逆転生
『許さない』
『死ね』
頭の中にこだまする声
「うう…」
瞼を開ける。
舞い散る白い雪、白く舞う自分の吐息。暗い夜空にむき出しの赤い鉄筋が連なる工事現場はところどころライトで照らしだされている。高い位置に突き出した鉄筋が見える。
身体の周りにはわずかに雪が降り積もり、身体から流れた血が周りを赤く染めている。
「つ、いたっ」
身体がちぎれそうな拡散した痛みを全身に感じ、気が遠のきそうになる。
(タ…時よ戻れ…)
(?)
(ヒ…治癒…)
(…)
「時よ戻れ」
「なんで…」
「いって…治癒…」
身体の周りを黄緑色の光が包む。
「よし―――」
そのまま意識が途絶える。
『許さない』
『死ね』
再び、頭の中にこだまする声。
「いったい…なにがあったの…」
頭の外から聞こえる声に反応し、瞼を開ける。眩い光に、一瞬視覚を失う。そのまま上体を起こす。
「あっ、起きた」
女性が顔を覗き込んでくる。
大きな目と長いまつ毛、赤いリップ、髪型は銀と金のツートンカラー、肌はほんのり焼けている。肌の露出が多く、唇のイラストがプリントされたシャツの胸元は開いていて、大きな谷間がのぞく。シェパード柄の短いタイトスカートから長く伸びた脚には、網タイツを着用しており、耳と首元、手首の装飾も華美である。ただ、気品さが感じられ、とても魅力的な印象を抱いた。
「潤、わかる?」
「美し…って、いや…」
(どこだここ?なんだこれ)
初めて目にする者、物、もの。
(まばゆく光る魔道具?や、文字が刻印されたガラスがはめ込まれた音の鳴る箱…)
「私の声、聞こえる?」
「は…はい。」
「とにかく、ドクター呼ぶね」
女性は、退室する。
「ドクター…医者のことか…聞いたことのない言葉だが、意味はわかるな…」
自分の手を見る。俺の意思で動くこの身体に見覚えがない。なんとも不思議な感覚だ。
「演唱しないと発動しなくなってる…」
寒空の下、最初に目が覚めたとき、無演唱では魔術が発動しなかった。「治癒」のおかげで、身体の痛みは感じない。
白衣を着た医師と看護師、先ほどの女性が入室する。
「目が覚めましたか?」
「聖騎士?…ではないな。あなたがドクター?」
「はい?」
元いた世界では、白衣は聖騎士団の制服だった。
なにもないですと答えると、医師は怪訝な表情を浮かべ、聴診器を胸に当てる。ペンライトの光を目にあてる。
「まっ、眩しっ!」
「じっとしてくださいね」
医師はペンライトを胸ポケットにしまい、俺の身体を眺める。
「不思議ですが…身体はどこも問題ありませんねえ。問題ないどころか、傷ひとつ負っていない」
「よかったあ…」
女性が安堵する。
「五十メートルの高さから落ちたというのに…信じられませんよ…」
医師は俺と目を合わせる。
「どうして、ここにいるかわかるかな?」
「どうしてって…魔術のおかげ―――」
「はい?」
「…じゃなくて…なんで…なんですかねえ?」
今度は、医師のみならず、看護師も女性も怪訝な顔をした。
「自分の名前はわかるかな?」
「いや…潤…で合ってますか?」
「名字は?」
「名字?いやあ、分からないですね…」
「今年は何年?」
「知らない…ですね」
「これはなにをするものですか?」
提示されたのは細いボールペン。
「えっと…なんでしょう。杖でしょうか…?それとも大道芸で使うまやかしの道具ですかね」
俺はボールペンを手に取り、硬さを確かめてしばらく眺めたあと、上下に揺らす。
「あっ、ほら、曲がって見える!まやかしの道具で…あってませんよね」
医師が女性へ向き直る。
「水心結様ですよね?テレビでいつも拝見しています」
「あっ、ありがとうございます」
「彼の…叔母様にあたる?」と確認したうえで、「記憶喪失の症状と見られます。自分の名前がわからないことや、物の用途までわからないとなると症状としては、かなり重たいですね―――」
「記憶喪失…って、治るんですか…?」
