ありがとう
エピソード6「ここから」
エピソード7「ありがとう」2話同時公開になります。
給食のビビンバを堪能し、お昼休みになる。
四十分の休み時間、何をしようか考えていると、先ほど消しゴムを渡した男が山田と鈴木を伴って廊下の方へ歩いていくのが見えた。
消しゴムの男はうつむき、山田と鈴木は不敵な笑みを浮かべている。
(いってくる)
(なにかあれば〜すぐいくね〜)
周りに人だかりができているセルシルを置いて、俺は三人の後を追った。
三人は体育館の裏に入っていった。
俺は物陰から様子をうかがう。山田と鈴木が消しゴム男の胸ぐらを掴み、壁に押し付けている。
「おめえ、神門と喋ってただろ?」
「はっ、はい…」
「俺らがあいつと遊んでやってたことバラしたら、どうなるかわかってるよなあ?」
「はっ、ひい…」
返事をしている消しゴム男の腹を山田と鈴木の二人は殴りつける。
「ゴボッ、ゆっ…許ひて…ください」
消しゴム男が泣きながら消え入りそうな声で言う。
『死ね』『許さない』
潤の叫びが頭にこだまし、血管が収縮して、心臓の鼓動が速まる。
いてもたってもいられない。
「なにをしてる?」
「なっ…」
俺が姿を現したのを見ると、山田と鈴木は一瞬たじろいだ。その隙に、消しゴム男はその場から去っていく。
「なにをしてるんだ?」
もう一度尋ねると、山田と鈴木は顔を見合わせ、笑い始める。
「びっくりするよー神門ちゃん。まるで別人みたいだからさー」
「何?って、遊んでやってるんだよ。な?」
山田と鈴木はお互い「そうそう」と頷きあい、そのまま俺に歩み寄る
「神門ちゃんともいっぱい遊んでやったじゃーん?」
「記憶喪失って聞いけど、ほんとに覚えてないのな?ウケるぜ」
山田と鈴木が俺の顔を覗き込み嘲笑う。
「ハハ。せっかく勇気出して飛び降りたのになあ?死ぬこともできねえのかよ―――」
「超重―――」
「ま〜ぜ~て〜」
どこからともなくセルシルの声が響き、俺は術の演唱を止める。
セルシルは、校舎の三階から体育館の屋根に跳び移り、屋根の上を走って、体育館裏の俺の前に宙返りで降り立つ。
セルシルは不敵な笑みを浮かべ、目に見えるほど黒く禍々しいオーラを溢れ出している。
セルシルの周囲で地鳴りが響き、俺は身体が重くなったように感じる。
「領域隔絶」
セルシルを中心に紫の空間が広がり、俺達がいる体育館裏を包み込む。空間の外の景色や音が遮断される。
「なっ、なんだよ、お前っ!」
山田と鈴木はセルシルから後退りする。
「風が吹く」
セルシルの身体が風となり、素早さと力強さが備わる。地を蹴り、山田と鈴木の眼の前に一瞬で移動する。見慣れない者には、セルシルが瞬間移動したように見えただろう。
息がかかる距離で、セルシルは山田を真顔で見つめる。
「これが死だ」
山田の頭にかかとを落とす。地面に山田が叩きつけられ、ヅシンッと嫌な音がしてコンクリートがひび割れる。
「潤に、なにをした?」
セルシルはそう尋ねながら、息がかかる距離で鈴木を真顔で見つめる。鈴木は腰を抜かし、口をぱくつかせて言葉にならない声を上げる。
鈴木の頭にセルシルの足が蹴り込まれる。鈴木は吹っ飛び、全身から血を流してピクリとも動かない。
セルシルが右手で山田を持ち上げると、山田の身体はありえない方向に曲がっている。
「治癒」
黄緑の光が、一瞬山田の身体を包み、身体を元の状態に治す。
やがて、山田は目を覚ました。
「えっ、えっ、う、うわあああぁ!」
「どうだ死は?」
山田は叫び声を上げるが、セルシルは真顔で睨んで黙らせる。山田は張り付いた笑顔で答える。
「潤に、なにをした?」
「あっ、あの、遊んで…たんだよ―――」
その後セルシルは、山田と鈴木を交互に蹴りつけては、「治癒」で治すことを繰り返した。
何度も死ぬような痛みや恐怖を体験し、山田と鈴木の精神は耐えきれず、生き返るたびに表情から生気が失われていく。
「正直に話せ」
「神門くんを…いじめて…ました…楽しかったんです…」
