第三話 毎々
8月2日の昼間に、いざ働きにとコンビニに向かっている道中、新しく入ってきたアルバイトの少年がいかがわしい思惑のあるのだろう中年たちに車に押し込められそうになっているのを見つけたので助けに入った。
中年たちには、やたらと「なんだお前」と吠えられたが、なんだと言われても説明に困った。「その少年の、アルバイト先の先輩で〜」などと説明しても、わざわざ助けに入るほどの関係性ではないために、奇妙かなと細目で分析。
なので、てきとうに「住所不定アルバイター」と返してみた。すると、「ようするにホームレスじゃねぇかふざけやがって」と吠え。
殴りかかられたので、攻撃に必死で耐えながら少年を抱き寄せて、ナイフが肩に刺さるのも構わないで、遠くの柔らかい地面に投げ飛ばした。
「暴力は苦手なのになぁ」と思いながら、不気味に熱くて死ぬほど痛い肩を動かしたくなくてだらんと垂らす。
「やるかこらーっ!」
「うう、うう」
天獄はただ殴られるのに耐えるだけだった。男として恥ずかしいかもしれないけれど、天獄は本当に暴力というのが苦手だった。
幼稚園児の頃に友人をいじめていたガキ大将の頬をビンタして泣かせてしまった事があって、その時の罪悪感があり、「暴力はいけないことだ」と学習。
拳を握るときはじゃんけんかふわふわダンスの時だけである。故に、弱者。
「なんだなんだ、全然弱弱じゃん!」
「ハハ、ハハハハ……! マジ死んじまうんじゃね〜の!? こいつさ!!」
「死んだらその辺にぽいっ! 皮膚はカリカリにしてやんよ! 指紋ッ、指紋あるかもしれないからねッ」
「…………」
そうしているところに、天獄は少年がいまだ逃げていないことに気がついた。
何故逃げない。腰が抜けているというわけでもないのに。わざわざ離れたところに投げたのに。
イラッとした。
「オラ! オラ! ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク!!」
身体中に穴があく。
血液が吹きこぼれる。中年は天獄の腹にナイフを突き刺して、腸を出せるまで出した。
天獄はそれでも息をしていた。前だけというわけでもなく、一定のリズムで安定した呼吸。
「ハハハハ!! 二世帯住宅くらいあんじゃーん!! ハハハ!! ハハハ! ハハ……ハハハ……なんで生きてんの?」
「いけないか?」
男たちは腰を抜かした。
「昔から死ににくいんだ。だから……練炭をたかれても死ねかったし、母さんは俺のことを、何度も殺そうとしてくれた。心臓をえぐり取って、目の前で、何度もミキサーに掛けるところを見せられたこともある。なのに死ななかったんだ。頼むから……頼むからもう二度と俺を傷つけないでくれ」
腸が、腹の中に戻っていく。その時、空から落ちた肥後守に心臓を貫かれ、死ぬ。
死んだ?
死んだ。
それを理解するの、2本指を折るに至った。
「や……やば……し、死んじゃった……」
「…………」
「やっべぇ、どうしよう……生きてませんよねぇ。ジオメトリースペースにいんだから……えーっ、マジどうしよう……人死なせちゃった」
「できることならこのまま死なせてほしい……」
「ひぃ、ジオメトリースペースで口を利いててキモ!普通死人がそんなエネルギッシュなわけねーだろ! なんだお前」
「オメェがなんなんだ……人を殺しておいて……」
アタフタして浮遊している肥後守を見て、堪えられなくなった天獄は立ち上がった。
「ヒィー、ジオメトリースペースで立ち上がってる!! なんでそんな生命力に溢れてんだよ!!」
「んなもんワシが知るわけないやろ」
「もしかして……」
肥後守は天獄の頭に突き刺さった。
「君……計58回行われた世界改編すべてを『生まれてから一度も怪我ひとつなく生ききった唯一の存在』らしいぞ」
「はぁ?」
「58回分の100年が今の君にまるまるギシッと詰まってるってこと! 最後まで生命力たっぷり!! だから死んでも死にきらないのか!! 殺したのが君みたいな化け物で良かった〜」
「お前ぶち殺すからな」
肥後守が天獄の胸の中にスゥッと入ってくると、意識が覚醒した。完全にすべての傷が治っている。
「ひっ」
天獄が視線を向けると、中年たちは縮こまった。
「…………警察に、自首」
天獄はこれ以上相手にして、化け物退治と洒落込みますか、とされることを恐れた。
「頼むよ」