「記憶が元に戻るとは断言できません。とりあえず、普段通り生活を送ることが求められます。生活のなかで、何らかのきっかけで記憶が元に戻ることもあると言われています」
「そんな…」
「ひとまず、身体に問題は無さそうですし、お帰りいただき、また後日何かありましたら、通院ください」
戸惑う叔母に医師はそう説明すると、帰り支度となった。
叔母が退院手続きを済ませる間、ロビーで待つ。
「見るものすべてが新しい。感動だ。」
忙しそうに走り回る医師や看護師、担架で担ぎ込まれる人。
「魔術は…使われてないな。演唱を行っている人も…いない。」
潤の過去が気になる。記憶を呼び起こす魔術を唱える。
「想起」
『フフ…ちょっと、聞いてる?目を見て話してほしいな』
元いた世界の頃、好きな人を初めてデートに誘いだした。俺が緊張しているのを見て、いずらっぽい笑みを浮かべる。
「違う。これは俺のきお―――」
「お待たせ。行こうか」
「はい!」
一人悶絶する俺に会計処理を済ませた叔母が突然話しかけてくる。悶絶しているのを不審に思われたくなくて、咄嗟に大きな声で返事をしてしまった。
叔母に連れられ、病院を後にする。
ドライブ
叔母に待ってるように言われ、俺は一人ロータリーのベンチに座る。空からは雪が舞い、寒く、吐く息は白い。
五分程して、俺の前に叔母の車が停まる。
叔母の車は、創設者と峠道の名が由来となった英国の高級車だった。暗がりでも病院の照明を反射して黒く煌めいている。
「わお…美しい」
どう乗るのか分からず、手をこまねいていると、叔母が降りてきてドアを開けてくれる。ドアは斜め上に開く。
突き上げられる振動、爆発的な推進力に感動する。
「素晴らしい…」
「輪っかで操縦するのだな」
「暖かい風が吹いている」
「赤色はとまれか…」
胸を躍らせ目に付くもの一つ一つに反応していく。
車は夜の高速道に入り、スピードをあげて駆け抜ける。
「ものすごいスピードだ…」
「本当に何も覚えていないのね…」
叔母は表情を曇らせる。
「逆に、覚えていることはないの?」
「覚えていること…デート―――」
「えっ?デー…なに?」
「なにもないです」
やがて車は高速道を降り、一般道に合流する。十字路の交差点で、信号が赤信号になり、車が止まる。
「どの世界でも、雪は降るんだな」
窓の外を眺めながら小さな声で呟く。
窓には自分の顔が映っている。ショートヘアの平凡な容姿をしている。
「えっ、ちょっと!」
叔母の声で、前方を見る。
交差点を挟んで向かいの道路から、赤信号を無視して、乗用車がブレーキをかけずこちらに突っ込んでくる。
「ぶつかる!」
叔母は俺を守ろうと、咄嗟に俺の上半身に覆いかぶさる。
俺は右手を掲げる。
「スライムの盾」
叔母の車の前方に乗用車を覆う程大きなスライムを出現させる。乗用車はスライムに衝突し、プニョンと音をさせ停まった。
衝突の衝撃で、乗用車の運転手は目を覚まし、あたふたしている。
魔術を解除すると、スライムは跡形もなく消失した。
「えっ、なに?ぶつかってない?」
叔母は少々取り乱したものの、無事だったことに安堵した。
「大丈夫?」
「はっ、はふぃ、だひびょふぶ(大丈夫)です」
叔母の胸に俺の顔は埋もれており、叔母は頬を赤らめ、俺から、身体を離す。
「ごっ、ごめんなさい」
青信号になり、前の乗用車を避け、車は発進する。
「びっくりしたわね。なんだかわからないけど、停まってよかったわ」
時刻は9時を回っている。
「晩御飯が必要ね」
叔母の提案で、夜道に煌々ときらめくコンビニに寄った。
「いらっしゃいませー」
「お…お願いします」
元気よく店員に声をかけられ、俺はたじろぐ。
さまざまな物がきれいに陳列された店内や、支払いに驚かされた。
「クレジットカード…?いま何をしたんだ?」
叔母は説明してくれたが、よくわからなかった。
初執筆作品です。
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