はじめましては飛び膝蹴り
俺とセルシルはショッピングモール内の構造や人の多さに驚く。
フードコートで合鴨ネギうどんを注文して食べる。麺をすすると、もちもちの食感と出汁のうまみが口のなかに広がる。セルシルも上機嫌にしている。
「うまうま〜」
その後、一緒に雑貨店や服など見て回る。セルシルは服屋でテンションが上り、たくさんの服を試しに着ている。俺はセルシルをその場に一人残し、本屋に立ち寄った。
「この国の製本技術は素晴らしいな」
綺麗に並ぶ本、表紙が見えるように平積みされた本、本を紹介するポップ、すべてに感動する。
「装丁も美しい…絵も上手いな」
ファッション誌コーナーではコーンスープのCMに出ていた女優が表紙の本が並んでいる。
目や髪は黒く煌めいており、目の奥には星を散りばめたような輝きが覗いている。ただ、CMの時とは異なり、表情が乏しく、どこか気怠げでアンニュイな雰囲気に感じられる。
「ん?」
横に並ぶ本の表紙に見覚えがある顔が見えた。
「これ…叔母か?」
正真正銘叔母だが、俺が知る叔母とは雰囲気が全然違う。派手な印象で、いつも肌を露出させた服しか見たことはないが、表紙の叔母は、髪が黒く、服もドレスコードだ。表紙の見出しには「国民的女優 水心結」と記載がある。
「なんじゃこれ?」
パラパラページをめくる。様々なポーズをとっている写真が並んでいる。
「叔母は女優だったのか」
他にも叔母が表紙になっている本が複数見られた。また会ったときに直接尋ねようとその本を持ち、レジのある方へ向かう。途中小説コーナーでは、「ハリーピーターと賢者の杖」というタイトルが目に留まった。あらすじに魔法使いの物語とあったため、それも購入しようと手に持つ。
「きゃああああぁ!」
離れたレジカウンターから女の悲鳴が聞こえる。
見ると、女の店員に向かって、男がナイフを振り回している。女はレジの机の下に潜り込み男の攻撃から逃れる。
男はこちらに向きを変えて走ってくる。
「超重―――」
俺は男を制圧するため、魔術を発動しようと構える。
その時、こちらに走ってくる男の横を通り過ぎようとしていた女の子が、一瞬で男の顔に飛び膝蹴りをいれる。
ズゴッという大きな殴打音が鳴る。男の身体は一瞬宙に浮き、そのまま床に倒れこんで気を失っている。鼻は曲がり、鼻血が噴き出している。
女の子が持っていたレジ袋が俺の方へ滑り落ちた。同時に、中の本が外に飛び出たため、袋とともに拾って女の子の元へ歩み寄る。
女の子は、猫のように目が大きく丸い、頬はほんのり赤い。頭の上では猫耳のように円柱になるよう髪を結んでおり、後ろは二つくくりにしている。黒のパーカーに黒のワイドなジーパンを着用している。身長は百四十五センチ程度で小柄なため、遠目には小学生くらいに見えたが、年齢はもう少し上に見える。
「どうぞ」
俺はレジ袋と本を手渡す。本はファッション誌で、例のコーンスープCMの女優が表紙で笑っている。
本を見られた女の子は、恥ずかしそうに頬を赤らめ、お辞儀を繰り返し、そそくさとその場を離れていった。
「なかなかな蹴りだったね~」
紙袋を両肩に掛け、ソフトクリームを食べているセルシルが隣に来た。
「あるじ~も食べますか?はい、あ~ん」
セルシルがソフトクリームの頭を俺に向けて差し出してきた。俺は大きな一口でソフトクリームの白い部分をすべていただく。
「うわあ~!」
セルシルは半べそをかいていたが「いいもん~また買って食べるもん~今度は抹茶味にしてみようかな〜」
「転移」
ショッピングモールから潤の家に転移する。一度行ったことのある地点には転移可能だ。
窓から見える外の景色はすでに暗くなっている。
リビングのソファで「ハリーピーターと賢者の杖」を読み進める。魔法学校の入学式では、個人の性格や特性によって組み分け帽子が組を選択するというのが実に斬新なアイデアで面白い。
「組み分け帽子…元の世界でも取り入れたいな」
セルシルは隣にいて、ショッピングモールで流れていた曲を歌いながら、買ってきた服に着替えている。
「随分、露出が多いな…」
インターホンが鳴り、叔母がリビングに入ってきた。
「セルシルちゃん…その服―――」
