第87話 『もっとはっきり話さんかい!!』
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「――学園長っ!」
駆け足で自分が訪れたのは、学園長室。
……ここに来たのは、いったい何度目だろうか。
この部屋の――ひいては学園の主であるヨシュア学園長が、『やぁ』と優雅に飲み物を口にしながら微笑んできた。
「そんなに慌ててどうかしたのかな?」
そこに威厳なんてものはなく。こちらとしても、用事を伝えやすいのはありがたいが、本当にこの人が山程いる魔法使いたちのトップでいいのだろうか。……いや、むしろ強さを秘めているが故の、この余裕の表情なのか。
兎にも角にも、要件を伝えなければ。
「あの……前に自分達が、廃棄された工房へ探索に行った時に持ち帰った資料――あれを見せてもらいたいのですけど……」
機石兵器と戦ったあの工房。流石に、あそこにあった全部の資料に目を通すわけにもいかず、全員が手当たり次第に荷物に入れたのだった。
あの中に、機石バイクについての資料が混ざっている可能性もゼロではないはず。それさえあれば、アリエスの修理も軌道に乗るのではないか。
――そう考えてはいたけど、そもそも外からの依頼だったわけで。もしかしたら、既に学園に無いってこともあるんだよな……。
「それなら――解読も一緒に頼まれていてね。幾つかはとても古い言葉で書かれていたんで、キンジー先生に任せているよ。必要なのかい?」
「えぇ、ちょっと知りたいことがあって……。キンジー先生ですね」
キンジー先生というと、機石魔法科の先生だったか。学生大会の時に確か審判をしていたから、見覚えがある。
「ふぅむ……きっと、今の時間なら在室しているだろう。訪ねてみるといいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「あのー……キンジー先生? いますか?」
学園長室を出て、すぐに機石魔法科棟へと向かった。軽くノックをして声をかけてみるも、扉の向こうから返事が帰ってこない。
……どこかに出かけているのか?
学園長は『在室してる』って言っていたよな?
「あのー! 先生ー! 留守ですかー!」
留守だったら返事があるわけないんだけども。
ドンドンと扉を叩いてみると、ようやく中から声がした。
「今は手が離せん! 勝手に入ってくれ!」
「――うわっ!?」
言われた通り扉を開けると、ガリガリという騒音が耳を付いた。
どうやらなにかの作業中らしく、火花が四方に散っている。この騒音の中なら返事がなかったことにも頷ける。
「なんだぁ! さっさと話さんか!」
こちらを向くこともなく、大声を上げるキンジー先生。顔全体を覆うマスクをしていにも関わらず、騒音に阻まれることなく声が響いていた。
白髪交じりで、背の低い。それなのに、ガタイはしっかりしていて腕っぷしが強そうな、絵に書いたようなドワーフ族の老人。いかにも職人気質というような雰囲気を纏っていた。
しかし……きっと脇目もふらず手元に集中しているのはいいが、身長が作業台と合っていない。踏み台をいくつか重ねているので、見ているだけでハラハラする。
「俺たちが工房から持って帰った資料についてなんですけどー!」
「あー!? なんだぁ!? もっと、はっきりと、話さんかい!!」
……手を止めるとか、そういう選択肢はねぇのかな。
「俺たちが! 機石工房から! 持って帰った資料なんですけどー!!」
「あぁん!? 学園長からなにか渡されたやつかのぉ!? それがどうしたぁ!!」
二人して至近距離で大声を張り上げて、バカみたいだった。
まず、学園長の言っていたことが確かなのは分かった。のはいいけども、“なにか”扱いされてんぞ。いいのか学園長。
とりあえず確かめるべきは、目的のブツがあるかどうかである。
「それにロアーの資料って! 入ってませんでしたか!!」
「あるのはある! ――が、まだ解析中じゃあ!!」
――おいおい、渡されてからどんだけ経ってんだ。
「どれぐらいで終わりそうなんですかぁ!?」
「本気でやりゃあ、あと十日! いや、十五日はかかるぞい!!」
ちょっとまて、それだとスケジュール的にどうなんだ。
そこから修理が進んでも間に合うのか?
