第83話 『飛べばいいじゃん』
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「――すはー……。んー? レース大会?」
間の抜けた、どこに向けたのかも分からない声がする。腹いっぱいになって、日向ぼっこをしている肉食獣のような。そんな印象を匂わせる声だった。
「楽しそうじゃないかぁ。出れば?」
ルルル先輩に新たなイベント――スカイレース大会があると教えられた次の日。授業を終えてグループ室へと顔を出すと、いつもの席にヴァレリア先輩の姿があったのである。
この先輩ときたら、たまに部屋を空けているか、こうしてスパスパやっているかのどちらかで。せっかく説明しても『あぁ、あったねぇ。そんなのも、んふふ』とうわの空だった。素行の悪さで言えば、学園一なんじゃなかろうか。
アリエスはどうやら早々に地下練習場に引っ込んでいったらしく、何かあったのかと先輩に尋ねられたので、説明している真っ最中。だったのだけれど――
「……まだ今の状態じゃ出れないんです。飛べる奴がいないので」
「なんで? 飛べばいいじゃん」
「行けばいいじゃん、みたいなノリで言うの止めてもらえますか」
そんなにホイホイ飛べてたまるか。
「はぁ……。アリエスの機石バイクの修理が終わってないんです」
「あぁ! だから下に引きこもってるのかぁ」
学校から出ない引きこもりだから、どこかシンパシーがあるらしい。
いやいや、勝手に納得されても困る。
こっちとしては、さっさとスタートラインに立ってもらいたいんだ。
「どうにかならないですかね」
「なんでも出来ると謳われた、このヴァレリア様でも――機石魔法だけは肌が合わんからね、どうにも」
そんな評価を受けているところ、一度も見たことがないんですけど?
確かに、妖精魔法は凄い威力だった。肉弾戦においても、自分やヒューゴが全く歯が立たない程の実力だった。……けど、流石に本当になんでも出来るというのは自信過剰なんじゃ?
「だいたい、先輩は飛べるんです?」
「……私? 私は――」
思い出したように袋に顔を突っ込んで、フガフガとお香を嗅ぎ始めた。
「なんだかこうしてるとな……。身体がフワフワしてきてな……」
「…………」
あぁ、ヤバイやつだ。また意識がどこかいってやがる。
……ヴァレリア先輩はいつも通り、今日も平常運転だった。
「――あら、今日はお二人でいらしてるのですね」
後ろで扉が開く音。ハナさんがひょっこりと顔を出した。
どうやら妖精魔法科の方の授業も終わったらしい。
「あれ、ヒューゴは?」
同じ授業を受けて来たんだから、一緒に来るものだと思っていたけど。
「ヒューゴさんは……ちょっと居残りがあって……」
実技の方はなんとかやっているらしいのだが、座学の方はさっぱりらしい。ハナさん曰く、これまでも危ういところはあったのだが、今回でその一線すらも越えてしまったのだと。
……なにやってんだ、あいつは。
というか、そんなので今までよく魔法を使えてたな。
学力だけで言えば、意外にアリエスが好成績とのこと。ハナさんは平均よりも少し上、自分は……まぁ、平均程度。ヒューゴが致命的なのは予想していたけども、とうとう伝説の居残りを受けるレベルにまで至っていたか。
「それでは、私は先に降りてますね」
とぽとぽとポットにお茶を入れてから、下へと降りる階段への扉を開く。
それを見た先輩が、寂しそうに呼び止めていた。
「ありゃ、ハナちゃんもう降りちゃうのぉ……」
「うふふ。放っておくとアリエスさん、ずっと頑張っちゃうので」
ハナさんが『たまには休憩していただかないと』と困ったように笑う。あれから授業の時意外、ずっと修理にかかりっきりらしい。
「意外だったな……」
「…………?」
「何かに真剣になるところなんて、殆ど見ないだろ」
ただ、賭け事のときは例外らしいが。わりとなんでも要領よく立ち回るタイプ。出来ないことはできない、出来ることはできると、区分して動く奴だと思っていた。
そうぼんやりと思ったことを、つらつら述べていると――『そんなことないですよ?』と笑うハナさん。今度は困ったような顔はしていない。
「それにテイルさんがいない間、『私も頑張らないと』ってあちこち回っていたんです。昨日だって、絶対に直すって遅くまで残っていろいろ試していたみたいですし」
クロエの宝石に関して、同程度の宝石が見つからないか学内の掲示板に隅々まで目を通したり、妖精魔法科の先生に話を聞きに行ったりしていたらしい。それで結果が芳しくなかったのは言わずもがなだけども。だからこそ、汚名返上というか――ここまで熱を入れているのだろうと思うが。
「アリエスさんも、頑張るものや“きっかけ”が見つからなかっただけで、怠け者っていうわけじゃないんです」
そうフォローするハナさんと、それに耳を傾ける自分、その様子を横で黙って眺めていたヴァレリア先輩が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら口を挟んだ。
「んふっふー、テイル? お前たちが入学してすぐ、問題起こして謝りに行った時なぁ。あの時のこと、憶えてるか?」
「……【銀の星】との話ですか」
わりと思い出したくないことではあるけど、一応覚えてはいた。正直、あのファーストコンタクトで、グレナカートへの対抗意識が強くなったようなものだし。で、なぜこの先輩はそんな昔の話をもちだしてきたのか。
「それがどうしたんですか?」
「あの日のあと、アリエスが一人で話をして行ってたんだがにゃー。『あのままじゃ、きっと駄目だから』って言ってさ」
「…………」