セルシルが山田の胸ぐらを掴む。
『死ね』『許せない』
俺は胸に手を当てる。
「俺は潤の記憶を何も覚えていないけど、この胸の動機が、恐怖を呼び起こしている…潤の身体はトラウマを覚えている」
俺の、いや、潤の頬を涙が流れる。
セルシルは両手で山田と鈴木の胸ぐらを掴み、宙に持ち上げる。
「楽しい…楽しいんですか、これが…どこが、楽しいの?これではただ、強いものが弱いものをなぶっているにすぎないじゃない。相手に怪我をさせて、殺しておいて、いじめ?傷害や殺人と変わらないじゃない…おかしいよ」
「ゆっ、ゆるして…」
山田が消え入りそうな声で言う
「あなたたちは、これを楽しんでいたんでしょ?やられる覚悟もないのに、やられる側になったら怯えて…あなたたちが生きているこの世界が平和で良かったわね」
「もっ、もう…許して…ください…」
鈴木の額に涙が流れる。
俺は頬に流れた潤の涙を拭い、二人を持ち上げるセルシルの腕に手を置く。
「二人を降ろしてくれ」
セルシルは二人を地面に降ろす。二人はそのまま地面に倒れこむ。起き上がる力はもうない。
俺は山田と鈴木の頭に手を置く。
「記憶読取」
二人の記憶を覗く。
―――流れ込んできたのは、山田と鈴木二人の記憶。
二人がかりで潤を殴る、蹴る映像が頭に流れる。 色々な場所、色々な時間、幾度となく繰り返されてきたのだろう。
「物を買ってこい」
潤をパシリにし、潤の持ち物を壊している。
「クソ野郎」「うぜえんだよ」「きめえ」「うじうじしやがってよ」「何泣いてんだよ」
繰り返される罵詈雑言、潤が謝っても、二人は暴力を止めなかった。
「お前なんて存在価値ねえんだよ。とっとと死ね」
赤い鉄筋が連なる工事現場の建物で二人が潤に向かって言い放っている。それが潤の死ぬ前、最後の記憶だった―――
―――そして、山田と鈴木のさらに深いところから昔の記憶が流れる。
幼い山田と鈴木が誰かから暴言や暴力を受けている。
加害者は山田や鈴木よりも身体が大きく、年上のようだ。山田と鈴木が許しを請うても 相手は止めはしなかった。それも色々な場所、色々な時間、何度も何度も―――
二人の記憶を閉じる。
「あるじ~大丈夫~?」
「少し…長く読み取りすぎた」
俺は、こめかみを手でぐりぐりしながら、ため息を吐く。
「連鎖していること、なんだな…彼らもまた被害者ということか」
「だね~…」
セルシルが憐みのこもった目で二人を見つめる。
セルシルが「隔絶領域」を解除すると、周りの音や 景色は元に戻った。
「なにやってんだ?」
強い殺気を感じて振り返ると、教室で見た神宮寺押忍と小鳥遊明日美が立っている。押忍の声はドスが利いていて、胸にズシリとくる。
「血を流して走ってく奴がいたぞ」
「あなたたちも~グルですか~?」
セルシルが尋ねる。
「そうだと言ったら?」
ハスキーな声で、明日美が不敵な笑顔を浮かべて尋ね返す。
「じゃあ~あなたたちも~懲らしめないと~」
セルシルと押忍ともに一歩前に出て距離を詰める。その距離およそ十メートル。
「弱いやつが、しゃしゃり出てくんじゃねえよ」
押忍の殺気がオーラとして身体から溢れ出ている。俺とセルシルは驚き、目を丸くした。
「オーラだ」
セルシルが小さく呟く。セルシルの身体からも黒いオーラが流れ出る。
「その殺気、抑えらんねえのか―――」
押忍が挑発したその瞬間、セルシルが消え、同時に押忍のこめかみに蹴り込んだ。今日見た中でも一番早い、砂埃が上がる。
俺は完全に直撃したと思った。
「ああ?なにしてやがるてめえ」
「なっ?」
押忍は手だけでセルシルの蹴りを受け止めている。押忍はそのままセルシルを投げ飛ばす。セルシルは空中で回転して俺の横に着地する。セルシルも驚きを隠せない。
「あの人〜本当にこの世界の人間ですか〜?」
「身体に魔力が流れてるな」
「全力で蹴ったのに〜止められちゃった〜」
押忍が首を鳴らす。
「痛えじゃねえか。てめえ…何もんだ?痛えなんて感覚、久しぶりだぞ」
