第88話 『事情がありまして……』
毎日、朝の8時台に投稿予定
たまに大幅にずれる可能性があるので、ブクマ推奨です
キンジー先生との交渉(?)も無事に済み、【知識の樹】へと戻ろうとしたところで、廊下にある二つの人影。
「二人で追いかけてきたんです……」
「どこかに走ってくのが見えたからな! 外にも声が聞こえてたぜ」
「お前ら……」
あんだけ騒音に負けないぐらいの音量で話していれば、それもまた当然なのかもしれないが――まいったな。どうやら全部聞かれていたらしい。
裏でこっそり、というつもりでもなかったが……。
こうなるともう、誤魔化しもきかない。
「テイルさん……私たちにも手伝わせてくれませんか?」
「俺が勝手に受けた依頼だぞ?」
依頼を申し出たのも、自分一人でやるのなら多少無茶な要求が来ても問題ないだろうと判断したからだ。二人も巻き込むつもりだったのなら、もう少し慎重に進めていたと思う。
「抜け駆けなんてさせるかよっ!」
「私だって、いつも見てるばかりで……力になりたいんです!」
――ということがあり、基本は三人。ハナさんがアリエスに付いて世話をする時は二人で。その日から毎日、キンジー先生が提示したままに、様々な依頼をこなすことになった。
一つ終わればまた一つ。
毎朝渡されるリストには、多種多様な材料が列挙されていた。
「とにかく使えそうな脂を採ってこいって……」
こんなアバウトな要求されても、どこで調達すりゃいいんだ。
機石装置に使う潤滑油かなにかか?
もしくは、金属を加工するときに使う冷却用のものか。
「……どこに売ってんだ、そんなの」
「脂ってんだから、魔物を狩るのが一番早ぇ!」
大概のものなら自然区で集まる。学内の売店や生徒との取引でも、望んだ物があるとは限らないし、行商人が来るのはもう少し先の話。面倒だが、ヒューゴの言う通り、それが一番手っ取り早い手段だった。
そういうわけで、なんとか手頃な魔物を狩って、先生の元へと持っていったのだけれど――
「だぁれが“生”で持ってこいっつったぁ!」
……戻って早々、怒鳴られてしまった。
『これだから若いもんは!』とこちらもロクに見ずに、作業に没頭している先生。
二十キロほどの、丸々と太った魔物を担いで数十分。狩るの自体はそう難しいことでは無かったのだが、ここまで運ぶのに骨が折れた。力のあるヒューゴと二人だったとはいえ、わりと苦労したのに……。
こんな理不尽な仕打ちがあるだろうか。
「瓶に入れて持ってくるとか、あるじゃろうが!!」
「なるほど」
「確かに」
ここでそのまま脂だけ取り出して――というのは甘い考えだったらしい。
『脂以外は邪魔じゃから捨ててこい』と言われ、そういうことかと納得して出直しである。
できれば、こういう細かい要求は事前に伝えといてくれよな……。
二度手間だ、ちくしょう。
「……どこで捌く? 内臓と血は処理したけど」
再び魔物の死骸を抱えたまま廊下へと出た。
とにかく、クソ重たいコイツをどこかで解体しよう。
生き物を捌くのは苦手でもないが、問題は場所だ。流石にある程度好きにできるとはいえ、【知識の樹】でやるわけにもいかないだろう。
「いや待て。そういや、こいつの肉は案外美味かった記憶がある」
「――――」
ヒューゴからの突然の提案。一瞬、『何言ってんだコイツ』と呆れかけたけど――散々担いできたこの肉塊、確かに元は豚に見えなくもない魔物だった。じゅるりとヨダレが垂れかけているヒューゴの様子から察するに、それなりに期待のできる味らしい。
「となると……」
持ち込む場所といえば、一つしかないよな――
「へぇ、シャンブレーに行ったんだ、懐かしいなぁ。僕はあそこの出でね」
「やっぱり――」
食堂の調理場に一番近いテーブル。カウンター越しに、お兄さんと話をする。
「なんだこの料理!? やべぇぐらい美味ぇ!!」
語彙力の喪失。『やべぇ』と『美味ぇ』をひたすら繰り返している。
