守護精霊セルシル
しばらくして、叔母が「着いたわよ」と言い、車を止めた。
前には古い木造の一軒家が建っている。この世界に来てまだ数時間なので、見慣れないのは当たり前だが、車窓から見ていた家々の中でも、とびきり古そうな外観をしている。
「ここが、あなたが暮らしていた家。どうぞ」
叔母から入室を促されても、どうしたら良いかわからない。
「ああ、そうよね。何も覚えていないんだもんね」
叔母が俺ものと思しきカバンから、鍵を取り出す。
「仕方ないね…一緒に入ろっか」
「お願いします」
叔母が玄関ドアに鍵を差し込み、開錠する。
リビングに移る。
シンクには洗い物、リビング机の上にはカップ麺のゴミ、そこかしこに脱ぎ散らかされた服、ゴミ箱はごみが溢れている。
「久しぶりに来たけど…あんまり、整理はできていないみたいね」
「俺もそう思う…」
「ちょっと待っててね」
叔母は、そう言い残し、別の部屋へ姿を消した。
残された俺は、リビングの椅子に座り、背にもたれる。
「疲れた…」
溜息を漏らす。改めて自分の身体と服を見ると、ひどく汚れている。
「清める」
身体と服から汚れが消失し、光沢を放つ。頬が緩む。
「すっきりした―――」
「お風呂に入る?」
叔母が姿を現して尋ねる。
「お風呂…?」
浴室に移る。
元居た世界でも浴場はあったが、見慣れない物が多く備え付けられている。
湯が出るシャワーや浴槽に感動したのはもちろん、頭を押せば出てくるボトルに感動した。
「なんと便利な!最高だ!」
これからは「清める」ではなく、毎日お風呂に入ろうと決心した。
お風呂を終え、リビングでコンビニで買ったかつ丼を食べながら、テレビ画面に映った映像を食い入るように見る。
バラエティ番組では、タレントの呼びかけに返答したり、コーンスープのCMでは、今人気の若手女優から「温まった?」と尋ねられて頷いてしまった。
CMが終わり、ニュース番組が始まった。ニュースキャスタ―が原稿を読み上げる。
『本日、都内の工事現場で、高校生男児が飛び降りました』
見覚えがある赤い鉄筋が連なる工事現場が映し出される。
「あそこだ…」
『男児は、地上五十メートルの高さにある、鉄筋が突き出た部分から飛び降りました。その後、意識不明の状態で病院に搬送されましたが、命に別状はないとのことです』
続けて血痕の跡が映し出される。
「ニュースになっちゃってるわね。…どうして飛び降りなんか…」
「わからない…ですね」
「そうよね…」
叔母は席を立つ。
「ひとまず、いったん私は家に帰るわ。また明日、様子を見に来るから」
そう言って、叔母は「そういえば」と、俺のものと思しきスマートフォンを渡した。
「小さいテレビですか?」
「また明日説明するわ」
叔母はそう言い残して、帰っていった。
家の中に一人になる。
家の中を見て回ると、一階にはリビングの他に五畳程度の和室が一つ、二階には十畳程度の和室が一部屋で布団が敷かれている。
自分の家と言われても、俺にとっては他人の家なので、気分は落ち着かない。ひとまず、かつ丼はおいしく平らげた。ソファに深く腰掛ける。
「セルシルがいた方が良いな。彼女のサポートが必要だ」
俺はそう思い至り、「召喚」と唱える。
部屋全体を緑の光が包む。
守護精霊セルシルが姿を現す。
はずだが、「想起」で思い出した、好きだった人が姿を現す。同じようないたずらっぽい笑みを浮かべている。
「ちょっと~聞いてる~―――」
「セルシル…ふざけるな」
「えへ~」
好きだった人に化けたセルシルは、次々とポージングを変えて「うっふ~ん」とか、「あっは~ん」とかなおもふざけている。
「勘弁してくれ」
「は~い」
心を込めてお願いすると、セルシルはやっと変化を解いた。
白銀の髪は腰まであり、肌は白い。銀色の大きな瞳に高い鼻、エルフ種特有の長い耳をしている。衣服は、一枚の細長い布を巻き付けたようにしており、シルク生地かのように白く光沢を放っている。薄く模様も描かれている。足には真鍮製の膝まであるブーツを履いている。
「ごめんね~驚く顔が見たくてさ~。仕方ないよね~意識共有してるしね~何考えてるか分かっちゃうんだもん~」
「召喚が問題なく発動して良かった」
「生き返りの術式は一緒に組んでたけど~、まさか~別世界の~しかも~子どもに転生するなんて~想像してなかったよ~」
「ああ、生き返りの術式については自信はあったが、転生することは想定していなかった」
お互い、うんうんとうなずく。
「転生してから、驚きの連続だ。見たことのない物だらけだろ?」
「一目見て使い方がなんとなく分かるものもあるけど~、まったく分からないものの方が多いね~」
セルシルは、リビングテーブルに載っているハサミを手に取る。
「便利なものもたくさんありそう~生活水準も高そうね~」
「だが、魔力が全く感じ取れない…おそらく―――」
「私もそれ思ってた~そもそも~魔術がない世界…なんだろうね~」
「ああ、そうだろうな。便利なものについても、魔道具ではないのだろう」
俺は、冷蔵庫の扉を開いて中を見る。
「では、動力はなんだ?箱の中がひんやり冷たいぞ」
「わからないことだらけだね~」
お互い、首をかしげる
「それに~あるじ~が無演唱で魔術使えないじゃん~」
「魔力が感じ取れないし、この者の身体にも魔力というエネルギーがないのかもしれない。それに、魔術を使う身体として発達してきていないことも関係しているだろうな。セルシルがいなかったら魔術そのものが使えていないだろうな」
「感謝してよ~。それに~あるじ~が転生する前には魔術で干渉ができないね~」
「そうだな。最初目が覚めたとき、飛び降りる前に時間を巻き戻せなかった。だから、治癒を使った。そうそう、潤の記憶にもアクセスできなかったな」
「まずは~情報収集して~この世界のこと~知っていく必要があるね~。」
セルシルと話していると自然と笑みがこぼれる。セルシルのおかげで転生して初めて心から安心できた。
「セルシルと再会できてよかった」
俺がそう言うと、セルシルは地に片膝をつけ、自身の胸に手を当てる。
「主の尊き命と引き換えに、王国とその民を救われたことを、私は決して忘れません。セルシルはこの世界でも、主の魂ともにあることを誓います」
俺は、頭を下げる。
「ああ、よろしくたの―――」
『ボオカアァン!』
テレビから聞こえる爆発音にびっくりする二人。ドラマのワンシーンが流れている。
「ところで、これってどうやったら消えるんだ?」
「壊しちゃ~だめですよね~?」
初執筆作品です。
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