押忍が空手の構えを取る。オーラが一層濃くなり、身体から溢れ出る。
「じゃあ、次は俺の番だな?」
押忍がニタリと笑い、地を蹴る。一瞬でセルシルと間合いを詰め、押忍の右の拳がセルシルの顔に迫るタイミングで―――
「止めろ」
「止めて」
俺と明日美が同時に声を上げる。押忍の拳はセルシルの顔の前ギリギリでピタっと止まった。
「ここまでだな。せっかく楽しくなってきたのに…ん?」
セルシルの手刀が押忍の脇腹に触れている。
「止めてもらえて〜よかったね〜?」
「ふん」
押忍が明日美の隣に戻っていく。
「で、そこの二人は、どうしてノビてんの?」
明日美が好戦的な目で、俺とセルシルを睨む。
「こいつらは、潤をいじめていたんだ」
「いじめ?潤ってあんたよね?もう一度聞くけど、今の状況は―――」
遠くの方から、パトカーのサイレントが近づいてくる音がする。
俺と明日美は睨み合う。
「あんた名前は?」
「神門潤だ。クラスメイトだろ」
「あんた別人みたいね」
「そうだ」
明日美は微笑み、口角があがる。
「面白いじゃん、あんた―――」
制服を着た警察がなだれ込み、遅れてスーツにコートを着た男が現れて尋ねる。
「山田くんと鈴木くんはいるかな?」
「山田と鈴木なら〜ここにいるよ〜」
セルシルが地面にノビてる二人を指差して教える。
「おいおい、何寝てんだこんなところで」
男は二人に呼びかけ、身体を揺す。二人は目を覚ましたが、虚空を見つめている。
「駄目だこりゃ…」
男は二人を地面におろし、俺たちに警察手帳を見せる。
「警察なんだけど、二人を連れてくね」
警察手帳には、髙木倫太郎と名前が書かれている。
警察に抱えられ、連行される二人。
生徒会長の高菱と副会長の島田が校舎からこちらの方歩いてくる。警察の髙木はすれ違いざま、高菱に対して深く頭を下げる。
高菱は押忍の顔を見て笑顔になる。
「あっ、押忍じゃない!ここでなにしてるの?」
「お嬢…いや、なんもねえよ」
押忍をそっぽを向く。
「ふん、馬鹿が」
副会長の島田が呟く。
「ああ?なんかいったか能面野郎」
二日は詰め寄り睨み合う。高菱が二人を引き剥がす。
「学校は激しく抵抗していましたが…複数の生徒から証言があり、いじめがあったことを裏付ける動画を入手しました。なので、山田さんと鈴木さんから潤さんに対する傷害罪として、生徒会から警察へ情報提供した結果です。潤さんのおかげで、学校と生徒を守ることができました。ありがとう」
「感謝する」
高菱とともに島田もお辞儀する。
「こちらこそ、ありがとう」
高菱と島田、押忍と明日美は二手に分かれて校舎へ帰っていく。
明日美は別れ際、「またね」と言い残した。
「あれで〜良かったのかな〜?」
「あの二人は何度も死を味わった。それに…この国は法治国家だ。きちんと彼らの処遇は司法に委ねて、裁かれるならそれに越したことはない…と俺は信じたい」
「だよね〜。あるじ〜のことになると〜やりすぎちゃうだよな〜わたし。てへっ」
セルシルは頭を掻く。
「それに、潤の身に何があったのか、潤の身体は忘れてなどいなかった…潤の気持ちがやっとわかった気がする」
空を見上げる。
『死ね』
潤の叫び
「死にたい…か」
『許せない』
潤の気持ち
「自分自身を…許せなかったのか」
潤の心臓の鼓動を感じる。
「潤は、自分の死を、最後に願ったんだな」
胸に手を当てる。涙は乾いた。
「治癒」
俺は唱える。黄緑の光が俺の―――潤の身体を包み込む。
「潤〜くるしかったよね〜」
目に涙を浮かべたセルシルが潤の身体を後ろから抱きしめる。
「目に見えない傷は…魔術でも治せない。今はただ…この身体に癒しを…潤の魂と、潤が生きた人生を弔おう」
『死ね』
『しね』
『し…』
「安らかに眠れ…治癒。」
「治癒」
セルシルも演唱し、黄緑の光はあたりを包む
「生きてくれて、ありがとう」
初執筆作品です。
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