……いや、ヒューゴだし、もともと語彙力はなかったか。
わざわざ肉をここまで運んだ苦労は、食堂まで持っていって絶品の料理へと変わったのでチャラになった。(脂はちゃんと別に採っておいてもらった。自分達とは比べものにならないぐらい手際が良く、流石はプロの料理人である)
ということで、半分はアリエスたちへのお土産として取り分けてもらい、残りに舌鼓を打っている最中。こういうのを、役得と言うのだろうか。
舌の回りもよくなり、シャンブレーでの依頼の話も自然とはずむ。
「たぶん弟さんだと思うんですけど、少し話もしました」
「ということは、“壁の穴”かい?」
――かくかくしかじか。学園に戻ったら話をしようと、前々から思っていたのである。とはいえ、普段は厨房で忙しそうにしているので、こうした機会でもなければ声をかけられなかったのだけれど。
「僕の家みたいなものかな、あそこは。弟は、僕に影響を受けて料理を勉強していてね、いつか店で働きたいとは言っていたけど……」
「そうか、ちゃんと頑張ってるんだね」
「お店ではまだ見習いって感じでしたけど」
「あの店では、どれだけ腕があっても数年は見習いさ。不満が募って途中で辞めて、自分で店を開く人も多いよ」
寿司職人みたいだ、とは思っても口にしなかった。
寿司について説明するのが面倒だったからである。
きっと、言えば作ろうとしてくれるんだろうけど……まず米が無いしなぁ。
「中途半端な料理じゃ、とてもじゃないけど人には出せないからね。だから、厨房に本格的に立てるようになる頃っていうのは、一人で店を出しても恥ずかしくない腕だと認められた時だろうし、おやじさんもそうしろって送り出すんだよ」
『僕は駄々をこねて、五年ぐらい店にいたけどね』と笑っていた。
「といっても、実際おやじさん一人でも店を回せる規模だったけどね。それから自分でも材料を調達するようになって――おかげで料理の腕だけじゃなくて、剣の腕も鍛えられちゃったけど。……魔法? 魔法は使えないよ」
そう言いながら、料理包丁片手に真ん丸の果実を掴みとる。
それを頭上高くへと放り投げ、包丁を一振りしたかと思うと、まるで花開く様に細かい飾り切りが施されていた。
「はぁ……」
料理は鮮度が命。生き物を捌くときも、一瞬で絶命させ、一瞬で解体しなければどんどん味が落ちるのだとか。
この学園、料理人までただものじゃないのかよ。
「店主のおやじさんも凄い元気でした。料理も美味くて――」
と、そんな感じに雑談に華を咲かせたりもして。
珍しい人と話したものだけれども、これはこれで楽しいものだった。
「わ、すごい良い匂い」
【知識の樹】の地下で一人機石バイクの修理をしていたのだろう。自分達が降りてくるなり、手を止めて顔を上げた。
もちろん、食堂で作ってもらった肉料理が原因である。ここに来るまでに、なんどすれ違った生徒たちに振り返られたか分からない。
アツアツではないけども、まだそれなりに温い。
あの凄腕ならば味も落ちていないだろう。
「差し入れだ。俺たちは先に食ったから、ハナさんと二人で食べてくれ」
『依頼の為に狩った魔物を食堂で料理をしてもらった』
別に間違ったことは言っていない。
「えええぇぇぇぇ!? なにこれ! なんでこんなに美味しいの!?」
感想がヒューゴと同レベルだった。
美味すぎて語彙力が著しく下がるらしい。
……いや、自分も食べて語彙力どころか言葉を失ったから分かるけど。
「ハナちゃんも食べるよね?」
「あ、あの……私はお肉は……」
「あ……そっか、ごめんね」
「いえ、どうぞ私の分も食べてください」
『それじゃあ、ありがたく頂きます!』と礼をいって、はむはむと肉を摘まんでいた。どうせ放っておくと、ロクに食事もとらずに作業し続けるのだろうから、丁度良かったのか。
――さて、アリエスは食事に集中しているから、そっとしておくとして。
こちらで考えなくてはならないのは、依頼の続きについてである。
「キンジー先生からの依頼はどうだったんですか?」