なんだそりゃ。確かに、あれで上手くいったつもりもないけれど、知らないところでフォローされてちゃ世話がない。いくらアリエスが誘ったのだとはいえ、大会の打ち上げに参加してくるぐらいには溝が埋まっているのは、確かにおかしいとは思っていた。
「せ、先輩……それはアリエスさんが秘密にしてほしいって……」
「返事したのはハナちゃんだけで、私は何も言ってないからにゃあ」
あたふたと慌てふためくハナさんだったが、先輩は依然としてニヤニヤしていた。試すようにこちらに視線を向けてくる。
「アリエスに話すか?」
「……いいえ」
こちらとしても、別にアリエスの行動に対して何か言うつもりもないし、そんな心配は無用である。……しかしそうなると、より一層、受けた分は返してやらないと、と思わないでもない。
「ま、なんにせよだ。あれはあれで、適当なことをしているように見えて、わりとしっかりしてるんだよ。知らないところで、けっこう助けられたりしてんだぞ?」
「そうみたいですね……」
どうやら他のことでも、裏でフォローされているような口ぶりだった。
……アリエスは今でもたまに金をせびりに来ているが、これまで一度も、それに恩を着せるようなことはしていない。人の弱みに付け込むのが嫌いなのか、他に理由があるのか、それは定かではないものの――根は悪いヤツではないことは間違いない。
「私は手伝えないから、今回はお前らでしっかり支えてやるんだぞ」
目を細めながら頬杖をついて、先輩はいっそう笑みを濃くする。どことなく、自分達がどう動くのかを見て、楽しんでいるようだった。
日は傾いて、室内を陽光が塗りつぶす。ハナさんの淹れた紅茶の香りのせいか、時間さえもが微睡んでいるかのようなひととき。少し特別な時間のように感じられたのは、この珍しい組み合わせでいるからだろうか。
――と、そんな余韻に浸りつつあったのだが、これまたなんとも不躾な奴が静寂を見事にぶち破ってくれた。
「――聞いてくれよ! いま食堂でさぁ!」
居残り補習を受けていた残念なヤツ代表、ヒューゴである。あまりの勢いだったため、ハナさんも出迎えの挨拶をするのを忘れて目を丸くして。先輩はというと、おもむろに席から立ちあがり、ヒューゴの元へ近づいてアイアンクローをかます。
「っ!? あだっあだだだだ!?」
「やって来るなり騒がしいぞ、ヒューゴぉ。締め出されたいか? んん?」
「す、すいませんすいません!!」
『あーあー、せっかくいい話してたんだけどにゃー』とかなんとか言いながら、のそのそと“開かずの間”へと入っていった。どうやら寝るらしく『起こすなよ』と(特にヒューゴに対して)釘を刺してくる。
「……!?」
こちらへ『俺、なんかしたか!?』と視線を向けてくるヒューゴ。先輩の様子からしても、別に怒っていたわけではないと思う。なんというか、じゃれている範囲内。話の区切りがいいところで飛び込んできたから、そのまま寝ただけなんだろう。
「別に、気にする必要はないんじゃないか? ――で、食堂がどうとか言ってたけど、どうしたんだ」
「あぁ、そうだった。ルルル先輩から頼まれたんだけどよ」
そうして差し出されたのは、大会のルール説明を行うという予告チラシだった。
「どうせ後から配るけど、聞きたい人は食堂に集まってくれってよ」
「もー! ルール説明ならさー、あとで教えてくれればいいじゃない! まだ修理が全然終わってないんだけどー! ねぇー!」
足取り重く、やんややんやと愚痴をたれるアリエスを半ば引きずるようにして、さっそく食堂へと赴いた。
「参加する本人が聞いたほうがいいだろ」
「ま、まぁ……気分転換に外に出てみるのもいいと思いますし……」
食堂には三十人……いや、四十人ぐらいはいただろうか。学生大会の時に比べると少し多いぐらい。やはり手段が限られているからか、参加しようという者もある程度限られているのは仕方ないことなのか。
「テイルくんこっちこっち! 取りに来てー!」
「呼ばれてるぜ、テイル」
授業が終わったあとの時間でも、少ないなりに食堂を利用する人はいるわけで、その人たちに申し訳ない気持ちになりながらも、ざわついている集団の中に身をなげる。声のした方――その中心には案の定、ルルル先輩とヤーン先輩の姿があった。
「遅ーい! 他の人はもう準備できてるんだから!」
「……準備ってなんのです?」
「もちろん、説明を聞く準備に決まってるでしょ。ほら! 持ってって!」
『試作品だから壊さないようにね!』と渡された箱を、そのまま言われるがままに、いつのまにやら席に着いていた面々の元へ持っていく。
機石カメラよりも一回り大きな箱である。ごちゃごちゃといろんな部品がついてはいるが、一番広い面は半透明の板がはめ込まれていた。
……薄く切断した結晶か何かか?
「わーなにこれ! ちょっと見せてもらっていい!?」
さっきまで気だるげにしていたアリエスが、目を輝かせて起き上がり、まるでゾンビのように手を伸ばす。その瞬間――
『えっと、これもう始めていいんです?』
突然、周囲から複数でウェルミ先輩の声がした。
ここには姿のない、先輩の声が、である。
「…………!?」
説明を聞きに食堂に来て、席についていた誰もが辺りを見回す。
正確に言うならば、自分と【真実の羽根】の二人以外が。
ルルル先輩、ヤーン先輩はまぁ持ってきた本人なのだから当然として、自分は観た瞬間にどんなものか予想がついていたからだった。
どこかに隠れている? いや、違う。
「えっと……今、ウェルミ先輩の声がしたよね?」
「そんなこともできるのかよ、機石魔法……」
声は――他でもない、目の前の機石装置からしていた。




