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第十六話:砂漠の葬送、届かぬ歌声

 西の果てに広がる『絶鳴ぜつめい砂漠』。

 そこは、地図上では広大な砂の海として記されているが、実態は生者が足を踏み入れてはならない「精神の墓場」だった。


 一歩足を踏み入れた途端、鼓膜を劈くような不協和音が風に乗って襲いかかってくる。

 それは風の音ではない。砂の一粒一粒が、誰かの悲鳴を代弁しているかのように震え、聴く者の正気をじわじわと削り取っていくのだ。


「……ひどい。……この音、……世界が泣いている声だ。……キミ、聞こえるだろう? ……彼女が、喉を潰してまで歌わされている『葬送曲』が」

 セレナが、紺碧の瞳にノイズのような光を走らせ、砂嵐の奥を凝視した。

 彼女の予言通り、砂漠の中央からは、この世のものとは思えないほど美しく、そして禍々しい歌声が絶え間なく響き渡っている。


「……主様。……空気が、重いです。……私の魔剣が、共鳴して震えています」

 ルナが、鞘に収まった魔剣の柄を強く握りしめた。

 リタが新調した防砂具や結界の外套を纏っていても、この「音」そのものに込められた呪詛デバフは、精神の隙間を縫って侵入してくる。


「旦那。……アタイ、なんだかムカムカするぜ。……あんな歌、アタイの拳でぶち壊してやってもいいか?」

 ガオが苛立ちを隠さず、砂を蹴り上げた。

 彼女の野生の直感が、この歌声の主が「加害者」ではなく、何かに徹底的に搾取されている「犠牲者」であることを嗅ぎ取っていた。


「……待て、ガオ。……リタ、あそこの魔力密度はどうなっている」

「……異常ですわ。……砂漠の中央にそびえるあの聖堂……。あそこに、世界中の『汚れ』が集約されています。……あそこにいる方は、その汚れを自分ひとりで引き受け、歌声として排出させられている……いわば、世界の排泄口ドレインですわ」


 リタの分析に、俺は奥歯を噛み締めた。

 『沈黙の歌姫』フィオナ。

 教会が「聖女」として崇め、砂漠の聖堂に祀り上げている少女の真実。

 彼女は救われているのではない。

 王都や教会の安寧を守るために、世界に降りかかるはずの災厄や呪いをすべてその細い体に集中させられ、喉を血に染めながら歌い続ける「生贄」なのだ。


 ◇


 砂漠の中央に鎮座する、逆さまのピラミッドのような異形の聖堂。

 そこには、白装束に身を包んだ数十人の上級神官たちが、円陣を組んで祈祷を捧げていた。


「おお、聖女よ! もっと歌え! もっと汚れを吐き出せ! お前の苦痛こそが、世界の平和の礎となるのだ!」


 神官たちの狂気じみた歓声の中心。

 祭壇の上に、砂色のマントを羽織った一人の少女が立っていた。

 

 フィオナ。

 彼女の首元には、真っ赤な「神の封印」が鎖のように刻まれ、歌い出すたびにその刻印が発熱し、彼女の柔らかな肌を焼いている。

 彼女の瞳には、もはや何の感情も残っていなかった。

 自分が歌えば、喉が裂ける。自分が歌えば、砂漠が広がる。

 それでも、「お前が歌わなければ、世界が滅びる」と教え込まれ、絶望の中で声を捧げ続けているのだ。


「……綺麗な服を着せて、聖女と崇めて、その実、喉を潰してゴミ捨て場にしているのか。……最高に虫酸が走るな」


 俺が砂嵐を突っ切り、聖堂の入り口に姿を現した瞬間。

 神官たちの祈りが止まり、守護の聖騎士たちが一斉に武器を構えた。


「異端者か! 聖女の儀式を邪魔する者は万死に値する! 殺せ!」


 騎士たちが突撃してくる。

 だが、俺の隣に立つ三人の少女たちが、それを許すはずがなかった。


「……邪魔。……主様の道から、失せろ」

 ルナの魔剣が、目にも止まらぬ速さで騎士たちの武器を粉砕し、ガオの剛拳が聖堂の床ごと彼らを吹き飛ばす。

 リタが指先を振るえば、神官たちが展開した魔法障壁は一瞬で「概念」から分解され、砂へと帰していった。


「な、なんだこの化け物どもは……!? 聖女よ! 呪歌の出力を上げろ! こいつらの精神を焼き切れ!」


 神官が叫ぶと、フィオナの喉の刻印が、さらに眩い血の色に輝いた。

 

「……ああああああああああああああああっ!!」

 

 フィオナが、天を仰いで絶叫した。

 それは歌ではない。魂が削れる断末魔。

 聖堂内を埋め尽くす、精神を崩壊させるほどの音の暴力。

 だが、俺はその咆哮を真っ向から受け止めながら、祭壇へと歩みを進めた。


「……フィオナ。……もう、いいんだ。……お前が、誰かのために泣く必要はない」


 俺は、彼女の前に膝をついた。

 フィオナの瞳が、初めて俺を捉える。

 その瞳には「来ないで」「汚れてしまう」という悲痛な怯えが、言葉にならない涙となって溢れていた。


「……お前の呪いは、神の理そのものか。……重いな。……一日一回の反転じゃあ、足りないかもしれない」


 俺は、彼女の喉元の、熱を帯びた刻印に手を添えた。

 皮が焼け、肉が焦げる匂いがする。

 だが、俺の心臓は、かつてないほど高らかに打ち鳴らされていた。


「……だがな、今の俺には『二回』ある。……お前の絶望を、根こそぎ、骨の髄まで、二度……いや、三度書き換えて、完璧に食いつぶしてやるよ」


 俺の全身から、これまでの比ではない圧倒的な魔圧が溢れ出した。

 聖騎士も、神官も、そのプレッシャーに耐えきれず、泡を吹いて倒れ伏していく。


「……お前の見る地獄を、俺が最高の福音ふくいんに変えてやる。……信じろ」


 俺は、進化した魔力回路を全開にし、彼女の喉に刻まれた神の封印へと、その一撃を叩き込んだ。


「――『不文律の反転インヴァージョン』、第一撃ファースト!!」


 白と黒の光が、砂漠の夜を真昼へと塗り替えた。

 だが、これはまだ序章に過ぎない。

 一撃で解けぬなら、二撃で。二撃で足りぬなら、三撃で。

 神が定めた世界の不浄を、俺という『エラー』が今、完全に上書きしていく。


 光の渦の中で、フィオナの喉を縛っていた漆黒の鎖が、音を立てて砕け散った。


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