こちらとしては、できるだけ早めに用意してもらわないと困る。
「もう少し、早くならないですか!?」
「他にもやらねばならぬことが山積みなんじゃ! そればかりに時間を割くわけにもいかん!!」
「それなら俺に!! 手伝えることはないですか!! 依頼という形でっ!!」
「――――」
そこまで言ったところで、先生の手が止まった。と、同時に騒音も止んだのだが、指で耳に栓をしていたにも関わらず、まだ耳鳴りがしていた。
持っていた工具が置かれ、顔を覆っていたマスクが外される。ふっさりとした白いヒゲと、厳しそうな目つきが印象的だった。
「報酬は、数日中にロアーの情報を、ということでどうですか?」
ようやくまともに話ができる。よかった。さすがに喉の方が――
「見たところぉ!! 機石魔法科の生徒じゃあ――」
「大声出す必要ないだろぉ!?」
完全に油断していただろうが!
真正面から大声をかけられて、心臓が飛び出るかと思ったわ。
ちったぁ抑えろよ、元気かっ、この爺さん。
「もう少し、普通の音量で話してくれると嬉しいんですけど……」
「おっと、スマンな」
再び耳で栓をしてガードしながら注意すると、ようやく通常のボリュームで話をしてくれる。なんで、こんなところで苦労しなきゃならんのだろうか。
「……オッホン。見たところ、機石魔法科の生徒じゃないみたいじゃが……なんじゃいったい」
「どうしても、その情報が必要なんです」
同じグループのメンバーであるアリエスが、スカイレース大会に出ようとしていること。解析を任されている資料が、自分達が工房から持ち帰ったものであること。忙しそうにしていて、人手が必要なのではないかということ。
こちらと向こうの損得を考えながら、慎重にここへ来た理由を説明をしていく。
「ふぅむ、そうかそうか。なるほど……」
一通り話したところで、先生はヒゲを撫でながら納得した様子を見せていた。
「依頼を受けたいというのなら、勝手にすりゃあええ。明日には必要なものを書き出しておくわい」
『用はそれで終わりか?』と訪ねられ、そこは素直に頷く。
「数日中には難しいかもしれんが、ちゃんと依頼をこなせりゃあ、相応に早い段階で資料を渡してやろう。原本を渡すわけにはいかんから、そこは許して欲しいがの」
――これは交渉成立、ということでいいのだろう。肝心の依頼についても、『必要なものを』と言っていたことだし、お使い程度のものだろう。そりゃあ機石魔法師でも無い奴に、技術面を手伝わせるわけもないか。
「いえ……。こちらこそ、無理を言って申し訳ないです。ありがとうございます」
深く頭を下げて、礼を言った。
「――ふぅ……」
とりあえず、これで首の皮一枚繋がるか……?
まだ、これで確実にうまくいくとは断言できない。キンジー先生の気が変わって、依頼を取り消すこともあるかもしれない。アリエスが仕様書を受け取ったとしても、修理が間に合わないかもしれない。懸念事項はまだまだ残っているけれど――それでもまだ、可能性は潰えちゃいない。
ポジティブに考えれば、アリエスが独力で修理を終わらせる可能性だってあるんだしな! そこに仕様書があれば、もっと短い時間で済ませられるのかもしれないし、改良する余裕だってあるかもしれない。確実に助けにはなるはずだ。
そのためにも、まずは目の前に積まれている問題を、一つずつ片付けないと。
そう自分に言い聞かせて、【知識の樹】へと戻ろうとしたところで――
「明日の朝一に行けば――。……?」
――扉を開けたすぐ傍の廊下に、二つの人影があった。




