がお待ちです!」
◇
王城、謁見の間。
かつては勇者ゼクスたちが鼻高々に手柄を報告していたその場所に、今は重苦しい沈黙が支配していた。
玉座に座る国王シュトラール六世は、この数ヶ月で十歳は老け込んだように見える。
その隣には、王都の冒険者ギルドを束ねるギルド長、バルガス。屈強な巨漢だったはずの彼も、今は疲労困憊といった様子で肩を落としていた。
俺が五人のヒロイン――ルナ、リタ、ガオ、セレナ、フィオナを従えて堂々と入場すると、居並ぶ貴族や騎士たちが、その圧倒的な威圧感に気圧されて左右に道を開けた。
「……レイ。……よく、戻ってきてくれた」
国王が、絞り出すような声で口を開いた。
「済まなかった、レイ! 君の価値を見誤っていた……。勇者ゼクスの報告がすべて虚偽であり、君がいかにこの国を、ひいては世界を裏側で支えていたか……。今になって、痛いほど理解したんだ!」
ギルド長が、椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、俺の前で深く頭を下げた。
「謝罪はいらない。……俺がこの街に戻ったのは、過去を清算するためじゃない」
俺は、玉座の前に立ちはだかり、冷徹に告げた。
「……俺が欲しいのは二つ。……母アイリスの完全な記録。……そして、教会が隠蔽している『神の裁定』に関するすべての禁書だ」
国王とギルド長は、顔を見合わせた。
その要求は、王家の根幹に触れる禁忌だ。だが、今の彼らに拒否権などなかった。
「……承知した。禁書庫のすべてを開放しよう。……その代わり、レイ。……教会の暴走を止めてくれ。彼らは『聖女の歌』を失い、あろうことか、魔王の封印を解いてその力を制御しようという禁忌の儀式に手を染めようとしている」
「……あは。……滑稽だね。……自分たちが生贄にした少女を奪い返されたからって、次は世界を壊す力に縋るなんて」
セレナが、神官たちを嘲笑うように不敵に微笑む。
「分かった。……協力しよう。……ただし、これよりこの国の『浄化』および『軍事』に関する全権は、俺が掌握する。……文句のある奴は、俺の彼女たちが相手をするが……どうする?」
俺がそう告げた瞬間。
ガオが一歩踏み出し、床の石畳を粉砕するほどのプレッシャーを放った。
ルナが魔剣の柄をカチリと鳴らし、フィオナが静かに「福音」のハミングを漏らす。
リタが周囲の騎士たちの武器を、指先一つで分解できる射程に捉え、セレナが彼らの「敗北の未来」を確定させる。
「……異論、ありませんな」
国王は、もはや恐怖を通り越した敬意を持って、俺に王国の印章を差し出した。
◇
数時間後。俺は王城の地下深くに隠された禁書庫で、母アイリスの記録を読み耽っていた。
そこには、俺の想像を絶する真実が記されていた。
――アイリスは、代々『世界のデバフ(神罰)』をその身に『反転』させて封じ込めてきた、選ばれし一族の末裔であったこと。
――そして、俺の心臓のすぐ隣で脈打つ『お釣り(呪い)』こそが、世界を終わらせる爆弾であり、同時に、来るべき『神の裁定』を覆すための唯一の武器であること。
「……やっぱり、そうだったのか。……母さんは、俺に世界を救えと言ったんじゃない。……世界を『反転』させて、自分の居場所を作れと言ったんだな」
俺は、禁書を閉じ、傍らで俺を見守っていたフィオナに視線を向けた。
「……フィオナ。……お前の歌で、この国の澱みを一度、すべて『反転』させるぞ」
「はい、レイ様。……あなたの望むままに。……この街の悲鳴を、私が最高の讃美歌へと変えてみせますわ」
俺たちは城のバルコニーへと出た。
眼下に広がる、死にかけた王都。
「…………制約を食い破れ!」
俺の咆哮と共に、二連発の『反転』の光が、王都の空を黄金色に染め上げた。
フィオナの聖歌が街全体に響き渡り、人々の顔から影が消え、枯れかけていた魔導具がかつてない輝きを取り戻していく。
その光を、地下牢、あるいはスラムの泥水の中で見上げていた勇者ゼクスたちが、絶望と後悔に震えていたとしても。
俺は、もう二度と振り返らない。
王都は今、俺の手によって「最強の拠点」へと作り変えられようとしていた。
母の謎。教会の闇。そして『神の裁定』。
すべての因縁を食いつぶすための準備は、整った。