「ありゃあ……失敗だな……」
ハナさんたちに料理を持って行く前に、キンジー先生へと脂を持っていったのだが、散々な結果に終わったのだった。
受け取るなり瓶の中身を、側に置いてあった器にすべて移したキンジー先生だったのだが、火花が散り、器の中に入ると同時に脂が勢いよく燃えだしたのだ。
「はぁーあ……。どうすんだ?『今度はもっと燃えにくい脂を取って来んか!』って言われてたけど」
ヒゲの先を焦がしてワナワナと震えていた先生から、雷が落ちなかっただけまだマシである。
学内の売店に売っているわけもないし、よそから借りてくるわけにもいくまい。
行商人が学園に来る時期は、まだまだ先だろうし。
やはり、自分達で調達するしか方法はないのだけれど、どんなものを採ってくればいいのか、すら分からないのだ。
「脂って……どれも燃えやすいんじゃないのか?」
「いいえ、テイルさん。一概にそうとは言い切れないです」
そんな中、そうきっぱりと言ったのは、意外にもハナさんだった。
「動物の脂と植物の脂では、燃えやすさに違いがあります」
植物性油ってのは植物を蒸留して取り出す精油と、種の油分を搾り集めた油脂と二種類あるらしい。……そういえば昔、理科か科学かで習ったような気もしなくもないけど。
今回必要とするのは、恐らく油脂の方。菜種油だとかごま油だとかヤシ油だとか、そういったのと同じものと考えておけばいいか。とりあえず、ハナさんの説明を聞いた限りでは、とりあえず種を集めて搾れとのこと。
「なるほど、勉強になるな……!」
おい、鍛冶屋の息子。
道具の手入れだったりで使うんじゃないのか。
「どれぐらい採ってくりゃいいんだろうな」
「そりゃあ……量の指定は無いんだから、持てるだけだろ」
――とにかく、目標の目途が立った以上、また自然区に材料調達に行ってこないといけないわけだ。
「今度は私も付いて行きます!」
「ありゃ、ハナちゃんも出てくの?」
「はい! アリエスさん、楽しみに待っていてくださいね!」
自然区の奥に入るのは初めてらしいハナさん。心なしか嬉しそうにしている様に見えるのは気の所為だろうか。
「思ったよりも楽勝だったな!」
「これもひとえに、ハナさんのおかげだな」
だいたいは察していたが、やっぱり植物のスペシャリストだった。
そもそも妖精というのは、自然が形を持ったものである。その声を聞けるというのだから、妖精魔法師というのは各地で重宝されているのだとか。
代々鍛冶屋をやっているというヒューゴの家が、炎の妖精魔法師というのも、そういう部分から来ているのだろう。
それに他の魔法と比べて、素質のあるなしが直結しているのも大きな特徴だった。全く素質のない人は、妖精を視認するのも難しいのだとか。
「こんなに沢山採ってきてよかったのでしょうか……」
いわば才能の塊と呼んでも差し支えのない二人と一緒に、大量の果実が詰まった荷物を背負いながら食堂へと向かった。
「ははは、別にいいんじゃないかな。なんせあれだけ広大な敷地だ、幾ら採っても数日後には元通りさ」
そう笑いながら、軽快な包丁さばきで皮を剥いていく。
「君たちが持ってきてくれるおかげで、材料には困らないよ。さっきはお肉だったし……今度はデザートが食べたくなったのかい?」
「い、いえ……実は、その果物の種が欲しいんですけど……」
脇に置いてあったボウルに積まれていく“種の山”の方を指さすと――案の定、不思議な顔をされてしまう。
「……? 種はどう調理しても美味しくないと思うけど……。え? そのままでいい? 何に使うんだい?」
果実を綺麗に切り分けながらハテナマークを浮かべる食堂のお兄さん。
そりゃそうだろう。大量の材料を持ってきては、脂肪だの、種だの……。
傍から見たら、奇行と思われても仕方ない状況。
せめてもの弁明として、今回のいきさつを苦笑交じりに説明したのだった。
「そ、それはまぁ……事情がありまして……」