「叔母さま~みて~この服~キュンキュンじゃな~い―――」
「それは水着よ」
固まる三人。
「え~お肌がたくさん出ていて~可愛いと思ったんだけどな~水着だったか~」
セルシルが上目遣いで俺を見つめる。
「あるじ~は、叔母さまみたいに~お肌が~たくさん出てる服を好むから~ちょうど良いと思ったんだけどな~」
「なに言って!」
とは言いつつ、俺は横目で叔母を眺める。
今日の叔母は、白のチューブトップにシージャンを羽織り、ジーパンのショートパンツを着用している。ベルトは銀色で輝いている。
叔母もいたずらっぽい表情で俺を見つめる。
「赤くなってるけど、図星?」
「いやいや」
俺は、叔母の質問をはぐらかしながら、叔母が表紙に載っていた本を取り出す。
「これは、あなたで間違いないか?」
叔母は一瞬目を丸くするが、すぐもとに戻る。
「ああそうね …女優をしていて、ちょっとだけ有名なの」
「雰囲気が全然違うから、最初見たときわからなかった」
「そうね…女優をやってる時は清楚とか 謙虚とかで売り出しているから」
「お疲れね〜」
「そうね、見える部分ではたとえフェイクであっても、ストイックさを求められる仕事なのよ」
そう語る叔母の顔は、雑誌の表紙のそれだった。
「だからその分、私生活では自分が着たい服を着て、自分がしたいメイクをして、好きなことをするって決めてるの」
「本当のあなたに会えてよかった」
俺が思ったことをそのまま言うと、叔母は頬を赤らめる。
「女優ってのは何をする仕事なんだ?あまりイメージがわかなくてな…」
「みんなの前で踊ったりするの~?」
「色々だけど、みんなの前で踊るだけじゃなくて、演技をしたり、ドラマや映画、CMとかに出て画面に映ることが主な仕事かな。そのために色々な人とお話して関係を築いて、有名にしてもらうのも、女優のお仕事だと私は思っている」
叔母がテレビを点け、画面に映った人を指さし 「こういう感じかな」と話す。
「国民的なのか?本にはそう書いてあるが」
「そう表現してくれてるなら、そうなのかもね。実際、潤と距離が離れていたのも、海外の監督が手掛けている映画とか、ドラマの撮影で海外を回っていることが多かったからなの。ここ1年は、ほとんど海外で生活していて、日本に帰ってくる機会はほとんどなかったし。私はそのことを後悔していないけれど、潤にとっては酷なことをしたな」
遠くを見つめる叔母の目は潤んでいる。
「二、三日、この家で過ごしてみて感じたことだが、仲が良い家族だったのだな」
俺はリビングに飾ってあった家族写真を手に取る。家族写真には、潤と潤の母、父が笑顔で写真に収まっている。場所はどこかのキャンプ場か、潤の父母はともに柔和な印象を抱く。
「いい表情してるよねえ~」
「私からすると理想の家族だった」
叔母は写真を手に取り、懐かしそうに見つめる。
「たとえ、金銭面だけであったとしても、あんたはあんたのできる限りのことを潤にしようとはしてたんだろう?」
叔母が一瞬目を見開き、そして表情が和らぐ。
「慰めてくれてありがとう」
「あなたたちは?元いた世界ではなにをしていたの?」
「しがない魔術師だ」
叔母が尋ね、俺は説明をする。
「元いた世界では、魔術師は特別な存在ではなく、ありふれていた」
セルシルが小さな声で魔術演唱して、右手から炎、左手から電気を放出させる。
「世界には大小様々な国があり、小競り合いをすることはあれど、概ね友好関係にあった。力の均衡は保たれていたといって良い。我々が暮らしていたのはなかでも巨大な国土と人口を誇るセルフィモウ王国。周辺諸外国との貿易で栄え、人の出入りは多く、民に慕われる王族が国の政を担っていた。ここまでは良いか?」
叔母につられ、セルシルも頷く。
「元の世界には、魔族がいて、人類は長きに渡り魔族との戦いを繰り広げてきた。結果、全ての国の間では、対魔族協定というものが交わされるようになり、魔族の討伐や襲来に際しては互いに助け合う関係ができていた。途中の経過は割愛するが、魔王率いる魔族軍が、直接セルフィモウ王国に攻め入ったんだ」
「あるじ~は自分の命と引き換えに~魔王軍を魔王もろとも打ち滅ぼしたの~」
「壮大な話ね…漫画かアニメの話を聞いてるみたい」
「そうでしょ、そうでしょ~。ちなみに~しがない魔術師だなんて~あるじ~は謙遜するんだけど〜」
セルシルが人差し指で俺をつつく。
「あるじ~は間違いなく、王国、いや、世界一の魔術師だったわ~」
「世界一の魔術師…って、すごおい!興味があるから、もう少しだけ聞いてもいい?」
「いいわよ〜いいわよお〜」
目を輝かせる叔母に対し、セルシルはふんぞり返って自慢気に話す。
「世界一というのは何をもって世界一なの?」
「いや、世界一なんかじゃ―――」
「まず~現存している魔術には全て精通しているし~分析を行って様々な新しい魔術も開発してる~。魔術の歴史の授業なんかではあるじ~について学ぶパートがあるくらい」
「教科書に顔写真を載せるのだけは、止めてくれといったのに…」
「公には言えないけど~禁術だって~たくさん知って―――」
「おっ、おい!」
「使ったらダメなものっていうこと?そんなのあるんだ!」
「基本的に~精神干渉系の魔術は~禁術とされているよ~」
「禁術も、魔術を分析するうえで重要な資料だからさ…」
俺は言い訳を述べる。
「あとは~魔力量が無限に等しいことと~無演唱で魔術を発動することができるとこかな~。世界中で~あるじ~たった一人にしかできなかったんだよ~」
「すごおい!」
セルシルが「えっへん!」と自慢げな表情をより強める。
「元いた世界でのあなたの名前は?」
「マキシムだ」
「あなたは?」
叔母がセルシルに向いて尋ねる。
「あるじ~の守護精霊だよん~。元いた世界で~あるじ~と契約を交わして~あるじ~と意識や魔力を共有しているよ~」
「今、俺が魔術が使えているのは セルシルのおかげだ。この世界の身体には魔力エネルギーがなく、待機中の魔素濃度もゼロに等しいからな」
「私なしじゃ~生きていけないって~」
「そんな言い方してないだろ―――」
「依存されちゃってる~!!」
セルシルは、はしゃいでいて、俺の話を全然聞いてない。
その後、俺とセルシルは叔母からスマホの使い方であったり、トイレが流れる仕組みなど、生活するための知識を学んだ。
この世界について知るためにスマホやインターネットの使い方もあらためて教えてもらった。
「へえ、すごいなこれ」
唸る俺の横で、セルシルはものの十分程度でスマホやインターネットの使い方をマスターした。
本やインターネットにある情報など、文字化されているものについては「組み込む」という魔術により、すぐさま知識化することが可能だ。
「我々元魔術師がこの世界で生活する上で、気をつけるべきことはあるだろうか」
「なんだろう…ひとまず、火を出すとか、目で見えるような魔法は外ではやらない方がいいんじゃない?みんなびっくりしちゃうから。演唱も小声で言った方がいいかもね。変人扱いされるかもしれないし」
「その通りだな…」
「あと、潤は高校生だったし、学校に通っていた。あなたはどうしたい?」
「そうだな、潤になったんだ。この世界の学校にも興味があるから通いたい。飛び降りの理由もわかるかもしれんしな」
「そう言うと思ったわ。ちょっと待って」
叔母はその場で学校に電話をした。五分程度話し、電話を切る。
「まあ当然だろうけど、飛び降りについて、すごい気にしてたわ…急だけど、明日から学校には行っても良いみたい。学校までは、私が送るから」
「よろしく頼む」
「ええ~あるじだけずるい~私も一緒に行く~」
「お前は高校生じゃないだろ。家で組み込み進めておいてくれ」
「なんでよ!いいも~ん、私だって勝手についていくも~ん」
「連れ人がいる高校生なんていないよな?」
「ええ…それはもちろん」
「そんなの~魔術でちょちょいのちょいよ~」唇を突き出し、顔の前で人差し指を左右に振る。俺と叔母は呆れて顔を見合わせる。
「ちなみに、飛び降りの件は生徒もみんな知ってると思う。ニュースでもたくさんやっていたし―――」
「精霊のすごさを~みんなに~見せつけてやるんだから~」
初執筆作品です。
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